表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
京都の王〜THE KING OF THE CAPITAL〜  作者: 宇井九衛門之丞
第4章 影侍(氏原弘人編)
42/62

#42 影侍〜THE SHADOW WARRIOR OF THE EMPEROR〜

「さあ、次のお話を!」

「はいはい……少し落ち着きなさいませ。ゆくゆくは、帝となられるお方なのですから。」


 またも幼き日の帝より話をせがまれ、祖母たる建礼門院は苦笑いを浮かべている。


「これは、今より百年前のこと……あの暗い紫の妖喰いについてのお話です……」


 ◆◇


「……ふう、思えばあの時も……かような月の澄んだ夜であったな。」

「ほう? ……この世を離れられる前に、何か浸っておられるようですな……」


 大内裏の片隅にて。

 縛られたまま、何やら物思いに浸る帝に、”帝”はやや呆れている。


 富士川にて静氏・甲斐泉氏、そして頼暁らが対峙した戦の後。


 黄瀬川駅での頼暁・義角の兄弟二人の涙の再会より更に後。


 頼暁はそのまま、静氏を追撃すべく京へ攻め込まんとするが。


 上総氏や千場氏の進言により、まずは東国の平定に専念することとする。


 しかし、その間にも。

 泉氏は各地で蜂起を続けていた。


 そうして美濃に続き、山元義恒率いる近江泉氏まで蜂起するが。


 盛り返した静氏により、どうにか鎮められる。

 と、このように静氏には気の抜けぬ有様が続いていたのだが。


 そのような時に、帝より。

 法皇による再びの院政が始められることが告げられた。


 清栄はそれに対し。

 少しでも法皇の力を削がんとして、南都の寺社に焼討を行う。


 しかし、そんな中。

 にわかに静氏の屋敷に、姿は獅子に似て恙虫なる妖の群れを数多生み出せる妖・恙が現れた。


 半兵衛と遅れてやって来た水上兄弟により、からくも妖は屠られるが。


 それから間もなく清栄は、謎の熱病に罹り亡くなったのだった。


 しかし、新たに静氏が棟梁となった宗栄は。

 静氏の威容を示すべく、今墨俣川に兵を送り込んだのである。


 そうして墨俣川では、泉氏方の雪家自らしくじったこともあり戦勝を上げたのであるが。


 続けて信濃に、越後の壌を攻め込ませて見たが。

 壌鋤職は信濃の木曽義永に大敗したばかりか、離反者が多く出たことにより所領である信濃からも追い出されてしまった。


 そうして北陸の静氏の力は、大きくそがれてしまったが。

 帝がさような時に、思わぬことを口にしたのである。


 ——半兵衛ら妖喰い使いを、北陸へと送り込まんと思う。


 これには半兵衛らも、驚きを隠せなかったが。

 それでも帝の命とあらば拒むこともできず、水上兄弟らが北陸へ出兵する静氏へ同行し。


 半兵衛が、留守を守ることになっていたのだ。

 が、北陸攻めの静氏軍が都を発ったその夜。


 ”帝”は、大内裏の一室に赴き。

 こうして今、帝と相見えているのだ。


「ああ……かような時だからか、自らが最も幸せであった頃をつい懐かしんでしまうのだ。」

「ほう……生まれながらにして帝となるべくしてなられたお方の最も幸せな時とは……私のような下賤の者には、さぞや思いもよらぬほどのお幸せなのでしょうな!」


 ”帝”は、帝の言葉に。

 思わず携えていた刀を抜かずして、その鞘に収まったまま床を叩く。


 その音に帝も、思わずびくりとする。


「はあ、はあ……申し訳ございませぬ帝。……長らくお待たせいたしましたな!」

「く!? ……いよいよ、迎えの時ということか。」


 が、”帝”が次の刹那、刀を抜いた様を見て。

 帝は自らの最期を悟る。


「さあ帝……どうぞ辞世の句を、お詠みくださいませ。」

「辞世の句か……なるほど、私も腹を決めねばということであるな。」


 帝はため息を吐き、顔を上げる。

 自らが閉じ込められている部屋の、扉の隙間より。


 月明りが、差す様が見える。


「……では、あの最も幸せであった頃を思い詠もう。」


 月影の 雲の絶え間に 漏れ出づる

 夜更ける度 君をぞ思ふ


 詠みながら、帝の目には涙が浮かぶ。

 あの最も幸せであった頃。


 月明りの差す部屋にて、”京都の王”の話を聞かせてもらっていた頃のことが偲ばれるのである。

 あの方に――


「ふふふ……さあ、お気は済みましたかな?」

「うむ……さあ、ひと思いに斬るがいい。」

「ほう?」


 ”帝”は、帝の思いの外の潔さに感心する。

 ただただ甘い汁ばかりを吸ってきた、辛酸知らずかと侮っていたが。


「ふふふ……ははは! 思いの外、お肝の据わられた方だ……いいでしょう、その潔さ! わが心に、しかと焼き付けます故!」

「!? くっ!」


 ”帝”は帝を称え、そのまま刃を振り上げる。

 さらば、帝――


 と、その刹那である。


「いや……悪りいが、それは要らねえよ!」

「!? く、一国半兵衛か。」


 にわかに振り上げた刃に刃を重ねられ、”帝”が振り返れば。

 そこには、紫丸を握る半兵衛の姿が。


 いや、それのみではない。


「……はっ!」

「えい!」

「くっ! な、水上兄弟までもが!?」


 さらに、緑の殺気の矢までもが飛び。

 飛んできたほうを見れば。


 そこには、静氏の北陸攻めに同行したはずの水上兄弟までもが。


 ◆◇


「おやおや……これは何事かな? お揃いで。」

「ああ、まあ……心当たりがない訳じゃねえんだろ?」

「ほう……」


 水上兄弟の矢も身を翻して躱し、半兵衛の紫丸にも自らの刃を打ちつけて間合いを取りつつ"帝"は、周りを見渡しつつ微笑む。


「殊に、水上兄弟。あなた方は、北陸攻めに合して行ったのではなかったのですか?」


 "帝"は、水上兄弟に尋ねる。


「ああ、まあそれについてはしらばっくれた! 今は……こうしてやらねばならぬことがある故にな!」

「ほう?」


 "帝"からの問いかけに頼常が答える。


「しかし……これは誠にどういうことか? 帝が、お二人もいらっしゃるとは。」


 実庵が、尤もなことを尋ねる。

 そう今兄弟の、尚且つ半兵衛の目の前にいるは。


 縛られた帝と、それを殺さんとした"帝"である。


「ああ、そりゃあ……この"帝"は、あんただからだよなあ?」


 半兵衛は"帝"を見つつ、尋ねる。











































「氏原、弘人さんよ?」

「! え?」

「な……そ、そなたが!?」

「……ふっ。」


 半兵衛の言葉に、"帝"は笑う公家の面を取り出して被る。


 それはまさに、あの謡の楽士――氏原弘人そのものである。


 ◆◇


「ど、どういうことなのだ?」

「見ての通りさ……こいつは氏原弘人。奴は帝と、同じ顔だったんだよ。」

「!? な……」


 半兵衛の言葉に、水上兄弟は耳を、そして目を疑う。

 この者が、帝と――


「ああ、よくぞ見破ったというべきか……しかし、何故分かった?」


 "帝"――弘人は半兵衛に尋ねる。


「まあまず……清栄さんに前言われた時から思っていたんだが。帝が、俺たちに妖じゃねえ物を――人を、進んで斬れだなんておかしいってな。」

「ほう?」


 それで、帝は何者かがなりすましていると分かった訳か。


 しかし、それで"帝"が弘人という答えには辿り着けそうにないが。


 が、半兵衛は弘人のその疑義を見透かしたがごとく話を続ける。


「まあ帝が誰かに入れ替わられているんだとしたら……恐らく、いつもは顔隠してる奴が怪しいんじゃねえかって勘働きさ!」

「……なるほどな。」

「な……勘働きとは!」


 半兵衛のその言葉に、弘人はひとまず合点するが。

 水上兄弟は、拍子抜けといった顔をしている。


 さておき。


「しっかし……無念だな。あんたこそ、俺が夢で見た仲間――"ヒロト"かと思ったのによ。」


 半兵衛は珍しく暗い顔をし、弘人に向かいため息を吐く。


 一度は諦めていた夏加――夢の中の"夏ちゃん"が出て来たことにより、同じく一度は諦めていた"ヒロト"もいるかと思っていたのであるが。


 またも、淡い思いを打ち砕かれた思いである。


「ふっ、左様なことはよかろう? ……今、この時にはなあ!」


 弘人は尚も面を付けたまま、半兵衛に刃を向ける。


「そうだ、半兵衛殿! 案ずるな……その"ヒロト"殿はかような偽帝ではなく、必ずや他にいようぞ!」

「ああ……兄者の言う通りじゃ! 今は此奴を倒し、その後で新たに"ヒロト"殿を探そうぞ!」


 水上兄弟もまた構え、弘人を睨む。


「ああ……まあ二人がそう言ってくれるんなら、それも悪くはねえな!」


 半兵衛も、弘人に向けて刃を構える。


「おやおや……私とは相容れぬと申すか? それは無念であるな、そなたらとはそこまで馬が合わぬとは思わなんだが。」


 弘人はため息を吐き、半兵衛と水上兄弟を見る。


「ふん、何が馬が合うじゃ! 帝をかような目に遭わせるそなたなど!」


 実庵は、鼻をふんと鳴らしつつ弘人に啖呵を切る。


「ああ、そうだな……あの以人王さんにも言ったが、俺は妖を――この都を脅やかす者を討てって、他ならねえ帝から承ってんでね。だったらあんたとは、相容れねえだろ?」

「ああ……我らはこの京を、守る者であるが故にな!」


 半兵衛と頼常も、弘人に返す。

 が、弘人は。


「ははは! 京を守るだと? ……清栄すら守れずじまいであったそなたらに、何ができると?」

「何!?」

「なっ!」

「ま、まさか!」


 が、半兵衛と水上兄弟は。

 弘人のこの言葉に、驚く。


 ――静清栄を……そなたらは守れなかった。


 半兵衛は、清涼殿での弔いの儀で弘人が素顔を晒した時の彼の言葉を思い出し。


 ――恙虫の中に一つだけおかしな方より来たものがあったような。


 頼常は、恙と恙虫を葬った時に覚えた胸騒ぎを思い返し。


 それぞれに合点する。

 まさか――


「ああ……どうやら心当たりがあるようであるな。……恐らくはその通りじゃ! かつて静氏屋敷を襲いしあの妖の群れを囮として、そなたらがそれに気を取られている間に! 屋敷の内に密かに送り込みし妖に清栄を刺し、熱の病にして死に至らしめたのだ!」

「な、何!? ま、誠か兄者?」

「……うむ、恐らくは。」

「……くっ。」


 弘人は止めとばかりに、言い放つ。

 半兵衛も水上兄弟も、苦悶に顔を歪めている。


「誠か……清栄が、妖に!?」


 帝も、これには驚いている。

 いや、彼らのみではない。


「今のは、誠か……?」

「!? な……ち……いや、氏式部、さん……?」

「! ほう?」


 物陰より、出て来たのは。

 氏式部――を装った聴子であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ