23. 推しとわたしとリリさんと主人公
キラキラ光るプラチナブランドに、レオナルドとはまた色味の違う、深い海のような蒼い瞳。長い髪をハーフアップにアレンジして、推しのところへ向かってくるこの世界の主人公ことルシアちゃんにわたしは足を突っ張ってなんとか耐えた。推しと会ったときぐらい、登場が心臓が悪い。
ビジュ良すぎて本当になんで推しが毛虫なんだ、おかしいだろ、毛皮(?)脱いでツーショください! と心の中で叫んでいたが、脳内でおばあさまが冷ややかな顔をしている。すみませんおばあさま、淑女の人格よりオタクの人格の方が生命力が強いんです。オタクはやめようと思ってやめられるものじゃないんです、もはや業なんです、来世まで背負ってくるレベルの。
「あら、お客様……?」
美しいかんばせがこちらを向いたと思ったら、大きな目がさらに見開いてわたしを見る。するりとルシアちゃんの腕の中にあった書類が落ちていき、床に散らばる。ぜひ拾いたかったのだが、さすがに部外者が社外秘みたいな書類を手に取るのは気が引けて、どうしようと狼狽えた。後ろからスッとリリさんが出てきて、書類を拾い集めて端を揃える。
その間もルシアちゃんはわたしを見つめて驚いているので、わたしの顔ってそんなにやばい? やっぱり驚くほどブスなの? と田舎娘の自己肯定感がガリガリ削られていく。
「……あなた、お名前は!?」
やっと動いたと思えば両手をルシアちゃんにがっしりと掴まれて、焦った顔で名前を尋ねられた。おてて柔らかい! 小さい! と荒ぶるオタクが脳内でおばあさまにしばかれている。
「フィナ・サルソンと申します。ローゼルシア様にお目にかかれて大変光栄です」
「サルソン……」
苗字で人を呼ぶタイプ? これはこれで特別な扱いの気がして嬉しい。ルシアちゃんはしばらくわたしの目をまじまじと見つめたあと、そっと手を離してくれた。
「ごめんなさい、あなたに似てる人を知ってて……不躾だったよね」
その切なげな笑みときたら。誰よその女!! と声をあげる気にもならない。
「いえ、ローゼルシア様と握手ができるなど光栄です。村に帰ったら全員に自慢します」
わたしがそう言うと、やっとルシアは年頃の女の子らしく微笑んだ。
「ふふ、ありがとう。あなたはレオ……殿下のお客様かしら?」
「はい、縁結びに関するギフトを持っており、その関係でしばらくご厄介になることになりました」
「まあ、縁結び!」
ルシアちゃんがキラキラとした目を向けるが、「このあと私も見てもらえるかしら?」などと言われてうっかり確認して推しどころかレオナルドとも縁がなかったらわたしは耐えられない。王族に対する命懸けの嘘はできればつきたくない。
「ルシア様、レオナルド様がお待ちです」
推しがぴしゃりとそう言い、リリさんから書類を受け取りそのままルシアちゃんの腕に戻した。
ルシアちゃんはポカンと推しを見上げてから「……そうね」と痛々しげな表情を一瞬だけ見せ、わたしに笑いかけてくれる。
「リリエール、ありがとう。フィナさんも、困ったことがあったら私に言ってね」
「お心遣い感謝いたします」
すっと足早に去っていくルシアに、それを一瞥もしない推し(正直もじゃもじゃで視線の動きがわからないのでなんとも言えないが)。
これ、明らかに何かあったじゃん。わたしはまったく関係ないのに気まずくてリリさんを見れば、「副団長、気まずいんで公私混同やめてもらいます?」と言葉で袈裟斬りしていた。田舎娘と胆力が違いすぎる。
「……すまない」
「謝るぐらいなら二度としないでください」
「…………すまない」
謝るしかできない推し、女子に弱すぎて好き。そもそも弟属性があるので女の子に逆らえないのが可愛い。空気を読んで静かにしていたスノウが、フンッ! と鼻息を鳴らす。お腹が減ったらしい。確かにもう陽も暮れ始めている。濃い一日だったから、スノウも疲れただろく。
「すみません、スノウのご飯も用意していただければ……」
「スノウ殿はなにがお好きで?」
推しの問いに考える。基本なんでも食べる雑食犬だ。なんなら観葉植物も食べようとしておばあさまに怒られていた。観葉植物って犬にとって毒性があるものも多いから、意外と危険なんだよね。
「主食は味付けせずに焼いたお肉で、おやつはリンゴが好きです」
リンゴ、と言った途端にスノウの目がパアッと輝く。プッ、と推しが横で吹き出したので、わたしは驚いた。コホン、と推しが居心地悪そうに咳払いをする。
「……失礼しました、高級リンゴをお約束します。お肉の量はどれくらいでしょうか?」
「さ、四百グラムです……一食で……」
推しの笑い声への動揺が言葉に出てしまう。それはそうとスノウの食事量が多くて申し訳ない。でもちゃんと排泄はトイレでできる賢いドッグなんで安心して欲しい。
夢見心地のまま、王太子の宮殿に移動する。豪奢な作りのそれはわたしが死ぬまで縁のないものたちで埋め尽くされている。推しが通り過ぎるたび、侍女や侍従が立ち止まって礼をする。なにも気にせず素通りするのもだいぶきつい。
王宮の職につく人間は大抵が貴族の子女や子息などであり、わたしより身分が高いのだ。廊下を突っ切って、二階へと上がる。ゲストルームは西にあり、だいぶ奥まったところまで行く必要があった。
「ミズ・エイダ」
廊下を上がればクラシカルなメイドを着た婦人が立っていた。推しを見てから、丁寧に頭を下げている。
「ここに滞在することになったフィナ嬢だ。殿下の客人であるため、丁重にもてなしてやってほしい」
「……かしこまりました」
エイダの視線の中にピリッとした敵意が含まれており、わたしは杞憂していたことが当たったことにため息をつきたくなった。エイダの後についていき、部屋に入る。推しの代わりにリリさんが後ろから着いてきてくれた。
エイダは淡々と各部屋の案内をしたあと、スノウを嫌そうな顔で見つめてから「なにかありましたらこちらを鳴らしてください。すぐに参ります」とだけ告げる。
これ絶対来ないやつだわ。オタク知ってる。
リリさんもまたエイダを見つめてから、肩を寄せ「なにかあったら私にすぐ言ってくださいね」とだけ言って、部屋を出て行った。わたしの護衛とは言え、さすがにずっとピッタリそばについているわけにはいかない。
「お食事の用意をしますが、なにか食べられないものは?」
「特にありません」
「……その犬、ベッドにあげないでください」
「わかりました」
なおエイダが去ってからベッドに乗り上げたら、スノウがすぐに飛び乗ってきたので、「こら、ダメでしょ! ダメでしょ! あ〜こんな重い犬一人で下ろせないよ〜困ったな〜」とわたしはわざとらしく言いながらスノウの腹をもみくちゃにしたし、スノウは活きの良い伊勢海老のように興奮してビチビチしていた。
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