◆ぷろろーぐ
プロローグだけ男の子の一人称視点ですが、以降は三人称視点になります。
何もない空間だった。
それ以外に形容のしようがない「黒」だけの空間だった。
ふと、なんか薄らと光を感じるなーと思い見上げると、後光の射してる女がいた。
「あなたは死にました」
物理的に輝いている銀髪に怖いくらいに整った顔立ち、見るものの劣情を掻き立てるかのような肉体美、その身体にひらひらした薄い布を幾重にも巻きつけた女性が、空中にホバリングしながらそんなことを宣った。
「死んだっつーか、殺されたんだけれど」
横断歩道で赤信号の切り替わりを待っていたところ、背中を押されてトラックに轢かれたのである。
「なんと嘆かわしいことでしょう。あなたのような若い命が不慮の事故で命を落とすなど……」
「事故っていうか事件だよなアレ」
というか、トラックに顔面から突っ込む際に犯人のツラを拝んでやろうと振り向いていたけれど、目の前にある顔と似てんだよな。
「とはいえ、死んだものは仕方がありません」
「切り替え早過ぎない?」
「あなたには選択肢が二つあります。その肉体で異世界に行くか、このまま魂を擦り減らして消失するか」
「先生、死んだはずのこの身体で異世界に行けるなら、生き返らせることもできると思うんですが」
「先生ではありません、女神です。生き返らせることはちょっと女神には難しいですね」
「あんたじゃ話になんねぇよ。もっと偉い人呼んで」
「改めて、あなたには二つの選択肢があります。異世界に転移するか、地獄に落ちてありとあらゆる苦しみを永遠と味わうか」
会話が成立しないなぁおい。ていうか、
「実質一択になってません?」
どうやら不興を買ったようである。
「さて、どうしますか?」
「……じゃあ、転移でいいですれど、何か使命とかって背負わされたりするんですかね?」
「おや、勘が鋭いですね。実はちょっと悪いことしてる魔族がいるので、それらを口減らしして頂きたいのです」
口減らしてお前……。いやまぁ、世界を運営する神の視点からするとそれが正しいのだろうか?
「あんたがやればよくない? 女神なんだから指先一つでちょちょいのちょいだろ」
「その表現、なんだか時代を感じますねー。それができないから、こうして適正のある人間を見繕って送り込もうとしてるのですよ」
「その言い方だとあんたが俺のこと狙って殺したかのように聞こえるんだけれど」
「…………嫌な、事件でしたね」
「事件って認めてんじゃねーか!」
「もちろん、タダで働けとは言いません!」
「強引に話を戻すなや」
「やりがいがあります!」
「タチの悪さが増してんぞオイ」
「労働の後の水が美味しくなります」
「それは労働者側が言うべきであって、雇用者側が語るべき内容じゃないぞ?」
なんというかまぁ、流石は神だ。理不尽の塊。
「とまぁ、半分冗談は置いときまして」
「置いとけないぞー?」
「最近流行のずるい能力を授けます」
「せめてチートって言え。チートより耳障りだぞそれ」
「七対子?」
「女神が麻雀用語喋んのやめて」
「では、ず、……ずっこい能力と」
「かーわーいーいー」
照れながら言うのは卑怯では。
これがギャップ萌えか。
「能力に関する具体的なことはこの説明書に記載してますので、追々読んでください」
「説明書」
折りたたんだ紙っぺらを渡される。冊子ですらなかった。
「さて、準備は完璧ですね。一応ですが、何か質問はありますか?」
「めちゃくちゃあるわ」
「無知なおバカさんなんですね」
「この状況で何も質問せずに出発する奴のほうがよっぽどやべーかんな?」
何も聞かせてもらえずに無理やり転移させられる可能性だってあったのだと考えると、質問が許されるだけマシなのかもしれない。
「スリーサイズは?」
「女神なので自由に変えられます」
すごい!
「付き合ってください」
「使命を果たした暁には、友達から検討します」
検討するんだ……。
「異世界って言語とかは大丈夫なんすかね?」
「頭に翻訳機を埋め込むので安心してください」
「なーんだそれなら安心安心……ってなるか! 表現が物騒過ぎるわ!」
「翻訳機と言っても、機械などではありませんよ。言語機能を追加する魔術式を埋め込みますので、人体に害はありません。……ほとんど」
聞き過ごせない言葉が聞こえたけれど、気にしたら話が進まない気がするので、ほとんど害はないとの言を信じることにする。
「魔術式……魔法があるのか?」
「ええ、今からあなたが赴くのは魔法が一般的になっている、剣と魔法のファンタジーな世界です」
「その二つが並ぶと物騒でしかないけれどな」
魔法、魔法か。少し心動くものがあるが、それ以上に懸念事項が増えた。
「その世界で、俺は生きていけるのか?」
「それはあなた次第です。偉い人は言いました。働かざるもの食うべからず」
間違いなくそれを言った人間よりも女神のほうが偉いと思うが……。
「そうじゃなくて、そこは俺が生存できる環境なのか?」
魔法。つまりは俺という人間を形成する法則とは全く別物の法則。それが一般的な世界と言うのならば、そこが俺の存在できる世界であるとは考えられない。
「窒素、酸素や二酸化炭素その他色々。それらによって形成された空気がないと俺はそもそも息すらできない。それ以前に、その世界には宇宙や惑星はあるのか? もし宇宙があり惑星があったとしてもその大きさはどうなる? 重力は? 気温は? 物理法則は? 生き物はいるのか? 生態系は? 異世界に飛ばされた挙句可愛い女の子とエッチなことができないなら俺はキレるぞ!?」
「そこら辺の設定周りの説明いります?」
「いるでしょぉおおおお!? こっちは死活問題だかんな!」
「なんとなく大丈夫だから大丈夫大丈夫!」
「何一つ大丈夫の説明になってない!」
「整合性のための設定あるけれど、聞いちゃう?」
「当たり前だろ! 今からそこで生きるんだぞ!」
「中学生が真夜中に考えたような感じだけれど」
「あ、やっぱいいです」
深く考えないことにした。そもそも、女神が送ってくれるのだから、なんかいい感じに都合よく生きられる状態になってるのだろう。きっと美少女もいる。信じてる。
「進捗確認のためにちょくちょく顔は出しに行きますし、またその時に質疑応答の時間は設けますので」
「視察かな?」
とはいえ、この後も質問の時間を取ってくれるのはありがたい。実際に見て聞いて生きてみて浮かぶ疑問などもあるだろう。その際に女神に直接確認することができるというのなら、アフターケアとしても悪くない。
「ご納得頂けようですし、旅立ちとさせて頂きます」
女神がそう言って手を叩くと、こちらの身体が光に包まれ始めた。
「え、ちょっとま」
言葉は続かなかった。