24. わたしとヘイトと愛犬の闇堕ち
スノウの毛まみれのシーツを見て、「最悪」と身だしなみを整えにきてくれた若い侍女が呟いた。それを聞き、立った三角の耳をピクリと動かしたスノウはベッドに飛び乗り、シーツの上を掘り掘りし出す。「キャーッ!」と侍女が悲鳴を上げるが、スノウはついにシーツを咥えて部屋を駆け出した。ずるずるとシーツを引きずって去っていく。
「ちょっと! 止めてください!!」
「ああ、申し訳ございません。でもあの子、言うことを聞きますでしょうか……なんせ、『犬畜生』ですからね?」
この間スノウへ向けた暴言、しかとこの耳で聞き覚えているぞ。暗黒微笑でそう釘を刺せば、侍女が顔を真っ赤にする。
「飼い主なら責任を持ってください!!」
「普段ならとても良い子なんです。でも、ここに来てから嫌な言葉ばかり聞くようで苛立ってまして。なまじ耳がいいから、いろんなことが聞こえるのでしょう」
悪口言ってんの聞いてますよ、と暗に言うと、侍女は「王太子殿下にこのことは報告しておきます!」と叫ぶように部屋を出て行ってしまった。廊下の先で「キャーッ!!」とまた悲鳴が上がったので、スノウがなにかしたのかもしれない。
ここ数日は王太子であるレオナルドとオルテンシアが多忙なために、わたしは待ちぼうけを食らっている。グラニテス国からの使節団がやってきており、国家としての同盟を結ぶか否かの話し合いが行われている。レオナルド、なんでこのタイミングでわたしを呼んだんだ。
グラニテス国はウィリデ帝国とヒュドール王国についで三番目に国力を持ち、新興国でありながらも戦争で領地を増やして成り上がってきた過去がある。だからこそ、同盟とは名ばかりでヒュドールに戦争の火種を起こしに来たのではないかと噂されていた。
噂は噂だが、確かに原作ではちょくちょくグラニテス王が「ウィリデ帝国の皇女が輿入れとは……フッ、面白くなりそうだ……」みたいな強キャラ感をチラッチラッと出していたので、メタ的に考えるとルシアちゃんにちょっかいを出すはずだ。
普通にグラニテスに誘拐されそう。さすがに有責が明らかな方法は取らないと思うけど、この期間に必ず何か起きることは明白だ。
だからこそ関係ないわたしは仕事を増やさないために部屋に引き篭もるに限る──が、リリさんや推しが「宮殿の庭園は綺麗なんですよ」「今日は風が気持ちいいです」などと声をかけてくる。まるで引きこもりの子供にさりげなさを装い外出させようとする親のような献身さ。
スノウの散歩にもなるから、わたしも誘われたらちゃんと外に出るようにしている。
それでも、部屋にいる限り侍女たちからは逃れられないし、順調にヘイトを買っている。彼女たちからすると平民の世話をするにも業服なのに、毛が抜けまくる巨犬もセットと来たものだ。お掃除が大変なのは事実なので、ヘイトを買うのも仕方ない。
一応ブラッシングは毎日数回しているのだが、それでも犬の抜け毛というのは凄まじいものなのである。
侍女たちは大きい犬には八つ当たりするのが怖いので、わたしをサンドバッグにしている。最初は「お風呂まで沸かしてもらってすみませんね、へへ……」と思っていたが、これどう考えても洗ってくれるまでがセットだよな……? と気づいてからはもう凄かった。ご飯はもらえてるけど言葉に棘があるし全てが乱暴だし、なんなら服を着させるときに首をキュってされかけた。苦しくて咳込んだら後ろで笑ってたし、明らかに意地悪をされている。
その夜は「都会って怖いね……」とスノウをモフっていたが、次の日からスノウは暴れまくった。怪我はさせない範囲での可愛いイタズラをし、泥まみれになって廊下を爆走する真っ黒犬が誕生してしまったのである。
わたしのせいで愛犬を闇堕ちさせてしまった……とあまりの情けなさに、わたしは復讐を心に誓った。チクチク言葉にはチクチク言葉を返す無慈悲な女になったのだ。
スノウはわたしの赤ちゃんの頃から一緒にいたので、わたしのことを妹だと思ってくれている節がある。村のクソガキどもに叩かれて泣いていたらすぐに出動し、背後からクソガキどもにアタックして全員を川に突き落としてくれた頼もしい兄である。
なおこの件は「スノウも混ざりたかったんでしょうね、よってたかって女の子を叩いて楽しそうでしたから」とおばあさまの絶対零度の言葉で全てに蹴りがついた。
なので今回も「責任者はてめえかゴラァ!」と推しを見て鼻の上に皺を寄せ、牙を剥き出しにして怒っている。
「スノウ殿、私がなにか粗相を……?」
推しがショックを受けており、毛虫ボディから伸びるスノウへの青色の毛がぺたりと力を失って地面に落ちた。
「スノウ、どちらかというとアシェル様は中間管理職なの、責任者は王太子殿下だよ」
推しを見ろ、中間管理職のせいで個性の強すぎる部下と腹黒年下上司の間に揉まれて、ついには毛虫になってしまった。なんて可哀想なんだ。ハゲるよりはマシかもしれないけど、だからってこんなにモジャモジャになるのも酷い話だ。
「スノウ殿が真っ黒になって廊下を駆け回ったとの報告がありましたが」
「申し訳ございません、皆様のお仕事を増やしてしまって……スノウの毛がシーツについて舌打ちをしてしまうくらい多忙なので、余計な面倒をかけてしまいました。スノウも最近ピリピリしていて、こんなこと村ではなかったのに……」
ポイントはとても申し訳なさそうな顔をすることだ。
推しの横にいるリリさんが「なるほど理解」と頷き、帯剣している腰に手を伸ばすのを推しがそっとガッチリと手首を掴んで止めた。
「こちらの不手際です、申し訳ございません。まさかそのような無礼なものがいるとは、速やかに殿下に報告して処分いたします」
推しが深く頭を下げるので、慌てて「大丈夫です」と遮った。下げられるなら推しの頭よりレオナルドの頭である。
「わたしは気にしてないのですが、レオナルド殿下の宮殿ですので、使用人の管理不行きで殿下が恥をかかないか心配です。殿下としても、まさか信頼していた部下がこのようなことをするとは考えてもみなかったでしょう……」
めっちゃ気にしてるけどね。「レオナルドは部下の躾もできてないのかよだから推せないんだよ」という気持ちと、「いや平民とは言え上司の客人に無礼な振る舞いはダメだろう、やばい部下を持ってレオナルドも苦労してんな」という気持ちがせめぎ合っている。こういうときは「殿下も不本意ですよねえ」とレオナルドごと被害者になり使用人の不手際にするのが安牌だ。
……わたし、やっぱり前世は社会人だったのかな。いや、おばあさまの教育の賜物で厄介クレーマーみたいになってる可能性もあるけど。
ストックをちまちま書いています。亀の歩み。
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