16. 推しと六つ星ホテルとわたし
エタってるやないかい!!
レディ・バードという名を掲げるホテルは、前世で見た三ッ星ホテルもかくやという程の高級感をまとっている。車を近くに停めた推しとリリさんと共に、大理石で出来た床をおそるおそる歩くわたしのお尻を、スノウが頭でぐいぐい押してくる。
やめなさいスノウ、今夜はおやつの熊の大腿骨あげないからね!?
そして高い天井にぶら下がる豪勢なシャンデリアの値段を考えていたら、支配人と思われる壮年の男性が慌てて出てきて、部屋に案内された。もちろんスイートルームだ。そしてなんとメイドさん付き。
貴族御用達のホテルなら当然とはいえ、服を剝ぎ取られ、全身を綺麗に磨かれて、エステティシャンさながらのプロの施術を受け、つるつるぴかぴかになってしまった。バスローブを羽織りながら、同じく全身ぴかぴかのふわふわにされたスノウと共に、天蓋付きのベッドに横になる。
「ダメ人間になりそう……」
「クゥン……」
スノウも同意している。農村でつつましく暮らしていたわたしたちにとっては、なにもかも眩しすぎた。夕飯はなんとこの部屋まで運ばれてくるという。モブ生で一番の幸運に恵まれていて、この先の生活が不安になるくらいだ。リリさんと推しは明日からの日程などを確認するため、ドアを隔てた隣の部屋を使っている。
わたしは天蓋に向かって、手を掲げた。瞳にかかっている薄膜を剥ぐために、瞬きをひとつする。そうしても、わたしの手首には、なにも巻かれていない。糸も、何も。
わたしの持つ能力は、わたしには使えないのだ。つまり、いくら愛のある結婚生活を送りたくても、自力で相手を探すしかない。
まさしくギフトとは、「分け与える」という前提によるものなのだ。神様からの贈り物であり、その贈り物を受け取った人間が他の人々に分け与えるものである。原作でもそう書かれていたので、それは覚えている。
この世界の成り立ちは、双子の神によるものだとされている。
太陽の男神、ソルデン。そして月の女神、セレーネ。
太陽神であるソルデンの慰撫により、わたしたち人族の住むルーメン大陸が生まれた。
そして、月の神によるセレーネの吐息により、亜人種の住むテネブラエ大陸が生まれた。
二つの大陸はか細い陸地で繋がれており、その陸地が、前述したとおりグラニテス国だ。新興国であり、人族の住まう土地であり、亜人種の住まうテネブラエ大陸との交易の拠点である。そしてグラニテス国はかつて人族と亜人種が絶滅寸前まで戦争を繰り広げた原因となった土地であった。
かつて、三百年続く戦争があった。
その最中に、わたしの同胞であるだろう、知識チート賢者が爆誕している。
さらに言えば、三百年続いた人族と亜人種の戦争を終わらせた立役者が賢者だ。
急激に頭角を現し、平民に慕われる賢者が目ざわりだったその時代の王は、さくっと賢者を消すために、戦争をその「知」で終わらせろと無理難題をふっかけたらしい。さすがに無理ゲーでしょ、と高をくくっていた王は、あっさりと戦争を終結させた賢者に度肝を抜いたらしい。人族と亜人種は創世記以来、ずっと争い続けていた。それを無血で終わらせた賢者の知に触れた王は、ひどく感銘して賢者を己の右腕として傍に置いたらしい。
しかし、賢者があまりに時代を先取りしすぎたがゆえに、王は悪魔と内通した異端者だという疑いを抱き、賢者は火刑に処された(フリをした)というわけだ。
そもそも、ぶっちゃけ戦争の原因は人族だ。
亜人種を奴隷として売るビジネスを始め、労働力などその他非人道的な扱いを繰り返したがゆえに、亜人種の怒りに触れたのだ。
そもそも、亜人種という言葉さえ、レッテル張りの一環でもある。獣人族や異種族、たとえば魔族などを、総じて亜人種と人間は呼んだ。
愚かというか、歴史は繰り返すというか、どの世界も変わらないというか。二足歩行で意思疎通できれば人族じゃないの? と転生した元現代っ子わたしは思うのだけれど、きっと人間の心理として、自分より下等だと思える存在がいるというだけで、心の安寧を守れるのだろう。
そして賢者がチートで戦争をさくっと終わらせて、両大陸には平和が訪れた。
しかし、賢者の処刑後、わずか十年で戦争が再開するのである。
すみません、更新頑張ります……