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ただ歩く  作者: kx3
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あの人との出会い

歩こう

自分という人間がなぜ歩みを止めないのかとたびたび疑問に思うことがある。

辛く、苦しく、痛く何も確約されることのない荒野をただ歩く。

雨に降られたことも、風に足を取られたことも、雷に打たれたことさえあったやもしれない。震え、怯え、慄きながらしかし足を止めることは終ぞなかった。

意地か意思かはたまたそのどれでもないような気がした。

そんなことを考え歩み続ける途上、女の子に会った。

彼女は足を患っているのか車椅子に乗り、自らそれを漕いでいた。その進みは遅々たるもので、とても歩みの速度に叶わない。しかし、彼女は懸命でそれでも前に進み続けた。

暫く後ろを歩いていると長い坂に差し掛かった。車椅子の彼女は当然、その進みの遅さに拍車がかかり終ぞ僕は追いついてしまった。

すぐに彼女を追い越して、、僕は何となく坂を少し降りて彼女の後ろに回り、車椅子を押した。

「あらありがと」

彼女は簡単にお礼を言うと、車いすから手を放し、一つ大きく伸びをした。その手は細かい傷に覆われていて、真新しいものからは血が滲んでいるようだった。

ギシギシと音を立てる関節と腕と足に伝わる重さを紛らわすためか、それとも沈黙に耐えかねたのか自分でも判然としないが気づけば口を開いていた。

「どうしてそんなに頑張れるの?」

ぼくは問う、まるで自分自身への問いかけのように

「どこかに行ける力があるからよ」

彼女は自分の手を見て何か納得したようにうーんと声を漏らし、その後、さもそれが当然とも言わんがばかり毅然とした態度で答えた。

「どこへ行くの?」

「どこへでも赴くままに」

「その体で?」

「これだけあれば十分よ」

彼女は車椅子を軽くたたいてそういった。その姿はどこか自信にあふれ、強い意志が感じられるものだった。

「..ふーん」

「あなたこそどこへ?」

「分からない」

「分からない?」

「うん、ただ歩いてるだけ。そうしてないといけない気がする」

そうやって生きてきて、そうするしか知らない。

「足があるくせに不自由ね」

「足のないくせに自由過ぎるよ」

「初対面の人に失礼ね」

「お互い様って奴だろう」

「…とりあえず行けるところまで行ってみたら?その足に限界が来たら何か見えてくるかもよ?」

「知った風に言うんだね」

「知ってるもの」

彼女は車椅子を軽く小突いて言った。ふと彼女の通った後を見る。そこには車輪の後しかなく彼女に起こった出来事もその思いも感じ取れなかったけれど...。

「格好いいね君」

「私キレイだねって言われたい派の人間なの」

コロコロ笑ってしばらく登る、その間彼女の過去を聞いた。

昔は跳ね回るように走っていたこと。周りからも期待されていたこと。そんな自分が誇らしかったこと。

足を突然失ったこと。目標としていたところに行けなくなったこと。周りから失望されたこと。そんな自分を憎んだこと。

怒って、叫んで、沈んで、他人に当たって、泣いて、苦しんで、心が裂けそうになって、、、死のうとしたこと。

「死ねなかったけどね」

1つ1つを語るたびにコロコロと変わっていた彼女の表情が固まって、今にも悲しみが零れ落ちそうだった。

僕はそれを見ないようにして、車椅子を押し続ける。

「おかげで僕は君と話せた」

「...そうね」

車椅子は坂のてっぺんにまで到達し、僕は一旦足を止めた。

「ありがとう..ありがとう」

二度彼女は言った。二度目のお礼は何のことだかわからないままに僕はそれを受け取った。

「そういえば、道行が決まってないんだったわね」

「まあね」

「他人の話を聞いてみるのはどうかしら?」

「他人の指示に従えってこと?」

違うわよと、彼女は自分の胸元を指して、

「他人に学んで、自分で決めるの」

大切な宝物をこっそり見せるように、優しく暖かな声色でそう言った。

彼女と再会の約束をして別れた。暫く後になっても、彼女の姿がなぜだか瞼に写っていた。

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