◆6話
みんな大好き序盤の爽快無双パート
「神の使徒ねぇ……」
慟哭するモニの横で、メイリと圭哉は空を見上げていた。
その視線の先にいるのは一人の魔族。
名はベイシド。
魔王軍魔王直属龍騎遊撃隊を率いる者。
そのベイシドの周囲には、彼の部下である魔族たちが同じような格好で小型の竜種に跨っていた。
その数は優に二十を超えている。
「誰あいつら」
「私に聞かれても知らんわ」
だが、片や知識皆無の異世界転移者、片や田舎で育った村娘。ベイシドのことなど知る由もないため、そのような会話が交わされる。
そして、ベイシドとしてはそれで問題がなかった。
爆撃魔術が放たれ、魔族が頭上に現れたというのに暢気に構えもしない人間が二人。
辺境の地で育ち、危機感を欠いた愚者。
神の使徒と、その守護者としては愚劣極まる存在。
なればこそ、疾く滅ぼさんとベイシドは構えた。
ベイシドの眼前に魔法陣が次々に浮かび上がり、展開からの六重起動を行う。
「——出力が落ちるな」
使徒の加護による威力の減衰が想像よりも大きい。
それでも、人間二人を殺し切るには十分だと判断して魔術を放った。
青白い閃光を発して撃ち出された雷撃の魔術。
音を置き去りにして放たれたその雷撃は、棒立ちするメイリを包み込むようにして空間を突き進む。
刹那の後、雷撃が弾け、メイリやモニのいた場所は焼け焦げ地面は抉り割れていた。
だが、そこに死体はなかった。
「えぇ……、なにこれ怖っ……」
雷撃の着弾地点からいくらか離れたところで、メイリとモニを脇に抱えた圭哉がそんな感想を漏らした。
「なっ——」
いつの間に? ——そうベイシドは困惑する。
彼には圭哉の初動が見えていなかった。
脱力しきり、隙だらけと思えた人間が己の放った雷撃を躱したという事実、それも、無防備に立っていた人間二人を抱えてからということに驚愕する。
その時点でベイシドは認識を改めた。
あの守護者は迅速に排除しなければならないと。
ベイシドに呼応するように部下たちも圭哉の危険性を改め、構える。
「かぎゃっ!」
ぺきりと、薄く軽い音がベイシドの眼前から鳴った。
隊への号令を掛けようとした瞬間、ベイシドの顔面へと圭哉の膝蹴りが入っていた。
「よっ」
空中に浮かぶ竜種へと一度の跳躍で到達し、勢いそのままにベイシドの顔面を陥没させた圭哉はベイシドの肩に手を置き、そこを起点に空中で身体を捻り、足を天へと突き上げる。
「ほっ」
そしてその足を真下へと——ベイシドの頭上へと振り下ろした。
頭蓋が砕ける音がし、彼らを乗せた竜種がその衝撃全てを背中へと受け止めて、地面へと蹴り落とされた。
岩を切り出して作られた道が、落下の衝撃で砕けながらベイシドたちを呑み込む。
およそ人間の行動によって生み出されたとは思えないような重く低い激突音がナキンの街に響く。
「身体が軽いな」
圭哉の軽薄な呟き声がベイシドの部下たちの耳に届く。
「なるほど、これがずっこい能力」
耳にしか届かない。
声しか聞こえない。
「ぎゃごっ」
一人の短い悲鳴が空に響く。
音のした方へと皆で視線を向けるが、そこには竜種のみが滞空しており、騎乗していた者はいない。
「がっ」
一人。
「ぐげっ」
また一人と。
「っ!」
瞬く間に壊滅する隊。
残り三名となった部下たちは、当惑する。
何が起きているか理解出来ない。
一人は仲間たちが竜種から叩き落とされているだけだと把握する。
一人は未だに姿を視認できない少年に恐怖し、周囲を見渡し続ける。
一人は、
「おいっすー」
突如目の前に現れた圭哉に腹部を殴打され、意識を失った。
「よっと」
動かなくなった魔族を竜種の上から蹴り落とし、器用に鞍の上に立ちながら残り二人となった魔族へと視線を向ける圭哉。
地面からは何かが拉げた音がするけれども、圭哉はそれには目もくれない。
すでに魔族二人に戦意はなかった。
辛うじて圭哉に向かい合い続け、背を向けずに逃げ出していなかったのは矜恃か、恐怖か。
「あー……」
圭哉は何かを言おうとして、何を言うべきかまでは考えていなかったため言葉に詰まる。
特に考えがあって動いたわけではない。
ただ何となく。出来そうだったからと動いてみて、出来てしまったというだけだった。
「それで、あんたら何?」
相手がどういう存在なのかすら知らないままに暴れた圭哉は、この段階に至って初めて、相手の存在を問うた。
「我々は……魔王軍魔王様直属龍騎遊撃隊である」
「……ん? 魔王軍? なにお前ら魔王軍なの?」
圭哉は長い名前に顔をしかめつつも、気になるとこだけを抜き取る。
「そうだ」
自負するように、魔族は首肯する。
「魔王軍ってもっと遠いところにいるんじゃなかったっけ? お前らはあれか、地方の辺境に飛ばされた弱小部隊とかなの? それでこっちの方まで人を襲いに来てたりするわけ?」
「まず、違う、我々は魔王様の直属部隊だ。そこらの人間や魔族などより遥かに強力な力を持った精鋭によって編成されている。そして、我々がこのような辺境にまで来た理由は、神の使徒を抹殺するためだ」
言われた内容を自身の中で噛み砕き、そこから重要そうな言葉を拾い、圭哉は聞く。
「神の使徒って? さっき他のやつも言ってたよな」
「字の如くだ。神によって遣わされた、人類側の救済機構。生ける封魔の檻」
「それは俺のこと?」
「違う。貴様は守護者だ。神の使徒は、そこで我々を見上げている少女だ」
そう言って、魔族——ネルタは視線だけをメイリへと向けた。下手に指で示そうものならば、目の前の圭哉がどのような行動を取るか分からないからだ。
出来るだけ刺激せずに会話を続け、他の隊員たちが再起するのを待つ算段だった。
「なんで神の使徒のことを狙うわけ? ていうか、どうしてここが分かったんだ?」
遠距離からのピンポイント爆撃を思い出す。どうしてあそこまで正確にメイリを狙えたのかが、圭哉にとっては疑問だった。
「神の使徒は、存在が魔族にとって害悪なのだ」
「ふむ、詳し——」
「ケイヤ!」
ネルタの話を興味深そうに聞こうとする圭哉に、声が投げかけられる。
圭哉とネルタがそちらへと視線を向けると、モニが家の爆破からの衝撃から立ち直っていた。
「話は後で聞けるから、そいつも他のやつと同じようにしなさい!」
魔王軍魔王直属龍騎遊撃隊。
田舎娘ではなく、仕事柄王都の人間とも交流がある故にその存在の危険性を理解していたモニは、なによりも迅速な危険の排除を優先した。
通常ならば街の人間の避難を優先するところを、すでにその部隊を壊滅状態に追い込んでいる一人の少年がいるからこそ、モニはそれらの完全な無力化と確保をすべきだと判断したのだ。
その言葉を受けて、圭哉は動いた。
ネルタは動くことすら叶わなかった。
「あごぁっ!」
ネルタの右後ろで周囲の仲間の状況を確認していた魔族が、短く鈍い声を上げた。
宙へと跳んだ圭哉の回し蹴りをまともな防御も出来ずに受けたそれは、竜種の上から下の路上へと叩き落とされる。
仲間の行方に気を取られたネルタはその時点で圭哉を見失っていた。
見失うと同時に、気を失った。
掌底によって顎を強打され、脳震盪を起こしていた。
気絶したネルタを脇に抱えた圭哉は竜種から飛び降り、メイリとモニの前に着地した。
「これでいい?」
「あー……、うん。それでいい」
ネルタを地面に落としながら、モニに確認だけをする。
「ケイヤ、強いわね……」
「そうなのか?」
「魔術的な補助もなしに、魔族をなぎ倒してるのは驚異的よ」
モニに凄いと言われても、圭哉としてはあまり実感の湧かないことだった。
実際、身体能力の劇的な向上には圭哉自身も驚いているのだが、それ自体は元からの延長に過ぎない。
元から自身に存在した機能の拡張に過ぎない。
だからこそ、上空を飛んでいた竜種まで一度の跳躍で届くことも理解していたのだ。
とはいえ、結局のところやっているのは殴る蹴るだけなので、元の世界でチンピラと仲良く喧嘩していた時となんら変わらないのである。
自身とモニの感覚の齟齬に圭哉が違和を抱いていると、その圭哉の頭に手が置かれ、撫でられた。
メイリが背伸びをして、背筋を伸ばしながら圭哉の頭を撫でていた。
「助けてくれてありがと。ケイヤは本当に強いよ」
「……そっか」
メイリからの素直な感謝と、慈愛を内包したその労いを受けて、ケイヤは顔を綻ばせる。
——そして、その気の緩みをベイシドは見逃さなかった。
部隊の中で誰よりも重傷であるにも関わらず、誰よりも真っ先に意識を取り戻し、その機を伺っていた。
その守護者は雷撃魔術に対して回避を選んだ。
(それはつまり、当たれば無傷では済まないということに他ならないッ!)
魔法陣の展開——八重起動。
さらにそれを重複起動させ、威力を上乗せする。
過剰なまでに圧縮された雷撃を完全には制御できず、漏れ出た稲妻はベイシドの身体を走り激痛を起こす。
それは刹那にも満たない一瞬の早業。
雷撃が放たれる。
圭哉がそれに気づく。
だが、気付いた頃にはもう遅い。
回避など不可能。
勝利を確信したベイシドは心中で叫ぶ。
「勝っ————」
ぱちりと、小さくあっけない音がした。
それだけだった。
「なに今の」
そこには、傷一つない圭哉が立っているだけだった。
まるで飛んでいた虫を叩き落とした後のように、腕を持ち上げて左手をふらふらとさせていた。
ベイシドが見た景色はそれが最後だった。
次の瞬間には眼球へと指が差し込まれており、引き抜かれた。
ベイシドの視界は失われた。
次いで圭哉は四肢を右手から時計回りに蹴り折った。
関節の部分は特に念入りに砕き、原型を留めないようにした。
最後にその背中から生える翼へと手を伸ばし、付け根の一番細いところを掴み、捻った。
筋繊維が千切れ、血管が千切れ、骨が砕け、背と翼の繋がりはなくなった。粗い断面からは赤い鮮血が溢れ出る。
それを、魔族の血を圭哉は初めて意識して見た。
そして、魔族も血は赤いんだなと、そんな感想を抱くだけだった。