#7 露見〜THE UPRISING BEING DETECTED〜
「何!? 挙兵が露見しただと!」
「はっ! どうやら雪家の動きに、熊野別当が気づいたようです。」
「……くっ!」
頼益の子・泉仲網からの報せに、以人王は顔を曇らせる。
どこかより、京の都にやって来た半兵衛は。
なけなしの銭を叩いて曰くつきの刀・紫丸を刀屋のオヤジより買う。
しかし、そのすぐ後に中宮・聴子が妖である鬼に襲われかけている所に出くわし。
そのまま、かつて見た夢に導かれるがままに曰くつきの刀――妖喰いというらしい――紫丸を振るい鬼を喰らう。
が、そのすぐ後に腹が減っていたことを思い出し。
倒れた。
そうして、聴子を案じてやって来た父・清栄の計らいにより静氏の屋敷へ担ぎ込まれ、もてなしを受けた。
そうして次の日には、清栄は半兵衛を帝に目通ししたいという。
しかし、その矢先。
もてなしを受けた日の夜、半兵衛は来た日に市場で揉めた静氏一門の従者の一人・金助に襲われる。
終いには謎の札の力により、鬼に変じた金助を半兵衛は紫丸にて喰らった。
そうして、帝への謁見を迎え。
楽士らの謠による歓待を受けるが、その楽士の一人の名が弘人――半兵衛がよく見る夢に出て来る、妖喰い使い――の名を持っていることを知り驚いていた。
更に、これまた夢の中に出て来る水上兄弟が誠におり。
また、夢の中にて半兵衛が"中宮"と呼んでいた者と同じ声の光の中宮なる者もいることを知り。
未だ同じく夢に出ていた夏という娘が誠にいるかは分からぬものの。
半兵衛は、自らが正夢を見ていたと知るのであった。
しかし、その謁見の最中だった。
金助と同じく、半兵衛と市場にて揉めた静氏方の従者・白吉が現れ。
これまた金助と同じく、おかしな札の力により妖に変じたのである。
半兵衛は躊躇いつつも、そこへ現れた中宮・聴子を守らんという思いから白吉の変じた鬼を斬る。
そうして、後日。
半兵衛や水上兄弟を、都を守る任に据えようという話が持ち上がり始める中。
以人王は、かつての泉氏が総大将・義暁の十男たる雪家を召し出し。
自らの"令旨"を津々浦々の泉氏勢力やその他静氏に叛意を持つ者たちに送らせ、挙兵を促そうとしていたが。
「ここまで早く、ことが露見しようとは……おのれ、熊野別当め!」
以人王は怒りを露にする。
湛曽。
熊野別当を務める男にして、かねてより清栄に与する男である。
「くっ……しかし、頼益はどうした!」
「はっ、そのことにつきまして以人王様。申し上げたいことが。」
「……何?」
仲網はにわかに声を潜め。
以人王に話す。
◆◇
「……以人王様には、我ら一門への御謀反の疑いにて! ……この度、臣籍降下の咎をお受けいただくこととする。」
「も、以人王様が……」
「我らに……」
静氏の屋敷にて。
高らかに以人王への処断を、清栄は読み上げる。
この場にいるのは、静氏方の主だった武将ら。
更に。
「以人王さん……あの時、内裏にいた人か……」
半兵衛も、呼ばれていた。
「うむ……さあこれより! 逆賊以人王――臣籍降下によりその名、泉以松! 彼奴を討つ! ……半兵衛殿、そなたにも力を貸して欲しい。」
「!? え、俺も?」
半兵衛は清栄の言葉に、戸惑う。
相手は以人王、人である。
妖ではない。
故に半兵衛は、戸惑っているのだが。
「……これは、帝からのご命でもある。半兵衛殿、どうか分かってほしい。相手は妖ではないとはいえ、この京を脅かす者には変わらぬのだ。」
「う、うん……」
清栄は有無を言わさぬ勢いにて、半兵衛に迫る。
半兵衛も、渋々頷く。
が、実を言えば半兵衛にも軍に加わるように帝が命じたなどと嘘であった。
時はこの、以人王の処断を決める清栄と帝の話合の場に遡る。
「我が高祖父……かつての百鬼夜行の時の帝であるが。聡明なる時の帝は、妖喰いは妖を使わぬ人のみの戦においても強き力を持つことを知っていた。」
「おお……なるほど! さすがは時の帝!」
清栄は帝の言葉に喜びを露にすると共に。
内心ほくそ笑む。
ますます、半兵衛の妖喰いの力を――
しかし。
「であるからして! ……時の帝は、妖喰いが妖を交えぬ争いに使われることを忌み嫌われた! そして禁じられたのだ……妖喰いが、純然たる人同士の争いにおいて振るわれることをな!」
「……! な、何と……」
清栄は帝のこの言葉に、驚く。
まさか、妖喰いが人同士の争いにおいては禁じられているとは。
「……清栄。半兵衛にはそのように伝えて欲しい。努努、妖より他のことには手出しせぬようにと!」
「……は、ははあ!」
清栄は肩を落としつつ帝の言葉に応じる。
そう、帝の命としてはむしろ。
半兵衛を戦に関わらせるな、ということだったのだ。
「(申し訳ございませぬ帝……しかし、これも我ら静氏一門の――ひいては、都のためなのでございます。)」
清栄は申し訳なく思いつつも、嘘を伝えたのである。
折角、静氏一門に楯突く者らを成敗できる力を得たと思えば。
まさか、人に向けることが出来ぬなどと。
これでは、あちらが妖でも使って来ぬ限りは妖喰いを使えず終い。
清栄はそれを煩わしく思い、半兵衛を嘘ででも抱き込まんとしていた。
「……さあ皆も! 逆賊を討つぞ!」
「ははあ!」
清栄は半兵衛より目を移し。
従者らに働きかける。
しかし、その従者らの中には。
「兼網よ……そなたも頼むぞ!」
「はっ、清栄様!」
頼益の次男坊たる、泉兼網もいたのである。
◆◇
「そなたと頼益を始めとする頼益方の関与は、未だ露見してはおらぬということか……」
「はっ、間違いないかと。」
再び、以人王の屋敷にて。
仲網の話に、彼は一筋の光明を見出しつつあった。
「……よし。」
以人王は頭を冷やす。
ならばその流れに、乗らぬ手はあるまい。
「……仲網。今より文をしたためる。これを頼益に渡せ。」
「! ……はっ、以人王様。」
以人王は文机に向かい始める。
「(影の中宮一派よ……くれぐれも、初めの手筈通りにせよ!)」
◆◇
「ふふふ……なるほど、露見いたしましたか……」
「笑っておる場合か! ……もはや、そなたらだけが頼りじゃ、頼む!」
以人王からの文に笑う影の中宮に、仲網は頼み込む。
大内裏の一室にて。
仲網は影の中宮に、以人王からの文を渡し計略の仔細を伝えていた。
「初めに求められし通り、妖をお膳立てしますことに加え……おや? 私たちにあの妖喰い使いを捕らえよと?」
影の中宮は文を読みつつ、首を傾げる。
「ああ、此度の戦にて! 以人王様は妖と、あの妖喰いを欲しておられた! ……そのことは、そなたらも知っていたであろう?」
「ええ……しかし。これは何も私たちでなくともできるのでは?」
影の中宮は御簾越しに、更に狐面越しに。
問いを仲網へと投げかける。
その顔色はまったく窺い知れはしないが。
声の調子より分かるのは、さぞかしゆとりを湛えた笑みなのだろうということ。
「それは……すまぬ、少しばかり頼り過ぎとも知っておるが……奴は妖喰い使い! その力の程が分からぬ以上我らには少々荷が……」
「……ほほほ、ご安心くださいませ。左様に懇切丁寧に頼まれなくとも、私たちは務めを果たしますわ。」
「くっ……ああ、かたじけない。」
自らの言葉を受けての影の中宮の言葉に。
仲網は、やや呆れる。
初めより、自らを転がすつもりであったのか。
今、そんなゆとりはないだろうと。
「ええ……では、我らも参ります! 仲網殿も……何卒お気をつけて。」
「……ああ。」
影の中宮の見送りの言葉に、軽く言葉を返し。
仲網はそのまま、部屋を出て行く。
「……薬売り。」
「……はっ、影の中宮様や。」
影の中宮が呼びかけるや、その斜め右後ろに泡麿が現れる。
「……毒を、用立てなさい。」
「……はは、お易い御用や。」
泡麿は快諾する。
◆◇
「よし、行くぞ!」
「ははあ!」
再び、静氏の屋敷にて。
検非違使別当・静刻忠は兵と、半兵衛を率い。
三条にある、以人王の屋敷へと向かう。
「すまねえな、同行させてもらうなんて。」
半兵衛は刻忠に、礼を言う。
「よい……他ならぬ清栄様のご命なれば! しかし……よいか、くれぐれも邪魔立ては」
「!? こ、これは」
「これ、聞かぬか!」
刻忠に咎められつつも。
半兵衛はふと、後ろより気配を感じ。
紫丸の柄に、手をかける。
そして。
「下がれ!」
「な、何い! 私に命じるなど」
「えい!」
「ぐっ……! な!」
刻忠の前に守りに入り、迫る者を一刀の元斬り捨てる。
たちまち、斬られた妖は血肉となり紫丸に喰われる。
「あ、妖!」
「ああ……ま、雑魚だったみてえだから……ん?」
しかし、刻忠らに半兵衛が話をしようとした矢先。
何やら妖が消えた後に、紙がひらり。
「……これは……!?」
「? な、何じゃ?」
半兵衛は紙を広げて見る。
しかし、その中身に驚く。
そして。
「……すまねえ、刻忠さん! お先に以人王さんの所へ行っててや!」
「な……半兵衛! 左様な勝手は」
「じゃあな!」
「こ、これえ!」
刻忠らをその場に残し。
半兵衛は、一人馬を走らせどこかへ急ぐ。
◆◇
「以人王……我ら静氏に楯突くとは。……まったく、影の中宮だけでも厄介だと言うに!」
大内裏の後宮にて。
聴子は部屋に一人、苛立ち混じりに動き回っていた。
以人王の話は、聴子にも伝わっており。
聴子は今、大いに腹が立っていたのである。
皇子は今、氏式部に任せてある。
「まったく……ん!?」
と、その時である。
「中宮様……お初にお目にかかります。」
「!? そ、そなたは……」
聴子は、我が目を疑う。
くぐもった声が庭より響いていたので見れば。
庭には、狐面と鎧をつけ刀を構えた女が。
「……影の中宮、と申せば分かりますでしょう?」
「な!?」
聴子は腰を抜かす。
夢などではなく、現に目の前には噂にのみ聞いていた影の中宮の姿が。