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愛するが故に

シール殿下の誕生会には身内とごく親しい友人の者達だけが招かれていた。

みんなシール殿下を心から祝いたいという人達ばかりだ。

ドレン帝国では王族の誰かの誕生日といえば、ここぞとばかりに金をつぎ込んでド派手な誕生パーティが行われていた。

ただでさえ毎日舞踏会を開いて散財してるというのに、貧困で喘ぐ国民にまるで関心がなかった……



シール殿下は私からのアンティークの小物入れをとても喜んでくれた。

誰かにプレゼントを贈るなんて初めてだったから、どれがいいかとアレコレ悩んだ。

そんな私を見てレオは、母はミリアムが選んでくれたことに喜ぶ人だからそんなに眉間にシワを寄せるほど悩まなくていいと笑っていた。


「とても素敵だわ。ミリアムさんがいつも身に付けているその指輪とお揃いみたいだわねっ。」


毒の入った指輪のことを言われて一瞬ヒヤリとしたのだが、どちらも私の故郷の伝統工芸品でこの指輪は祖母の形見なんですよと言ってやり過ごした。


その後も緊張から食欲のない私にスティルス陛下から体調が悪いのかと尋ねられたのだが、こんな素敵な会に呼んでいただけて胸がいっぱいなんですと笑顔で返した。



───────嘘がスラスラと出てくる。



自分の体が薄汚く染まっていくのを感じた。

しょせん私はあの残虐な父の血が半分流れている卑しい人間なのだ。







伝統菓子であるベリーをふんだんに使ったクランブルケーキが部屋に運ばれてきた。

ドレン帝国からの贈り物だ。


「初めて見るお菓子じゃな。実はわしは甘い物が大好きでのお。大き目に頼むよ。」

「ダメよスティルス、最近お腹が出てきてるんだから。甘いものは控えてもらわなくっちゃ。」


スティルス陛下とシール殿下の仲睦まじい会話を聞きがらケーキを切り分けた。

部屋に配置された衛兵や侍女達から隠すように背を向け、指輪のアームにある突起に指を伸ばした。


緊張のあまり手が小刻みに震える……


この毒に即効性があるのか、どのような効力で死に至るのかはまるでわからない。

うまくいけば死因は病死だったということになるかもしれない。

もしそうなれば、私はもう少しレオの妻としていられるかもしれない……


そんな邪悪な思いが私の中で渦巻いていた。





「この国にも美味しいお菓子がたくさんあるのじゃぞ。」

「そうねっ、今度お庭でお茶会をしましょうよ、ミリアムさん。」


「はい……楽しみにしております。」


全員に行き渡ると、みんな目の前に置かれたクランブルケーキを食べ始めた。

国王も王妃も初めて会った時からとても優しくて、私を娘のように可愛がってくれた……


私も自分に切り分けた分を口に運んだが、全く味を感じることができなかった。

まるで砂を噛んでいるような気持ち悪さだ。


クランブルケーキは母も大好きなお菓子だった。

甘いもの自体滅多に食べることができなかったから、このケーキがテーブルに並んだ時はそれはそれは美味しそうに頬張っていた。



でももう……

母はこのお菓子を食べることはないだろう。

もう二度となにも食べることはできない。

食べることも、話すことも、笑うことも……


母は殺されてしまう……




私は……


毒を盛ることができなかった─────……






スティルス陛下を殺すだなんて私には無理だ。こんな良い人達を裏切るなんてできないっ。


「どうしたの?ミリアムさん……」


このことはすぐに父に伝わるはずだ。母はどんな惨い殺され方をされるんだろう……

シール殿下が涙を流す私に気付いてそばまで駆け寄ってきてくれた。



「……ごめんなさい、私……」



もう全て話してしまおう。

父は和平など望んではいないのだと言うことを……

私は父が送り込んだ暗殺者で山岳地帯には大群が隠れており、この国には危機が迫っているのだと。



口を開こうとしたその時、スティルス陛下が突然うめき声を上げると胸を抑えてテーブルに突っ伏した。

額には大量の汗が吹き出し、息をするのも苦しそうだ。


「毒だっ!国王に毒が盛られたぞ!!」

「医者だっ!今すぐ医者を呼べっ!!」



そんなっ、まさか──────────……



一人の衛兵が私とシール殿下の間に割って入ってきた。

「ミリアム様。なにか心当たりはおありで?」


言い方こそ丁寧だが明らかに私を疑う高圧的な態度だった。

でも私は誓ってなにもしていない。


もしかしてこのクランブルケーキそのものに毒が入っていた?

でも他国から送られてきて国王が口にするものは毒味をしているだろうし厳重に保管されていたはずだ。

そもそも私も他の招待者も食べたけれど、なにも異変は起きていない……

毒が入っていたのはスティルス陛下の分のケーキだけだ。


このケーキに毒を盛れた者は、切り分けてお皿に配った私……そして………


それをテーブルまで運んだ────────……





………─────────アビ……?





壁際に立つアビを横目で見ると、真っ青な顔をしてカタカタと震えていた。

ジャンは他にもこの城にはスパイが入り込んでいると言っていた。

まさかアビがそのスパイの一人だったっていうの?



「そこの娘……犯人はおまえかっ?!」

「わた、わたしはっ……」



衛兵は挙動不審な態度のアビに気付き、矛先を変えた。

今にも崩れ落ちそうなほどに怯えるアビが、自分の姿と重なった。


きっとアビは私と同じだ……

愛する人を人質に取られて、選択の余地なんてなかったんだ。

本来ならば私がこの嫌な役目を全うしなければならなかったのに………


アビの前に立ちはだかる衛兵を両手で押しのけ、毒で苦しむ国王に向かって言い放った。




「毒を盛ったのはこの私です。」




部屋にいた衛兵達が一斉に私を取り囲んだ。

これが我が身を滅ぼすことになるのはわかっている……それでも、この国に警告しなければならないことがある。

震えそうになる声に力を込め、しっかりと前を見すえた。



「もうすぐ我が国が誇る精鋭部隊、10万もの軍勢が山を下りてこの王都に攻め入ってくるわ。」



驚きザワつく人達の顔をゆっくりと見渡した。


早く……




「せいぜい、無駄な抵抗をするといいわ!」




早く軍を率いて迎え打って───────……!!





私は衛兵達に捕えられ、地下の牢獄へと閉じ込められた。














医者が到着する頃にはスティルス陛下の意識はもうろうとした状態だった。

治療は上手くいっているのだろうか……それとも、もう………

現状を知りたくても地下からでは外の様子がなにも伝わってこず、薄暗く冷たい牢獄でただ祈ることしかできなかった。




「……リアム、ミリアムっ!」



地下へと下りる階段から私を呼ぶ声が微かに聞こえてきた。

近付いてくる慌ただしい足音に、私は牢獄の隅に寄って下を向いた。合わせる顔がないっ……


レオが私の元へと駆け付けてきたのだ。

スティルス陛下が倒れてまだ数時間しか経っていないのに、なぜこんなに早く戻ってこれたの?

朝から降り続く雨のせいで、そんなには進めていなかったのだろうか……



「すぐに出してやる!誰か鍵を持ってこいっ!」

「それはレオ様でもなりません。国王の暗殺を企てたのです。拷問処刑がしかるべきです。」

近くに控えていた牢番ろうばんの言葉にレオは目を見開いた。


「拷問処刑だと……?そんなことをさせるかっ!」


牢番を押し倒して無理やり鍵を奪おうとしたレオを、後から追い付いてきたフィリップ達が慌てて引き剥がした。


「レオ落ち着け!国王が倒れた今、おまえが指揮を執らないでどうする?!ドレン帝国の軍はもう国境まで迫ってきてるんだぞ?!」

「招集も配置も指示済みだ!ミリアムをこんな場所に入れたままにはできない!!」


「彼女は自分でやったと認めたんだ!いくら王子でも罪人を牢獄から出すことは許されない!」

「違う!ミリアムはやってないっ……これはなにかの間違いだ!!」


雨に濡れた体で取り乱すレオが痛々しくて……

辛くて見ていられなかった。



「レオだってわかってるだろ?やつらは和平をする気などなかったんだ。王都に出回っていた大量のアヘンだって……大元はやつらの国からだっただろ?」




────────アヘンが……?


レオが何度取り締まってもキリがないと嘆いていた。

それでも国民のためにと毎日疲れ果てるまで街中を駆けずり回っていた。

それも全て……あの父が企てていたことだったんだ………



「頼むミリアム……違うと言ってくれ。本当ならば俺はおまえを救えないっ………」



………国王に毒を盛ったのは私じゃない。


でも……私の代わりに犯行に及んだアビを差し出すなんてことはできない。

私だって、母のことを思いギリギリまで悩んだんだ。同罪だ……

答えられないでいる私に、レオは悲痛な表情を浮かべて大きく項垂れた。



突如階段から人々が駆け下りてくる地鳴りのような足音が響いてきた。

狭い地下室に大勢がひしめくように整列すると、レオに向かって両手を上げ大声で叫んだ。





「国王崩御!国王バンザーイっ!!」





それはスティルス陛下が亡くなり、レオが新国王となったことを意味していた。

新国王のレオに忠誠を誓うために、何度も何度も万歳の祝福が繰り返された。


レオはその中で呆然としながら私のことを見つめ続けていた。

その瞳に光はなく……空虚な窪みが広がっているように見えた。


私は国王に暗殺を企てた者ではなく、国王を殺した殺人者となったのだ。




「レオ……もう彼女を庇うことは不可能だ。今すぐにでも処刑すべきだ。彼女は王妃にはなれない。」

フィリップがレオに諭すように言った。


「……無理だ。俺には出来ない。」

「レオができないなら俺がこの場で刺し殺す。」


フィリップが腰に差していた剣をゆっくりと引き抜いた。


「止めてくれフィリップ。頼む……」


レオは牢獄の前で両手を大きく横に広げて、私を背にしてフィリップと向き合った。





「俺はミリアムのことを愛しているんだ。」






──────愛している………





全てを知ったあとでもまだレオは私を愛してくれている。

胸が苦しいくらいに熱くなり、涙が溢れてきた。


こんなことなら最初から全部打ち明けてレオの胸に飛び込んでいれば良かった。


でも私にはその勇気がなかった。

レオに嫌われるのがなによりも怖かったから……

私に意気地がないせいで、最悪の結果を招いてしまった。



私のせいだ………



「……レオ………」



私も愛しています──────……





「どうか私を処刑して下さい。」





………そう口にできたらどんなに良いだろう。


鉄格子を挟んですぐ近くにいるレオに、今の私が決して言ってはいけない言葉だ。



「……そんなことを俺に願うな………」



レオは背中を向けたまま、体を震わせた。



「私はあなたの父を殺しました。どうか厳しい処罰を。」



きっとレオは、なんとしてでも私のことを助けようとするだろう。

国王を殺した私を………

それでは新しい国王となったレオの体制に深い亀裂をうんでしまう。


私がレオのために出来ること──────……




「では……今ここで自害することをお許し下さい。」




指輪の台座を首に押し当て、アームの突起に指を当てた。



「ミリアム!その薬はダメだ!!」



液体が注入され喉の奥が焼けるように熱くなった。

体中から汗が吹き出し、全身が痺れ、立っていられないほどの酷い悪寒に襲われた。

悲痛なレオの叫び声、慌ただしい物音、牢屋の鍵が開けられ鉄格子が開くとレオが私を抱き上げた。


私の頬にいくつもの水滴か流れ落ちてきた。

これは……レオの涙だろうか………?


レオがどんな表情をしているのか、もう……視界が霞んでいて見えない………




「ミリアムっお願いだ……死ぬな!ミリアム!!」




その涙を拭ってあげたくても、体に力が入らない。

レオの声も……遠ざかっていくかのようにぼやけて、かき消されていく………






弾けたように笑う……

あの笑顔が大好きだった。


なのに……


こんなにも深く悲しませてしまった………






ああ……


もし次に出会うことがあるのなら……





私は、レオに────────────……






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