#5 予知〜THE WARNING OF THE FUTURE〜
「あ、あんた……ヒロトっていうのか!?」
「あ、はい……ええと……」
「あ、すまねえ……」
大内裏にて。
半兵衛は、弘人と呼ばれた楽士に詰め寄る。
どこかより、京の都にやって来た半兵衛は。
なけなしの銭を叩いて曰くつきの刀・紫丸を刀屋のオヤジより買う。
しかし、そのすぐ後に中宮・聴子が妖である鬼に襲われかけている所に出くわし。
そのまま、かつて見た夢に導かれるがままに曰くつきの刀――妖喰いというらしい――紫丸を振るい鬼を喰らう。
が、そのすぐ後に腹が減っていたことを思い出し。
倒れた。
そうして、聴子を案じてやって来た父・清栄の計らいにより静氏の屋敷へ担ぎ込まれ、もてなしを受けた。
そうして次の日には、清栄は半兵衛を帝に目通ししたいという。
しかし、その矢先。
もてなしを受けた日の夜、半兵衛は来た日に市場で揉めた静氏一門の従者の一人・金助に襲われる。
終いには謎の札の力により、鬼に変じた金助を半兵衛は紫丸にて喰らった。
そうして、帝への謁見を迎え。
楽士らの謠による歓待を受けるが、その楽士の一人の名が弘人――半兵衛がよく見る夢に出て来る、妖喰い使い――の名を持っていることを知り驚いていた。
「えっと……すまねえ、その面を取ってくれねえか?」
「!?」
「うわっ!」
しかし、弘人は。
半兵衛のこの言葉には、激しく身を捩り顔を背ける。
「え、えっと……?」
「す、すみませぬ! こ、この者は……弘人は」
楽士仲間の一人が、割って入る。
「弘人は……かつて、大きな火傷を顔に負いまして」
「ああ……なるほどな。」
半兵衛はそこまで聞き、立ち止まる。
「そいつはすまねえ……知らなくて。」
「いえ……よいのです。」
氏原弘人。
かつて栄華を誇った氏原氏の出であるが、今はこうして楽士として身を立てているという。
「しかし半兵衛殿よ、にわかにどうしたのだ?」
清栄が訝り、尋ねる。
「あ、ああそれは」
半兵衛はその問いに、答えんとするが。
次に聞きたいことを思いつき、それをそのまま口にする。
「なあ、水上兄弟ってのは都にいねえか?」
「おお、にわかにどうした! ……ああ、確かに我が方の侍に、尾張守水上氏の兄弟がいたが。」
「!? じ、じゃあ……」
自らの問いには答えず新たな問いを返して来た半兵衛に、清栄は戸惑いつつも答える。
半兵衛の問いは、更に続く。
「な、夏って娘っ子はいねえか?」
「夏……? ……誰じゃ、それは?」
「……すまねえ、それはご存じなかったかい。」
しかし、この問いには清栄も首を傾げる。
夏という娘は、清栄も知らぬようである。
だが、これで一つ分かったことが。
昨夜の光の中宮の一件と、そして夢に出て来たヒロト、水上兄弟と同じ名前を持つ者たち。
これらは尽く、夢が現になったようである。
つまり。
「俺はずっと……正夢を見ていたのか!」
半兵衛は叫ぶ。
「な、何? ま、正夢だと?」
半兵衛に省みられずただただ問われる有様が続いたためか。
騒めく清涼殿を引き締めることも忘れ、清栄は首を傾げる。
「ああ! 清栄さん。……俺は見たんだよ夢で、水上兄弟とヒロト、そしてどこにいるかは知らんが"夏ちゃん"っていう娘っ子が共に妖喰いを携えて妖と戦ってる夢をよ!」
「な、なるほど……正夢か……」
清栄は今一つ分からぬながらも、半兵衛の言葉にひとまず頷く。
「……しかし確かにその夢、正夢でなくもないやも知れぬぞ?」
「えっ!」
「み、帝!」
帝がにわかに、言う。
「百鬼夜行の後に作られし妖喰いは、一つのみではないと聞く。現に……この大内裏に、秘蔵のものもあるからな。」
「なっ!」
帝の続けての言葉は、静氏一門を更に驚かせ。
半兵衛も、驚かせる。
「ならば、帝……」
「うむ。……半兵衛の言葉を私は信じよう。太政大臣よ、水上の兄弟とやらは何処に?」
清栄の問いに、帝は答え。
水上兄弟とも、早く会いたいと急き始める。
「はっ、帝! 兄弟は只今、この京を守る侍らの中にて務めを果たしております!」
「うむ。ならば……できるならば、ここへ連れて参って欲しい!」
「はっ! ……おい、直ちに水上の屋敷へ使いを!」
「は、ははあ!」
帝の、聞きようによっては無茶が過ぎるこの願いも。
清栄は快く承り、従者を促す。
従者は、大内裏の外へと飛ぶように走り去る。
「すまねえ、帝。」
相変わらず、帝にも粗野な言葉遣いをする半兵衛だが。
「いや何、気にするでない! 私も嬉しいのだ……『京都の王』の言伝えが誠になると思えばな!」
「!? な、『京都の王』!?」
帝のその言葉には、半兵衛や皆がまたも驚く。
京都の、王?
「な、何なんだそれは?」
「うむ、それは」
と、その刹那だった。
「左様な者に……いつまで肩入れされるのか! 清栄様!」
「! そ、そなたは……」
にわかに、庭より響いた声に清栄は驚く。
そこには、彼の従者たる白吉の姿が。
「何じゃ! 今は大事な帝との謁見の場であるぞ、それを」
「申し訳ございませぬ……しかし、お許しください!」
清栄の咎めも聞かず。
白吉はひたすら、話を続ける。
「私は……友を殺されました! ……我が恨み、我が恨みを晴らす!」
「!? あ、あれは……」
白吉が、右手を高らかに上げる。
白吉が持つものを見た半兵衛は、叫ぶ。
それは、札。
光の中宮が言っていた、金助を操っていた札である。
しかし、半兵衛が動き出す前に。
「くっ……ぐああ! こ、これが……金助の味わいし力かあ!」
「……くっ!」
札より妖気が滾り。
たちまち白吉はその言葉を唱えると共に、身体は膨れ上がり。
爛れた肉の塊となる。
やがてそれは、形を変え。
「……がああ!」
「くっ! ……遅かったか!」
半兵衛は清栄らの前に、紫丸を抜き守りに入る。
それは、昨夜の金助が変じた鬼と――ひいては、半兵衛が都に来てすぐに葬った鬼と同じ形であった。
◆◇
「あ、妖!」
「ひ、人が妖になったというのか!」
静氏一門や、帝、法皇。
清涼殿に今いる者たちは、この有様に驚く。
「は、半兵衛殿。やはり、そなたの」
「ああ……だがそんなのはいい! 帝も、清栄さんも! 皆早く逃げてくれ!」
清栄の言葉を半兵衛は遮り。
皆に逃げるよう、促す。
「帝、お逃げください!」
「法皇様もお早く!」
静氏一門も、半兵衛の呼びかけにはたと気がつき。
急ぎ帝や法皇より、連れ出さんとする。
「は、早く我らも!」
「は、はい!」
楽士らも、逃げ出さんとする。
「……精々、お手並を拝見させてもらうぞ。一国半兵衛とやら。」
「……へ!?」
半兵衛は、にわかに何やら聴こえて来た言葉に驚き振り返る。
「ど、どうしたのだ、半兵衛殿?」
「いや、清栄さん……何か言ったか?」
「……何?」
半兵衛に問われ、清栄は訝る。
どうやら、清栄ではないようである。
「……いや、すまん何でもない。」
「う、うむ。」
「じゃ……ちょっくら飯喰いに行って来るわ!」
「お、おう! 頼むぞ!」
半兵衛は清栄の前より立ち去る。
今にも暴れ出さんとしている、白吉の変じた鬼を葬るため。
「さ、さあ清栄様もお早く!」
「う、うむ!」
清栄も従者に促され、その場より立ち去る。
◆◇
「何事か?」
聴子は訝しみ、襖を開け外に出る。
清涼殿と同じく、大内裏の中。
后らの居所たる、後宮にて。
何やら、清涼殿の方が騒がしい。
「ち、中宮様!」
「! 氏式部、これは何が?」
そこへ氏式部がやって来る。
「一大事でございます! ……清涼殿の方に、妖が出たとのこと。」
「……何!?」
聴子は我が耳を疑う。
妖が、大内裏の中に?
「何があったのだ?」
「く、詳しくは私にも……ひとまずはお逃げくださいと。さあ、お早く!」
氏式部は有無を言わせぬ有様で、聴子を促す。
「う、うむ……分かった。」
「ははうえ〜!」
「皇子! 皇子もお早く!」
部屋の中にて戯れていた皇子も、氏式部は促す。
しかし、聴子は。
「氏式部。あの、半兵衛とやらも清涼殿に?」
「はい? ええ、今は半兵衛殿が事に当たられていますわ。」
「……そうか。」
聴子は氏式部に尋ね、返って来た答えを噛み締める。
半兵衛が、今事に――
「……氏式部。」
「はい?」
皇子を抱きかかえ、逃げの支度をしている氏式部に。
聴子は、声をかける。
「……すまぬ、皇子を頼む!」
「え……ち、中宮様!」
「ははうえ!」
氏式部の話を聞かず、聴子は駆け出す。
半兵衛――ゆくゆくは、あの影の中宮を討ってもらわねばならぬ者。
奴が誠に、それにふさわしい者か見届けてやらねば。
聴子は、その一心で走る。
◆◇
「ぐああ!」
「くっ! この!」
再び、清涼殿にて。
半兵衛は鬼を相手に、四苦八苦する。
清栄には、先ほどのように言ったものの。
やはり、元が人ということには未だ戸惑い、迷う。
金助の時も、此度も。
元はといえば、あの札を彼らが掲げた時にそれぞれ斬ってしまえばよかったという後ろめたさもあり、半兵衛は殊更に迷っている。
斬って、よいものか――
が、そこへ。
――一国、半兵衛よ。
「!? あ、あんたは……光の、中宮さんか!」
――……うむ、いかにも。
光の中宮の声が、半兵衛の頭の中に響き渡る。
金助の時と、同じである。
――半兵衛。その妖は
「ああ……あんたが言ってくれた通り! 札を狙えばいいんだよな?」
――……うむ。その通りである。
光の中宮の言わんとしていることを、半兵衛は言い当てる。
「そうしてえのも、山々なんだがな……っと!」
「ぐああ! がああ!」
半兵衛が迷う間にも。
鬼は迷いなく、右の拳を振りかぶり。
それが半兵衛に躱されれば、次には左の拳を振り下ろす。
「くっ……俺の腹が決まらねえばっかりに!」
半兵衛は躱しつつ、攻めあぐぬく。
やがて。
「ぐうう……があああ!」
「……! くっ、腕が!」
半兵衛は鬼を見て驚く。
鬼の腕は、六つに分かれていた。
◆◇
「どや? 以人王様や!」
泡麿は、以人王に尋ねる。
大内裏の、清涼殿の上にて。
今鬼を操っているのは、この泡麿である。
「ああ……鬼はともかく。あの妖喰いが思いの外、力を出さぬなあ。」
以人王は半兵衛を見て、眉をひそめる。
この前、中宮を守った際の勢いはどこへやら。
彼は半兵衛に、やや拍子抜けしていた。
「おやおや……このままじゃ、殺ってまうやも知れんやで?」
泡麿は、以人王に笑いかける。
「ふん、よい。……これしきのことでくたばるならば、所詮静氏打倒にも役立つまいからな。」
「ほう?」
以人王は、至って冷ややかに返す。
◆◇
「くっ! ……札は、そこか!」
「がああ! ごああ! ぐああ!」
「くっ、くっ! くそっ!」
半兵衛は、鬼の六つの拳が続け様に繰り出される中死物狂いでそれらを受け止め続ける。
このままでは――
「情けないな……そなたの力は、左様なものか!」
「!? ち、中宮様!」
しかし。
にわかに声がして、半兵衛がその方を見れば。
何とそこには、中宮聴子が。
「そなたが私を……いや、都を守るに相応しき者か見に来てみれば……その情けなき姿は何か!」
「くっ……! いや、それは面目ねえが……早く逃げてくれ!」
聴子の怒声に耳を傾けつつも、半兵衛は逃げるよう促す。
「ふん……よかろう。……やい、妖! 私は誇り高き、中宮だ! さあ鬼よ……私を喰ろうてみよ!」
「!? ち、中宮様何を!」
しかし中宮は答えず。
むしろ、鬼を煽り両の腕を広げる。
「ぐうう……がああ!」
「ぐっ! ……くっ、中宮様よお!」
「ひ、ひいい!」
鬼はその煽りに乗り。
弾かれたが如く、半兵衛を押し除け。
六つに分かれた腕にて素早く地を駆け、聴子に迫る。
聴子も、思っていたよりも更に恐ろしいこの有様には。
先ほどの威勢はどこへやら、たちまちへたり込み怯える。
私は、ここで死ぬのか?
影の中宮でもない、こんな妖などのために?
初めて鬼に襲われた時と同じく、聴子は自らに問う。
だが。
「……ふんっ!」
「!? は、半兵衛!」
聴子の前に守りに入るは、半兵衛であった。
「まったく……おとなしそうな顔して、とんだお転婆が!」
「な……それは」
半兵衛の煽りに、聴子は言い返そうとするも言葉に詰まる。
「だが……かたじけねえ! おかげで、迷ってる暇はねえって分かったからよ!」
「! ……そうか。」
半兵衛は聴子に、振り向き様に笑みを返す。
聴子はその顔にどきりとしつつも、言葉を返す。
「がああ!」
「おっと! ……すまねえなあ、白吉さんとやら!」
「ぐがああ!」
半兵衛は、自らの刃に絡みつく鬼の六つ腕を紫丸にてはねつけ、鬼を引き剥がす。
そのまま、がら空きの胴めがけ紫丸を構え直し。
走り出す。
「重ね重ね悪いな、白吉さんよ! 自分の甘さのせいで、こんなことになっちまったんだが……せめて、あんたの始末はつけなけりゃならねえからなあ!」
半兵衛は、もはや白吉には通じぬと分かりながらも彼が変じた鬼に謝りつつ。
がら空きの胴――ひいては、そこにある札を狙う。
「……はあ!」
「があああ!」
半兵衛は、あらかじめ割り出した札の在処めがけて紫丸を振るう。
たちまちその刃は、鬼の胴諸共札を斬り裂き。
鬼は、叫びを上げる。
刹那、鬼の身体そのものが血肉と化し。
そのまま紫丸の蒼き殺気の刃を、その赤さが混じることによりその名の通り紫に染め上げる。
鬼の叫びは、やがて紫丸より聞こえる呻めきとも風ともつかぬ音に掻き消されていった。
「……終わった、か。」
聴子は未だにへたり込みつつ、声を漏らす。
「ああ……改めて、かたじけねえ!」
半兵衛は、再び聴子を振り返り礼を言う。
◆◇
「おお……中宮様までいらっしゃるとは思いの外やったけど。あの姿、まさに。」
相変わらずこの有様を清涼殿の屋根から見ていた泡麿は。
半兵衛の雄々しき姿を見て、感嘆の声を上げる。
「……"京都の王"、やな!」
「"京都の王"……か。王は王でも私は……京を脅かす王となろうな。」
同じくこの有様を泡麿と見ていた以人"王"は、自嘲の笑みを漏らす。
分かっている。
これより為さんとしていることが、京を脅かすことになると。
しかし、止められぬ。
◆◇
「ん……?」
「? どうした、中宮様。」
「……いや。」
にわかに、何やら気配を感じ。
聴子は清涼殿の上を見るが。
既に泡麿と以人王は、いなくなっていた。
◆◇
「いらっしゃいませ……以人王様。」
「ああ……待たせたな、影の中宮よ。」
その日の夜。
大内裏の、一室にて。
以人王は影の中宮との、"夜会"に興じる。
「与太話は廃する。……影の中宮よ。妖を、用立てよ。」
「まあ……それは、つまり。」
「……うむ。」
以人王は早々に本題へと入る。
影の中宮はその有様に、彼の意を悟る。
「今こそ、積年の恨みを晴さでおくべきか……これより、静氏を打ち倒すべく支度を始める!」
以人王は、高らかに唱える。