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京都の王〜THE KING OF THE CAPITAL〜  作者: 宇井九衛門之丞
第5章 宵闇(禁断の妖喰い・京都攻防編)
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#61 激突〜ALL EATERS FIGHT EACH OTHER〜

「……それは、誠か?」

「はっ、確かなことかと!」

「うむ、頼暁め……自ら攻め込んで来るならば手間が省けたものを! 恐れをなして弟たちに当たらせる腹づもりか!」


 兼衡からの言葉に、義永は歯ぎしりする。


 今しがたもたらされた報せは、無論義角・範依の軍が鎌倉を発ちしとのものである。


 頼暁が直々にではなく、彼らを送り込むとのことは義永にとりますます快いことではなかった。


 更に。


「噂によれば、件の九郎――義角と言いしか。彼奴は妖喰いを持っていると聞く! 化け物娘までも従えているともな。」

「はっ! ますます油断のならぬ奴でございます。」


 義永は、はらわたの煮え繰り返る思いである。

 ようやく京に足場を築き上げたというのに、この有様かと。


「かくなる上は……法皇を担ぎ上げ、北陸に下向するより他あるまい」

「そのことですが殿! その恐れはないかと。鎌倉――ひいては関東では、飢饉のため兵をろくに出せぬとの噂もございます。」

「何!? 誠か!」


 が、義永はその言葉に光明を見出す。

 ならば、義角や範依が来るとてその兵はさして多勢ではないということになる。


「それならばかくなる上は……この都にて彼奴らを迎え討たねば! しかし、兵は多勢ではなかろうとも妖喰いを振るいその力を補う恐れもあろう……ならば!」


 義永は素早く頭を回す。

 ならば奴らを迎え討つため、すべきことは――


 ◆◇


「お、俺たちがあんたの軍に!?」

「当たり前であろう? 我は院より頼暁追討を承りし征東将軍! その命が聞けぬというのか?」


 半兵衛の屋敷では。

 直々に尋ねて来た義永に、半兵衛は驚きを隠せない。


「ああ、苦しゅうないぞ妖喰い共……そなたらは黙って私に従えばよい! この征東将軍に!」

「……恐れながら、木曽殿。それはできかねるかと。」

「! 頼常さん……」

「何? 水上殿……」


 しかし、そこで声を上げたは頼常である。


「征東将軍に逆らおうと申すか?」

「逆らうではなく、差し出がましくも諌めさせていただきたく。……我ら、ひいては妖喰いを坂東の妖喰い使いらに振るえば。彼奴らにも妖喰いを使う大義名分を与えかねぬこと否めず。」

「くっ……」


 義永は頼常に噛み付くが。

 頼常からのその言葉には、口を噤む。


 そう、確かに。

 妖喰いは妖や同じ妖喰いでなければ振るってはならぬとは、かねてより出されていた決まりである。


 帝が受け継いで来たそれを、それこそ法皇より直々に任ぜられた征東将軍義永が破ることはできない。


 故に、こちらが妖喰いを使えばあちらも妖喰いを使うという恐れは尤もなのである。


「我らは妖より京を守る身、故に妖共が襲いし時にはこの身賭してでも……しかし。ただの人と人との争いに、妖喰いを振るうこと能わず。お引き取り願いたい。」

「……ああ、それは失礼した!」


 頼常の毅然な言葉に、義永は返す言葉なく立ち去る。


「兄者、よく言ってくれた! 義永も恥をかきし思いであろうな。」

「たわけ! まだ木曽殿は表にいようぞ、口を慎め!」

「あ……す、すまぬ!」


 勇んで兄を褒め称える実庵であるが、兄から諌められてしまう。


「だけどよお、あれでうまく諦めてくれるかねえ?」

「さあ、私には……」


 半兵衛はしかし、言い知れぬ恐れを覚えていた。

 これは、嵐の前の静けさではないかと――


 ◆◇


「おのれ……くっ! 妖喰いさえ我らの力にできれば」

「できれば……全て丸く収まりますか?」

「!? だ、誰か!」


 そのまま内裏に戻った義永は、怒り混じりに座り込むが。

 そこへ、御簾の向こうより声がする。


 それは無論、あの影の中宮であるが。

 義永には知る由もない。


「ええ、京の妖喰い使いと鎌倉からの妖喰い使い……どちらもぶつかり合い潰し合えば、場合によってはあなた方侍が戦わずとも大勢を決してくれるやもしれませぬね。」

「ああ……その通り! だのに……」


 義永は影の中宮の言葉に、歯軋りする。

 妖喰いを戦に使えぬこのもどかしさ、いかがしたものかと。


「ほほほ! ……では木曽殿。一つ進言が。」

「! 何、か?」


 義永はしかし、影の中宮のこの言葉に何やらただならぬものを覚える。


 もしやこの女、何か策を授けてくれるのではと。


「……あなた自ら妖喰いを使える、と申せば信じていただけますか?」

「な!? そなた……謀っては、あるいは戯れてはおるまいな? 私を愚弄しようなどとは」


 義永は大層驚く。

 何があるかと思えば、まったく思いもよらぬことであった。


「ほほほ、嘘など申しませぬとも! そうですわね……これを見れば信じていただけますか?」

「!? それは……!」


 しかし影の中宮は、御簾越しに手を翳す。

 するとその手には、なんと暗い紫の炎の如きものが現れたかと思えば。


 それは瞬く間に、刀の形を成す。

 紛れもなく、それは妖喰いに他ならない。


「さあ、いかがでしょうか?」

「う、うむ……戯言ではあるまい、そなたを疑いしこと申し訳ない。」

「ほほほ、信じてくださいますか……では、いかがでしょう。この力を手にされるか、否か。」

「……うむ、いかがいたそうか……」


 義永は御簾越しに、影の中宮が持つ殺気の刃を見る。

 それは妖しく鈍く光り、只ならぬ様を彼に感じさせるものであった。


 しかし首を縦に振ることは躊躇われた。

 分かるのである、何やらこれは人を受け付けぬものであると――


 ◇◆


「やあやあ、我こそは泉六郎範依なり!」

「くっ……義永様のおっしゃった通りであったか!」


 そうして、日が経ち。

 範依が率いる軍勢は、近江国・瀬田へと至っていた。


 ――鎌倉――ひいては関東では、飢饉のため兵をろくに出せぬとの噂もございます。


 義永方で掴んでいたこの報せが嘘であり、義角・範依の軍勢が多勢であると分かったのはこの前日のことであったが時すでに遅し。


 義永も兼衡に軍を任せて瀬田に向かわせていたが、瀬田は北陸へと続く道の出入り口でもあり。


 いざとなれば京より北陸に下向しようとしていた義永方は、退路を断たれた形となってしまった。


 ◆◇


「やあやあ我こそは、泉九郎義角なり! 兄頼暁の――泉氏が総大将の命により参った。」

「木曽義永、出会ええ! 我らが兄を差し置き、法皇様より征東将軍の位を賜わるなどと不届千万である! 許し難し!」


 義角軍勢は、京は宇治へと至り。


 義永の軍勢に、高らかに名乗りを上げる。


「出て来ぬな……ならば!」

「成敗! 逆賊を許すな!」

「応!!」


 義永は出て来ず、義角たちは軍勢を前へ出させる。


「おのれ! 飢饉で多くは出せぬと予め聞いていたというのに何という多勢か! 頼暁め……謀ったな!」


 京を守る軍勢の後ろより義永は、義角らの軍勢の多さに歯軋りする。


 これは頼暁が、自らを京より出さぬために一計を案じたなと。


「と、殿!」

「ふん! だがよい……ならば! こちらも謀られれば謀り返すのみよ……さあ!」


 家臣は大いに揺らぎつつも義永は、何故かすぐに落ち着き払う。


 それは、無論――


「さあ義角……これを食ろうてみよ!」

「!? ぐ……ぐああ!!」

「な……これは!?」

「な、何と!?」

「し、庶那!」

「義角様!」


 にわかに義角の軍勢より飛び出した、伸ばされし暗い紫の刃。

 無論それは、影の中宮より貸し出された妖喰いである。


 それが何故、義角の側にあるのかと言えば。


「と、殿これは!?」

「ああ、何という奴らか……皆! 義角の軍勢は、我らに妖喰いの力を向けたに違いないぞ! これは……ただちに、妖喰い使いたちを呼べえ! 我らも妖喰いを使うのじゃ!」

「は、ははあ!」


 今義永が自ら叫んだ通り、妖喰いたちをぶつかり合わせる策のためである。


 ◆◇


「何!? お、俺たちも妖喰いを?」

「ああ、義角の軍勢は人との戦にて禁じられし妖喰いの力を使った! ならば報いを受けさせねばならぬ、そなたらの力によりてな!」

「く……」

「あ、兄者!」

「半兵衛様……」


 半兵衛の屋敷では。


 使者より伝えられたこの報せに、半兵衛・頼常・実庵・弘人は歯軋りする。


 よもや、妖喰いの力をここで使わねばならないとは。


「……行こうぜ、皆!」

「半兵衛殿、しかし!」

「ああ、止むを得ぬな実庵!」

「そ、そんな!」

「……はい。」


 半兵衛らも、既に退路を断たれた有様であった。


 ◆◇


「くっ、義永め! 妖喰いを義角様が使ったなどと言いがかりを!」

「笹木殿、それはそれじゃ! 今はこの宇治川にて、一番駆りの栄誉を得ねばな!」

「く……分かっておるわ樫原殿!」


 再び、宇治川では。


 矢の雨が降り注ぐ中、義角方の笹木高縄(ささきたかなわ)樫原景末(かしわらかげすえ)の二人が先陣を争い川へと乗る馬を進めていた。


 今は高縄が、景末に遅れを取っている有様である。


「樫原殿! 腹帯が緩んでおるぞ!」

「何?」

「隙ありじゃ、先はいただくぞ!」

「な……笹木殿!」


 が、高縄は景末を尻目に先陣を奪う。

 しかし。


「!? あれは」

「すまねえな……あんたらに恨みはねえが!」

「くっ……ぐああ!!」


 宇治川の岸より、青・緑・白の殺気の矛先が伸ばされ乗り入れていた義角方の兵らを襲う。


「早風の法! ……ywxobu、ywxobu。uxai sikxon ixe!」

「庶那、私も!」

「拙僧も!」

「くっ!!」

「これは……泉九郎殿か!」


 が、義角方からも。

 蝦夷の神々に大日の法、さらに青・黄の殺気の矛先が義永方に向けられた。


「ああ、何の因果か富士川の戦いと同じく相見えたな! 元は静氏方、今は義永方の妖喰い使いらよ!」


 義角は未だ、宇治川の岸におり。

 向こう岸にいるであろう妖喰い使いたちを、睨む。


 ◆◇


「ほほほ……これで妖喰い使いたちを潰し合わせられますわね、父上!」


 この有様を遠くより見つめて影の中宮は、高らかに笑う。


 かくして、宇治川にて。

 妖喰いが相争う戦いが、今始まったのであった――

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