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京都の王〜THE KING OF THE CAPITAL〜  作者: 宇井九衛門之丞
第1章 令旨(以人王編)
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#6 令旨〜THE COMMAND OF ANTI-SEISI WARRIORS〜

「うむ……先日はよくぞ、我が中宮を守ってくれた!」

「あ、いやそんな……」


 頭を下げて礼を言う帝に、さしもの半兵衛も恐縮している。


 どこかより、京の都にやって来た半兵衛は。

 なけなしの銭を叩いて曰くつきの刀・紫丸を刀屋のオヤジより買う。


 しかし、そのすぐ後に中宮・聴子が妖である鬼に襲われかけている所に出くわし。


 そのまま、かつて見た夢に導かれるがままに曰くつきの刀――妖喰いというらしい――紫丸を振るい鬼を喰らう。


 が、そのすぐ後に腹が減っていたことを思い出し。

 倒れた。


 そうして、聴子を案じてやって来た父・清栄の計らいにより静氏の屋敷へ担ぎ込まれ、もてなしを受けた。


 そうして次の日には、清栄は半兵衛を帝に目通ししたいという。


 しかし、その矢先。

 もてなしを受けた日の夜、半兵衛は来た日に市場で揉めた静氏一門の従者の一人・金助に襲われる。


 終いには謎の札の力により、鬼に変じた金助を半兵衛は紫丸にて喰らった。


 そうして、帝への謁見を迎え。


 楽士らの謠による歓待を受けるが、その楽士の一人の名が弘人――半兵衛がよく見る夢に出て来る、妖喰い使い――の名を持っていることを知り驚いていた。


 更に、これまた夢の中に出て来る水上兄弟が誠におり。


 また、夢の中にて半兵衛が"中宮"と呼んでいた者と同じ声の光の中宮なる者もいることを知り。


 未だ同じく夢に出ていた夏という娘が誠にいるかは分からぬものの。


 半兵衛は、自らが正夢を見ていたと知るのであった。

 しかし、その謁見の最中だった。


 金助と同じく、半兵衛と市場にて揉めた静氏方の従者・白吉が現れ。


 これまた金助と同じく、おかしな札の力により妖に変じたのである。


「申し訳ございませぬ! 我が従者が、まさかあのような力を」

「いや、清栄! そなたのせいでは。」


 清栄は謝り、帝に庇われる。


「しかし……」

「よいのだ、清栄よ。……これにて、半兵衛に京の守護を任せてもよいことが明らかになった上に、先ほども言いし通り中宮も守られたのだからな!」

「……はっ、その通りにございます! ……半兵衛殿よ、我が娘をよくぞ!」

「あ、ああ……そりゃどうも。」


 半兵衛は、帝からも清栄からも言われ慣れない礼を言われ恥ずかしげに顔を赤らめる。


「そして……そなたらが、水上の兄弟らか!」

「……はっ!!」


 帝は、半兵衛の後ろにいる者たちに目をやる。

 彼らは、揃い頭を下げる。


「我が名は、尾張守水上太郎頼常(よりとこ)と申します!」

「同じく、弟の水上次郎実庵(さねいお)! 帝と我が主君・静清栄の命にて参上いたしました!」

「うむ……苦しゅうない、頭を上げよ。」

「はっ!」


 兄弟は、頭を上げる。

 半兵衛が、初めて帝に謁見した時とは雲泥の差である。


「そして……我が内裏に仕えし楽士・氏原弘人!」

「はっ!」


 そして面をつけた楽士・弘人も面越しに、力強く答える。


 彼らは、先にも述べた通り。

 半兵衛が繰り返し見ていた夢に出て来る者たちと、同じ名を持つ者たちである。


「改めて……今日はよくぞ集まってくれた! 用向きは、既に知っていると思うが……そなたらは、これまで妖喰いについて何か聞きしことはないか!」

「……恐れながら、帝。」

「……申し訳、ございませぬ!」

「……申し訳ございません。」

「……そうか。」


 しかし、帝の問いかけには。

 水上兄弟・弘人は皆、顔を曇らせる。


「私、氏原弘人は。妖喰いより前に、そもそも武の心得など持つはずもなき楽士でございます。とても、帝のお望みにお応えできるなどと……」

「うむ……なるほど。」


 弘人がまず、答える。

 帝もその言葉には、仕方ないという顔をする。


「帝。我らも」

「いや……待て兄者!」

「……!? な、何をするか実庵! 私が今帝にお話し申し上げているという時に!」


 しかし、続けて返さんとした頼常は。

 その自らの言葉を遮った弟に、顔を顰める。


「あ! す、すまぬ……だ、だが! 父上が言っていたではないか? 妖喰いについて。」

「まったくお前は……何!?」


 が、弟の言葉に。

 頼常は、驚く。


「ほう、やはり聞きしことがあるのか?」


 帝にとりても、これは驚きであったらしく。

 身を乗り出し、水上兄弟に尋ねる。


「あ、はい! 我らが父より、昔左様な話を聞きし覚えが。……ただ、申し訳ございませぬ。私も、そこまで詳しくは……」

「……うむ、左様か……」


 実庵の言葉に、帝は少し萎れる。

 やや、拍子抜けしたと見える顔である。


「も、申し訳ございませぬ! 直ちに尾張の父へ、文をしたため聞き出します!」


 頼常は、やや大げさに頭を下げる。


「ほら、お前も!」

「え……あ、は、はい! 帝、どうか!」


 実庵も兄に促され、頭を深く下げる。


「あ、いやよいのだ……うむ、そなたらが父には伝えて欲しい。」


 帝は水上兄弟を宥め、ひらひらと手を振る。


「……俺もすまねえ、帝、清栄さん。その……人騒がせなことしちまって。」


 黙って弘人や水上兄弟の話を聞いていた半兵衛も、頭を下げる。


 正夢であったというのは、自らの早とちりだったかと。


 そもそも、弘人や水上兄弟は夢の中に同じ名の者は出て来るが。


 "夏ちゃん"なる者は、清栄らにも心当たりがないという。


 やはり、正夢ではないのかと気落ちする半兵衛であるが。


「いやいや! 半兵衛の謝ることではない。まだ、水上家が妖喰いと無縁ではないと分かりしだけでもかなり得た者は大きい。半兵衛、そなたの夢が正夢ではないとしても……"京都の王"の話は誠ではないかと、私は信じておるぞ!」

「!? あ、そうだ!」

「な、何じゃ?」


 帝は半兵衛を慰めるため放った言葉の中に気がかりなものを見つけ、半兵衛は帝に聞き返さんとする。


 それは。


「……"京都の王"、って何のことなんだ?」

「……ああ、そうであったな。」


 "京都の王"。

 それは、初めて半兵衛が帝に面通しされた日に。


 帝から初めて聞いた言葉だった。

 しかし、その時も半兵衛は帝にその言葉について問い質したものの。


 帝が詳しく話そうとした矢先に白吉が現れ、未だ聴けず終いだったのだ。


「こ、これ半兵衛殿!」

「あ……すまねえ、がっつき過ぎた……」


 見かねた清栄が窘め、半兵衛ははっとする。

 少し、迫り過ぎたか。


「いや、いいのだ清栄よ半兵衛よ! ……言わねばならぬな、『京都の王』の言伝えについて。」

「……ああ、頼む!」

「はっ、我らも!」

「はっ!」


 帝の話に、半兵衛のみならず。

 今、清涼殿にいる者全てが、居住まいを正す。


「……妖にただ一つ抗しうる、妖喰い! それを振るい京を守る王がいずれ現れるであろうという! それが……"京都の王"よ!」

「京を、守る王か……」

「おお、帝! まさに、半兵衛殿にふさわしきお話です!」


 帝のこの言葉に、半兵衛は感じ入り。

 清栄は、感嘆の声を上げる。


「では半兵衛……そなたには改めて、この都を妖より守ってもらいたい! そして……水上兄弟よ、そなたらの父君より、妖喰いについて話を聞いて欲しい!」

「……分かった、帝!」

「はっ、帝!!」


 帝は今一度、半兵衛や水上兄弟に頼む。

 彼らからは、了承の声が返る。


 ◆◇


 京を守る王、京都の王。

 その話が大内裏でなされる中。


 かつて自ら言った通り。

 王は王でも、京を脅かす王がその策を進めんとしていた。


「よくぞ参った……雪家(ゆきいえ)!」

「はっ……お呼びいただき、光栄でございます以人王様!」


 以人王である。


 以人王の屋敷にて。

 彼の目の前には、泉雪家(いずみのゆきいえ)の姿が。


 二十年余り前、貴族から侍の世になる時。

 そのきっかけとなったのが、今静氏が天下を取るきっかけとなった京での二度の大乱だったのだが。


 その静氏と泉氏の始まりのぶつかり合いの前となる、京での一度目の大乱にて。


 泉氏のかつての総大将・(いずみの)義暁(よしあけ)とその父・民義(たみよし)が争ったのであるが。


 民義の十男にして、義暁の弟がこの雪家であった。

 二度目の大乱の際には兄・義暁に与し静氏と戦ったが。


 泉氏方の敗北により、育った地である熊野に隠れ、今まで身を潜めていたのである。


「……して、以人王様。私に御用とは?」

「うむ、雪家よ! ……そこの文机にて、筆を執れ。」

「!? は、ははあ!」


 以人王は、雪家を予め支度した文机に向かわせる。


「これよりこの以人王、津々浦々の侍ら及び悪僧(僧兵)を擁する大寺社に対し! 静氏討伐の令旨(りょうじ)を発布せんと欲する!」

「り……令旨ですと!?」


 以人王のこの言葉に、雪家は大きく揺らぐ。

 令旨――


 それは元来、東宮や親王の座にある者の命を言うが。

 以人王は親王に任じられる宣旨――親王宣下を受けていない。


 ましてや、親王でなくば東宮でもない。

 ならばそれは令旨ではなく、御教書(ごきょうしょ)と称すべきである。


 雪家の揺らぎは、それより来るものであったが。


「では雪家え! これより私が申し上げること……書き留めよ!」

「は……ははあ!」


 そんな雪家の戸惑いを知ってか知らずか、以人王は更に畳み掛ける。


 もはや、有無を言わさぬ勢いであった。


「この以人王――いや、最勝親王(さいしょうしんのう)の名において命ずる! 我らが共に討たねばならぬ仇である……静氏一門を武でもって罰せよ!」


 以人王は高らかに言う。

 雪家は、それを一語たりとも書き漏らすまいとばかり紙に書きつける。


「皆よ……これは謀反ではない! 静氏などと、所詮は天下の簒奪者……左様な不届者より、賊軍より天下を奪い返すための正しき戦いである! ……そう、今天下を治めし静氏は賊軍、奴らを降さんとする我らこそ官軍である!」


 以人王は、今一度深く息を吸う。


「……今こそ立ち上がれ! 積年の恨みを共に晴らすべく、武でもって蜂起せよ!」

「……以人王様。」


 雪家は、その彼の言葉を書き留め終える。


「……雪家よ。この令旨を携え、津々浦々の静氏へ叛意を持つであろう者たちに挙兵を促しに行け!」

「……はっ! この雪家、その任しかと。」


 雪家は跪き、以人王へ言葉を返す。


 それより、雪家は山伏(修行僧)に扮し。

 諸国を駆け巡る。


 ◆◇


「こ、これは……!」


 伊豆の、泉頼暁(いずみのよりあけ)

 雪家の甥であり、今の泉氏方総大将となる男である。


 ◆◇


「これは……なるほど、いつかは来るものと思っていたが……ついに来たか!」


 奥州の、泉義角(いずみのよしつの)

 先の泉氏が総大将・泉義暁が九男坊である。


庶那(しょな)、何だそれは?」


 義角をその幼名たる庶那王(しょなおう)――庶那の名で呼ぶは、彼の幼馴染みである。


「ああ……夏加(なつか)! どうやら、都からだ。……天下の静氏一門に、兵を挙げろとさ。」

「!? な!」


 四葉夏加(よつはなつか)――夏加と呼ばれたその幼馴染みは、義角の言葉に驚く。


 ◆◇


「これは……なるほど、戦か!」

「どうされたのですか、殿?」


 木曽の、泉義永(いずみのよしなが)――木曽義永の下にも令旨は届いていた。


 彼の妾たる、巴御前(ともごぜん)は傍らより尋ねる。


「おお、(とも)! さあ……戦の支度じゃ! 今こそ静氏一門を、潰しに行くぞ!」

「え……は、はい!」


 義永の言葉に、巴御前も目を丸くしつつ立ち上がる。


 ◆◇


 が、皐月(五月)のことであった。


「き、清栄様!」

「うむ……熊野別当(くまのべっとう)湛曽(たんぞ)。 何かあったか?」


 清栄の下に、熊野の重役を務める男・湛曽が尋ねて来る。


 かねてから、清栄に与している男である。


「はっ……この湛曽、お耳に入れたきことがあり参りました!」

「……ほう?」


 清栄は湛曽の言葉に、眉根を寄せる。

 しかし。


「……法皇様の皇子・以人王に、御謀反の動きが!」

「……何!?」


 湛曽のこの言葉は、清栄を驚かせるものであった。

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