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京都の王〜THE KING OF THE CAPITAL〜  作者: 宇井九衛門之丞
第1章 令旨(以人王編)
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#8 挙兵〜ANTI-SEISI UPRISING〜

「くっ、中宮様!」


 半兵衛は一人、馬を走らせる。


 どこかより、京の都にやって来た半兵衛は。

 なけなしの銭を叩いて曰くつきの刀・紫丸を刀屋のオヤジより買う。


 しかし、そのすぐ後に中宮・聴子が妖である鬼に襲われかけている所に出くわし。


 そのまま、かつて見た夢に導かれるがままに曰くつきの刀――妖喰いというらしい――紫丸を振るい鬼を喰らう。


 が、そのすぐ後に腹が減っていたことを思い出し。

 倒れた。


 そうして、聴子を案じてやって来た父・清栄の計らいにより静氏の屋敷へ担ぎ込まれ、もてなしを受けた。


 そうして次の日には、清栄は半兵衛を帝に目通ししたいという。


 しかし、その矢先。

 もてなしを受けた日の夜、半兵衛は来た日に市場で揉めた静氏一門の従者の一人・金助に襲われる。


 終いには謎の札の力により、鬼に変じた金助を半兵衛は紫丸にて喰らった。


 そうして、帝への謁見を迎え。


 楽士らの謠による歓待を受けるが、その楽士の一人の名が弘人――半兵衛がよく見る夢に出て来る、妖喰い使い――の名を持っていることを知り驚いていた。


 更に、これまた夢の中に出て来る水上兄弟が誠におり。


 また、夢の中にて半兵衛が"中宮"と呼んでいた者と同じ声の光の中宮なる者もいることを知り。


 未だ同じく夢に出ていた夏という娘が誠にいるかは分からぬものの。


 半兵衛は、自らが正夢を見ていたと知るのであった。

 しかし、その謁見の最中だった。


 金助と同じく、半兵衛と市場にて揉めた静氏方の従者・白吉が現れ。


 これまた金助と同じく、おかしな札の力により妖に変じたのである。


 半兵衛は躊躇いつつも、そこへ現れた中宮・聴子を守らんという思いから白吉の変じた鬼を斬る。


 そうして、後日。

 半兵衛や水上兄弟を、都を守る任に据えようという話が持ち上がり始める中。


 以人王は、かつての泉氏が総大将・義暁の十男たる雪家を召し出し。


 自らの"令旨"を津々浦々の泉氏勢力やその他静氏に叛意を持つ者たちに送らせ、挙兵を促そうとしていたが。


 雪家の動向は、熊野の重役たる湛曽に知られてしまい清栄に以人王の叛意を知られてしまう。


 そのまま以人王の捕縛へと向かう静氏の兵らに、半兵衛も同行する筈であったのだが。


「中宮様……」


 既に述べた通り半兵衛は今、一人馬を走らせている。

 向かうは、大内裏である。


「影の中宮だか何だか知らねえが……勝手にやらせる訳にゃいかねえからな!」


 半兵衛は右手を、握り締める。

 それは、つい先ほど屠った妖から落ちて来た文であった。


『本日、中宮様を斬ります。助けたくば、何卒大内裏が後宮までおいでくださいませ。

 影の中宮』


「どうか……間に合ってくれ!」


 ◆◇


「皆、急げ!」

「応!!」


 検非違使別当・刻忠は三条の以人王邸に急ぐ。

 謀反人として、引き立てるためである。


「しかし……まったく、あの半兵衛とやらは! 妖喰い使いか何か知らんが、清栄様に贔屓されているからと……図に乗りおって!」


 向かうさなかの馬上で、刻忠は悪罵を吐く。


「どけどけ! 検非違使様のお通りであるぞ! まったく、気の利かぬ奴らめ!」


 刻忠は半兵衛のことで苛立ち。

 通りを歩く女や商人らにも当たり散らす。


 が、その時。


「……ん?」

「? どうかなさいましたか、刻忠様。」

「……いや、何でもない。」


 刻忠は何やら、おかしな心持ちがするが。

 気のせいであろうと、流す。


 そのまま、以人王の屋敷へと至る。


「う、おほん! ……ゲホッゲホ! ……以人王様よ、検非違使別当・静刻忠が参った!」


 咳払いのつもりが誠に咳をしてしまったが。

 何とか取り繕い、屋敷へ呼びかける。


 が、屋敷から出て来るは言葉ではなく。


「!? な、何だそなたらは!」

「左兵衛尉・初瀬部(はせべの)信列(のぶつら)! 以人王様はいらっしゃらぬ、ここでそなたを迎え討てとのご命だ!」

「くっ、皆戦え!」

「応!」


 以人王の家臣たる信列の軍勢が、刻忠率いる兵らに斬りかかる。


「以人王様がいらっしゃらぬだと……まさか! あの女か!」


 刻忠自らも信列の兵に立ち向かいつつ、ふと思い当たる。


 先ほど、おかしな心持ちがしたのは。

 道を歩く女の、所作が何やら男臭く感じられたからであった。


「くっ……先ほど我らとすれ違いし女だ! あれぞ以人王、早く」

「させるか! 皆、検非違使殿をここに引き止めよ!」


 刻忠は兵に命じ。

 以人王を追わせんとするが、そうはさせじと信列が奮戦する。


「くっ……おのれえ!」


 刻忠は歯軋りする。


 ◆◇


「そ、そなたが!」


 翻って、大内裏の後宮にて。

 聴子は足がすくみ、動けない。


 目の前にいるは。


「ほほ……中宮におかれましては、今はさぞ、死に怯え切られているご様子。……おかわいそうに。」

「くっ……抜け抜けと!」


 影の中宮である。

 聴子を慰るような口振りとは裏腹に、影の中宮は恐ろしげにも刃を構えてゆっくりと聴子に迫る。


「でもご安心ください。……私が今、楽にして差し上げますわ。」

「くっ……!」


 影の中宮は狐面越しに、笑いを漏らす。

 と、その時である。


「おうりゃ!」

「……おや!」


 大内裏の壁を越え、上より影の中宮に斬りかかって来た者が。


 それは、無論。


「は、半兵衛!」

「なかなか……足が早いですわね!」


 半兵衛である。

 影の中宮は半兵衛の紫丸による攻めを、自らの刃にて受け止める。


「ああ……あんたが、影の中宮か!」

「ええ……お初にお目にかかります!」


 影の中宮は半兵衛に挨拶をし。

 そのまま自らの刃を半兵衛の紫丸に打ちつけ、間合いを取る。


「影の中宮、か……光の中宮さんと、何か関わりはあんのかい?」

「な、光の中宮?」

「? 何ですか、それは?」


 半兵衛のこの問いには、影の中宮のみならず。

 聴子も、首を傾げる。


「ありゃ、知らねえか。」

「ええ……聞いたこともありませんわね!」

「うおう!」

「ひ! は、半兵衛!」


 影の中宮は半兵衛に、斬りかかる。

 半兵衛は紫丸にて、影の中宮の刃を受け止める。


「案じなさんな、中宮様よお! ……しかし、あんたは何者だい?」


 半兵衛は鍔迫り合いをしつつも、影の中宮に尋ねる。


「ふふふ……この有様で何というゆとりなのでしょう! まあ、よいですわ……それが知りたくば、今ここで私の面を砕くがよい! あなたに、そうすることができるならば!」

「くっ……! なるほど、一つ分かった。」


 影の中宮は半兵衛の紫丸に打ち掛けている自らの刃に、更に力を籠める。


 半兵衛は、紫丸を見て合点する。

 紫丸の刃は、蒼くはなっていない。


「あんたは……妖ではないな!」

「ほほほ……ええ、では……人でしょうか!」

「くっ! ……いや、どうかな!」


 半兵衛は影の中宮の問いに、言葉を詰まらせる。

 確かに、紫丸は蒼くなってはいないが。


「ええ……こうすれば更に分からなくなるでしょう!」

「ああ……何で妖気が出せんだよ!」


 影の中宮の刃を見た半兵衛は、惑う。

 その刃は、妖気の炎に包まれ出したのである。


「ふふ……お教えしましょう。あなたの首を頂戴した後に、その耳元で囁いてね!」

「そうかい……なら遠慮させてもらうわ!」


 影の中宮の戯れを、半兵衛は撥ね付け。

 そのまま互いに刃を打ちつけ合い、再び間合いを取る。


「ふふふ……さあ、一国半兵衛! 私と手合わせ願いますわ!」


 影の中宮は、刀を振り上げる。


「手合わせ、か……どうせなら、()()()ってのはどうだ?」

「ほう……面白きお方!」


 負けじと紫丸を構えた半兵衛の言葉に。

 影の中宮は答える。


「さあて……死合おうぜ!」

「ええ……是非!」


 言うが早いか。

 半兵衛と影の中宮は、互いに走る。


 先ほど取った間合いは、瞬く間に縮まって行く。


「はああ!」

「うおりゃ!」

「……くっ!」


 半兵衛と影の中宮は、互いに斬りかかる。

 それぞれの刃が、それぞれの仇の身体を捉えんとして――


「半兵衛……!」


 思わず、聴子はこの景色に。

 手を合わせ、目をつぶる。


 祈りの、形である。


「うおりゃ!」

「ふんっ!」


 半兵衛と影の中宮は、すれ違う。

 果たして、倒れたのは。


「……ぐっ!」

「! は、半兵衛!」


 半兵衛であった。

 左の腕に、刃を喰らっている。


「ふふふ……くっ!」


 しかし。

 影の中宮もまた、右腕に刃を喰らっていた。


「はは……中々やるな、影の中宮さんとやら!」


 半兵衛は振り返り、影の中宮に笑みを向ける。


「ええ……そちらこそ!」


 影の中宮も振り返り、半兵衛に笑みの声を返す。


「まあでも、痛み分けって所だったな!」

「ふふふ……ええ、そうですわね。」


 影の中宮は言いつつ、自らの腕の傷を見下ろしつつ言う。


 私が、腕に傷をつけられたなどと――

 と、その刹那である。


「……うっ!」

「は、半兵衛!」


 聴子も、半兵衛自らも驚いたことに。

 半兵衛は、にわかに苦しみ出したのである。


「くっ……目眩が……」

「ほほ……どうやら、毒が効いてきたようですわね。」

「何……!」


 半兵衛は目の前が眩み、倒れ込む中。

 影の中宮の言葉に、驚く。


「私のこの刃には、毒が――それも、並の人ならばすぐに死ぬほどのものが塗ってありましてよ。」

「くっ……なるほど、な……」


 半兵衛は、更に苦しむ。

 死に至る、毒――


「……まあ、ご安心くださいませ。それは、あくまで()()()()()()、と申した通り。あなたのような妖喰い使いの方であれば、眠り薬が積の山ですわ。」

「なる、ほど……な……」

「半兵衛!」


 半兵衛は夢現に影の中宮の話を聞きつつ。

 毒が効いたか、眠り込む。


「ふふ、私の勝ちなのですが……やはり、この屈辱を思えば手放しでは喜べませぬわね……」


 影の中宮は、先ほど半兵衛に斬られた腕を押さえつつ静かに怒る。


「この者、殺してもよいのですが……我らが大願の前には、まだ生きていてもらわねばなりませぬし。……そうですわ。」

「……ひっ!」


 影の中宮は、次に聴子に目を向ける。

 聴子は、再び立ち竦む。


「先ほども申しましたね? ……この刃、人ならばすぐに葬れるのですよ!」

「くっ……」


 影の中宮は高らかに叫び。

 刃先を、聴子に向ける。


 しかし。


「中宮様!」

「何奴か! この狼藉者めが!」

「……おや。」


 騒ぎを聞きつけてか、内裏を守る侍らが後宮へ駆けつける。


「……少し、戯れ過ぎましたか。まあ、少し惜しき気もしますが……中宮様。そのお命、今はお預けいたしますわ。」

「……」


 影の中宮は、刃を鞘へ収める。


「! あれは、半兵衛殿か!」

「な、何故!」


 侍らは半兵衛が倒れている姿を見て、驚く。


「はっ!」

「ぐっ!」

「な、何じゃこれは……ち、蝶か!」


 しかし、影の中宮は右手を振るい。

 侍らに、何やら蝶のようなものを投げつける。


 蝶は、侍らに襲いかかった後。

 影の中宮の下へ戻り、その右手の指に止まる。


「さあて、妖・夜雀(よすずめ)よ! ……今こそ、解き放ちなさい。」

「な!」


 影の中宮はまじないのように言い。

 そのまま、先ほどの刀傷から血を左手の人差し指につけ。


 夜雀と呼ばれたあの蝶の妖に垂らす。

 たちまち、夜雀は大きくなり。


 その尾は、九つ。

 身体は、白い毛で覆われる。


「さあて……では、私はこれにて!」

「ま、待て!」

「は、半兵衛殿をどこへ!」


 影の中宮は、夜雀に半兵衛を乗せた後で自らも乗ると。


 そのまま夜雀を、遥かな空へと飛び立たせる。


「くっ、矢を!」

「待て! 半兵衛に、当たってしまう!」

「……くっ!」


 侍らは、せめて読んで字の如く一矢報いろうとするが。


 聴子に止められ、渋々下がる。


 ◆◇


「くっ……あんたは!」

「私こそが……影の中宮なのです!」


 半兵衛の目の前にて、影の中宮は。

 その狐面に、手をかける。


 その後ろにも、二人の人影が見える。

 しかしその姿までは、よく見えない。


 やがて影の中宮は、狐面を取り――




「……はっ! ……く、嫌な汗かいてら……まったく、また夢か……」


 半兵衛は、目を覚ます。

 これまでと同じく、夢を見たが。


 これまでと異なるのは。


「影の中宮さんの夢かよ……せめて、影の中宮さんに会う前に見せろや! 正夢のくせに!」


 半兵衛は悪罵を漏らす。

 これまでは、会ったことのない者を夢で初めて知る形だったからだ。


 しかし、半兵衛はそこでふと気づく。

 ここは、どこか。


「……ん? あれ、ここは……」

「ようこそ……一国半兵衛殿。」

「!? あ、あんたは……」


 半兵衛はにわかに聞こえた声の方を見る。

 そこには、以人王の姿が。

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