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長い一日

いよいよ婚礼の式典が始まる。


まだ夜も開けきらぬ中で、身を清める儀式が行われた。

これは花嫁だけが受ける儀式で、神官から有り難き名言とともに聖なる水で全身を浄化されるのだ。

体を純一無雑な状態にして夫の色に染まるという意味があるらしい。

聖水は冷たく何時間も丁寧にかけられたので、これだけで相当体力を消耗してしまった。




「ミリアム様お疲れ様です~。」


部屋へ戻るとアビ達が純白のウェディングドレスを持って待ち構えていた。

髪の毛のセットをしてもらいながら窓の外に目をやると、国内外の参列者を乗せた馬車が遥か先まで列を成しているのが見えた。

三万人てあんなに多いんだ……続々と集まる人の多さにいよいよ始まるのだと思うと心臓の鼓動が早まってきた。


一際大きくて豪華な馬車が大手門に到着すると、跳ね橋に並んでいた馬車が一斉に端に寄って道を譲った。

あれはドレン帝国の皇帝である父が乗っている馬車だ。

同乗者は母ではなく、父が今一番お気に入りのあの若くてケバケバしい王妃が乗っているのだろう……


とにかく今は余計なことは考えず、夜中まで続くこの式典を無事成功させることだけに集中しなければならない。

大丈夫、きっと立派に成し遂げられる。

母のためにも、頑張らねば……

そう思えば思うほど、準備してきたことが頭から抜けていきそうになった。



「表情が硬い。こないだ海で俺に熱弁をふるっていた勇ましいおまえはどこにいった?」



いきなり部屋に訪れたレオにみんなが慌てて頭を下げた。

花婿の衣装である白い軍服姿のレオはとても凛々しくて、挨拶をするのも忘れて見惚れてしまった。

アビが気を利かせて間に入ってきた。


「レオナルティス様おはようございます!どうですかあミリアム様の花嫁姿。とってもお綺麗でしょう?」

レオはまあまあだなとだけ言うと、ぷいっと去っていった。


「見ました今の?めっちゃ照れてましたよ?若き王子は純情ですよね〜用事もないのに見にきたりしちゃって。ププっ!」

「もうアビ、そんな失礼なこと言っちゃダメ。」



確かにアビの言う通り、私の衣装を確認したとたんにレオはカア~っと耳まで真っ赤になっていた。

ちょっとこのドレス、胸元が開きすぎなんだよね……

あんなピュアな反応をされると、こっちまで照れてしまう……








城壁の中央にある大広場では溢れかえった参列者達が、始まりを告げる音楽が鳴るのを今か今かと待ちわびていた。

人々の熱気が分厚い扉越しにも嫌ってほど伝わってきている……

この郡勢の真ん中に敷かれた道を、今から先頭を切って歩くのか……

本番直前になって私の緊張はピークに達していた。

もうすぐ扉も開くというのに、足が震えてきてしゃがみ込んでしまった。



「ミリアム……俺を見ろ。」



情けない花嫁にレオは声を荒らげることもなく、優しく肩を抱いてくれた。





「おまえはここにいる誰よりも美しい。誇りを持て。」





レオがこんな風に励ましてくれるだなんて……

真っすぐに見つめてくるその翡翠色の瞳が、吸い込まれそうなほどに鮮やかに見えた。



「レオナルティス様……」

「レオでいいと言っただろ?行くぞ、ミリアム。」




私の隣にはレオがいる。

そう思うだけで、何よりも心強かった。










トランペットと太鼓によるファンファーレが鳴り響いた。

私達を先頭に婚礼行列が王室礼拝堂へと向かって進み始めた。

後ろにはスティルス陛下とシール殿下、そして王家一族と数家の公爵、さらには華やかに着飾った貴婦人ら総勢50人が続いた。


祭壇へと続く金色に縁取られた真っ赤な絨毯の上を、一歩一歩、ゆっくりと進んで行く……

みんなの視線が私に集中しているのがわかった。


私はずっと敵対していた野蛮な国の王女だ。中には家族を殺された者もいるだろう……

この中のどれだけの人が私を好意的に迎えてくれているのだろうか。

そんな人……一人もいないんじゃないだろうか。


「前を向け。堂々としろ。」


不安で押し潰れそうになる心を、レオが支えてくれた。



祭壇にいる大司教の前でひざまづき、婚姻の儀式がスタートした。

大司教の唱える祈りと王室聖歌隊の聖歌が響きわたる中、左手の薬指に結婚指輪がはめられた。

続けて行われる誓いの口付をレオにできるのかと少し不安だったのだけれど、作法にそってそつなくこなしてくれた。



その後も幾つかの儀式を行い、最後に結婚証書が差し出された。


震える手で署名し終えた時、ペンの先からインクの一滴がしたたり落ち羊皮紙ににじんでしまった。


「気にするな。」


動揺する私を、レオが優しくフォローしてくれた。





婚姻の儀式が終了したあとは、国王主催の祝賀晩餐会がオペラ劇場で催された。

鼓笛隊が打ち鳴らす太鼓の音に迎えられ豪華料理が運ばれてくる。


緊張と疲れからか食事がノドを通らない。せっかく美味しそうな料理なのに……

隣に座っているレオは普段の食事と変わらぬ様子で口に運んでいた。

各国の要人達がひっきりなしに挨拶に訪れる中でも、レオは終始食事をとりながら相手をしていた。

そりゃ次期国王となる人だもんね……

このくらい図太い神経じゃないと国政なんてできない。


「ミリアム、少しは食べろ。我が国の料理はどれも美味いぞ?」


口に合わないから食べていないわけじゃないのだけれど……

周りを見渡すとこの国の女性はふくよかな人が多かった。


「レオはぽっちゃりした方がお好みですか?」

「……誰もそんなことは言ってないだろ。」


レオが照れたようにそっぽを向いた。

こういうところはまだまだ子供だなあと思わず吹き出してしまったら、レオからギロリと睨まれた。




祝宴も無事終わり、近衛隊の敬礼の中を退場した。


終わった……長い一日だった────────……







……あれ、ちょっと待てよ。



まだ終わってない。

大事なことを忘れていた……







そう……これから、床入れの儀式があったのだ。













ネグリジェに着替えてから花の香りのついた手水ちょうずで手や顔を清め、ベッドに座ってレオがくるのを待った。



床入りの儀式とは結婚式を終えた男女が初めて一夜をともにすること……つまり、結婚初夜のことである。


プライベートな空間で行なわれる儀式であり、守るべき礼式や作法は特にはない。

ただ、第三者が寝室を監視するという決まりがあった。

これは無事に性交が行われたかということと、女性が処女であったかを確認するためなのだという。



「全員今すぐ出て行け!切られたいのか?!」



寝室へと入ってきたレオは、ずらりと並ぶ監視人達を見るなり全員を追い出した。


「そんなことをしてもよろしいのですかっ?」

「人前でできるかっ!頭がおかしいのかっ!!」


私までレオに怒られてしまった。

おかしいもなにも……そういう決まりなのだと習ったとしか言いようがない。

でも……仕切りの向こうで聞き耳を立てる程度だと思っていたから、あんな近くで大勢にマジマジと見られるのはとんでもなく恥ずかしいなとは思った。




にしても───────……


誓いの口付をなんなくこなしていたから、床入れの儀式も大丈夫そうだと安心していたのだけれど……

どうやらあれは順序立てた作法があったからできたようだった。


先程までの威勢はどこへやら……

離れた位置でガチガチになって固まっているレオを可愛いと思ってしまった。

でも私だって似たようなものだ。

しかしこのままお互いに恥ずかしがっていては一向に儀式が始められない。

ここは年上である私の方から動こう……



レオのそばまで近付いていって胸にあるリボンを突き出した。

「レオ……どうぞ。」

「どうぞって……?」


「このヒモをピッと引っ張って頂けたらスルっとはだけますので。」

「お、俺に脱がせろっていうのかっ?」


確かにお手をわずらわせるのも失礼だ。ならば自分で解こうと思ったらストップ!!と大声で止められた。



「………とりあえず、水をくれ。」

「………はい。」



サイドテーブルに置かれたピッチャーからコップに水を注いでレオに手渡した。

自分で脱ぐのもダメ、脱がせてもくれないんじゃあ一体どうしろと言うのだろう……

思い切ってレオに尋ねてみた。


「あの、服を着たままスルのをご所望ですか?」


私の質問にレオはブフォとむせた。

コップの水を全部吐き出したんじゃないだろうか……

その慌てっぷりに笑っちゃいけないんだろうけど笑ってしまった。



「ミリアム、おまえ……俺が年下だからって舐めてるだろ?」

「そんな、とんでもありまっ……きゃっ!」



怒らせてしまったのか勢いよくベッドに押し倒された。

仰向けになった状態で、覆いかぶさったレオに完全に固定されてしまった。




「俺も男だってこと、その体にたっぷりと教えてやろうか?」




さっきまでの初心うぶな様子とはまるで違う、別人のような妖麗な表情にドキリとしてしまった。

どうしよう……心臓が尋常じゃないくらいうるさくなってきた。


「確かミリアムは激しいのがご所望だったか?」

「だ、誰もそんなにこと一言もっ……」


そういえば海での時に、優しくして頂かなくても結構ですからっと言った記憶がある……

レオが首筋にカプリと噛み付いてきたもんだから体がビクンと跳ねた。


「あ、あれはそういう意味ではないですからっ!」

バタバタと慌てていると耳元でフハッという笑い声がもれた。



「分かっている、冗談だ。」



──────からかわれたっ……!!


大人びた顔をしたかと思えば無邪気に笑う……

悔しいけれどレオのこのはじけるような笑い方はすっごく………



…………キュンてくるっ───────……







「ミリアム……綺麗だ。」




レオは私の頬に手をそえると、唇を重ねてきた。

儀式の時の形式だけのキスとは全然違う……

甘くて深い………

体が熱を帯びてとろけるような気持ちのこもったキスだった。



──────────ダメだ……


このままじゃレオのことを本気で好きになってしまう。


必死で気持ちを抑えようと心の中であらがうも、もうあと一歩気持ちが動けば簡単に堕ちてしまうだろう……

さらに深く入り込んでこようとしたレオからのキスを、口を閉じて拒絶した。



「……ミリアム?」



レオは困惑したような表情を見せたが、すぐに冷めたような鋭い目付きへと変わった。



「おまえにとってこの結婚は、国と国との契約なのか?」

「それはっ………」



全てをレオに話せたらどれだけ楽だろう……

でもそんなことできない。

この計画がバレてしまったら、大好きな母と二度と会えなくなるかもしれない……

答えられないでいる私に、レオは苛立ちながら体を起こした。



「俺は自分のことを好きでもない女を無理矢理抱く趣味はない。」



レオは私から離れると寝ると言って背中を向けた。


「それでは床入れの儀式が終了できません。」

「そんなもの、やったとでも適当に言っておけ!」




必要以上の感情を抱いてはいけない。

他の儀式と同じ、粛々(しゅくしゅく)とこなせば良かったのだ。


でも……


レオの温もりに触れれば触れるほど、冷徹にならなければならない心が淡くかき乱されていく……

自分でもこの気持ちをどう扱えばいいのかがわからなくなってきていた。


レオの気持ちから逃げて……傷付けてしまった……

背を向けて眠るレオに私はどうすることもできない。




自分に与えられた役目が、これほどまでに辛いものになるだなんて……思いも、しなかった───────………






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