17. 推しと六つ星ホテルとわたし2
戦争が再開した原因は、ぶっちゃけ亜人種──いや、テネブラエの人民にある。
さらには、わたしの想像だけど、おそらく賢者のせいでもあると思われる。
賢者は処刑(偽装で乗り切ったが)されて、「ルーメン大陸の人族ありえねー。恩知らずだし、テネブラエの人たちの味方しちゃお!」みたいなノリで現グラニテス国の場所に新興国を建てた。前述したとおり、二つの大陸はか細い陸地で繋がれている。
さらにはテネブラエの民に賢者は技術提供をしていたようだ。
そしてルーメンの民は相変わらず、テネブラエの人民をバカにしていた。下等生物だのなんだのケチをつけて、見かけ上は対等な交易をしていたが、内情としては不公平な取引ばかりだ。ルーメンの民は自分たちの知性と技術を過信し、心酔していた。そして、テネブラエの民の不満が爆発した際に、ルーメンの民は開戦に踏み切ったのだ。
ルーメン民は圧倒的な戦力と新型の兵器で、一気に片をつけることが可能だと確信していた。
しかし賢者から技術を提供されていたテネブラエの民は、対抗するために開発した新兵器を使用した。
そしてルーメン、あるいはテネブラエの人民のどちらかが絶滅するまで終わらない争いが火ぶたを切ったのだ。
そして賢者はというと、自国の永世中立を宣言した。
賢者……。
しかし、三十年に渡るこの戦いに終止符を討つものが現れた。
それが、ウィリデの民。
そう、ルシアちゃんの故郷であるウィリデ帝国を作った一族だ。
ウィリデの民は、双子の神の両方を崇めている。さらに言えば、あらゆる場所に精霊を見出し敬う一族であり、不思議な力を持っていた。
それが後のギフトと呼ばれる力だ。
秘匿された神秘の一族であったウィリデの民は、この争いに終止符を打った。
つまりはルーメンとテネブラエの民を強制的におとなしくさせたのである。
圧倒的な神秘の力によって、戦う場合じゃなくなった両大陸の民は、しぶしぶ終戦の誓約を締結した。
以降、ウィリデの一族はルーメン大陸上に帝国を建立しながらも、両大陸の監視者となっている。そしてウィリデの民が各地に散らばったがゆえに、ギフトを持つ者が生まれるようになった。
余談だが、賢者が没後、永世中立国は地図上から消えた。内紛によるものだそうだ。うーん、皮肉的。
そういう経緯があり、国力としては第二位のウィリデ帝国であるが、独自の地位を獲得している。
依然として、ギフト持ちが多く生まれるのもまた、ウィリデ帝国であるからだ。
ゆえにギフト持ちと信仰心には相関関係があるのではという提唱する学者も多い。
ちなみに、ウィリデ帝国の王族はみんなギフト持ちらしい。王族はとくに強い力のギフトを持ち、一国も滅ぼさん限りの力を持つ者が生まれることもあると言う。なんかそう考えると、わたしのギフトはささやかで良かったなと思う。もし巨大な力を持っていたらと思うと、とても恐ろしい。大いなる力には大いなる責任が伴う、というあの某映画のノルマ的セリフがここまで染みてくるとは思わなかった。
ちなみに、ウィリデ帝国の唯一の皇女であるルシアちゃんは、もちろんギフト持ち──ではない。原作の七巻でも彼女はギフトを発現しておらず、今後発現するかもわからない。でもメタ的に考えると、大事な場面でここぞとばかりに発現するんじゃないかなあと思ってる。そしてルシアちゃんは、自分のギフトが発言しないことがめちゃくちゃコンプレックスなのだ。
ルシアちゃんには双子の弟がいるのだが、それがまあ有能で、文武両道の容姿端麗。さらには人の心を読めるギフトを持っているのだ。そのせいで人間不信のシスコンなのだけれど、そんな弟がいたらコンプレックスも刺激されるわ……、と思ってしまう。決して冷遇されていたわけではないんだけど、ルシアちゃんの父親である王は放任主義者だし、ルシアちゃんの母親は幼いときに病気で亡くなっている。よくそんな環境であれだけ真っ直ぐ良い子に育ったよなあ、と感慨深いぐらいだ。
だからさあ、だからさあ! レオナルドみたいなツンツンした意地っ張り腹黒王子より真っ直ぐひたむきな護衛騎士と結ばれて欲しいわけ!! 溺愛されてほしいわけ!! わかる? この当て馬という名のサブヒーローを好きになった人間の複雑な心中を!
ってかアシェルシが公式になるには、どう考えても国外逃亡しかありえない。推しカプの逃避行というワード、最高に最高だけど実際に考えるとしんどすぎる。もうレオナルドがめちゃくちゃスパダリになってルシアちゃんに激甘になる未来に懸けるしかない。そしてあわよくば推しを愛人にしてくれ、頼む。
──などと考えていたら、すこーんと眠りに落ちていた。そしてご飯の時間に起こされるまでスノウを抱き枕にすやすや寝た。
◇ ◇ ◇
スッと、入れたナイフを肉が避けていくように切れる。なんて高級な牛肉なんだろう。柔らかいステーキを前に、おばあさまのスパルタ教育がなければだらしなく笑み崩れていただろう。ありがとう、おばあさま。おばあさまが居なかったらテーブルマナーもままならなかったです、愛しています。孫より。
一口頬張って、甘い肉汁にとろけるお肉の食感、そして酸味の効いたスパイシーなソースが口の中で踊っている。ここが天国。実はあの車両のスピードのせいで死んだのでは? 美味しすぎる。寝起きでこんな美味しい夕食。前世ではきっと徳を積んでいたに違いない。
「口にあいましたか?」
推しが聞いてくるので、この顔を見てわからんのか……と思ったが、おばあさまからのスパルタで表情が変わっていないのだと気づいた。慌てて微笑んで、「こんな美味しいものをいただけるなんて光栄です」と言うと、リリさんも「私もこんな美味しいものを久しぶりに食べました」と興奮気味に続けた。
「騎士団のみなさんはいつもどんなお食事をされているんですか?」
原作の裏側、めちゃくちゃ知りたい。騎士団というファンタジーの最高設定の裏側を教えてほしい。
「……」
「……」
急に二人して口を閉ざしたので、重い空気が流れる。え、なにこの空気。
「……うちは団長が自ら腕を振るうので」と、リリさんがお通夜での別れの挨拶みたいな声音で言った。
「第三騎士団の団長様が直々に?」
「うちはだいぶ変わっていまして」
「団長様は料理上手なんですね」
「いいえ」
推しがきっぱりと言った。
「騎士団長は魔物料理を試すのが好きなんです。なのでゲテモノ──いえ、大変ユニークな料理でみんなを絶望に落と──いえ、みんなに命の大切さを教えてくれています」
すごい訂正入ってるけど、もう正直に言ってくれていいんだよ、推し……。告げ口しないからさ……。
「この間は魔物のモツ料理を……うっ……」
「食事中にやめなさい、リリ」
食事中に食事の話を禁じられる。なかなかの劇物らしい。ちょっと気になるな、モツ料理。モツ煮込みっておいしいけど、やっぱり忌避されているのか。この世界では見かけないからなあ。美味しくて体に害がなければぜひ食べてみたいような気がする。
「……第三騎士団では胃も身も心も強くなければやっていけないのです」
推しのコメントにわたしは「大変なんですね……」とだけ答えた。胃も指も耳も訓練できるこの世界、十六年目にして不安になってきた。
明日も更新予定です
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