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京都の王〜THE KING OF THE CAPITAL〜  作者: 宇井九衛門之丞
第1章 令旨(以人王編)
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#4 因縁〜AFFINITY BETWEEN TWO〜

「いかにも……我が名は静氏一門が従者、真菰金助(まこもかなすけ)である!」

「おっと! ……なるほど、いい名だな!」


 金助と名乗る従者の刃を紫丸にて受け止めつつ、半兵衛は言葉を返す。


 どこかより、京の都にやって来た半兵衛は。

 なけなしの銭を叩いて曰くつきの刀・紫丸を刀屋のオヤジより買う。


 しかし、そのすぐ後に中宮・聴子が妖である鬼に襲われかけている所に出くわし。


 そのまま、先ほど見た物と同じ夢に導かれるがままに曰くつきの刀――妖喰いというらしい――紫丸を振るい鬼を喰らう。


 が、そのすぐ後に腹が減っていたことを思い出し。

 倒れた。


 そうして、聴子を案じてやって来た父・清栄の計らいにより静氏の屋敷へ担ぎ込まれ、もてなしを受けた。


 そうして次の日には、清栄は半兵衛を帝に目通ししたいという。


 しかし、その矢先。

 もてなしを受けた日の夜のことであった。


「おのれえ! 我らに市場にて辱めを与えしのみならず……清栄様にまで取り入りおって!」


 半兵衛が今対峙している、金助は。


 半兵衛が初めて都に来た日、刀を買うため立ち寄った市場にて威張り散らしていた静氏一門の従者二人。


 その内の一人である。


「うおっと! ……おお、こりゃあ中々の腕前だねえ!」


 半兵衛は金助の刃を紫丸にて受け止め。

 その手応えに感心する。


 つくづく、あの時斬り合いに興じずよかったと思う半兵衛ではある。


 が、今それを感じても仕方ないと腹を決める。


「ふん、どうした……清栄様に見出されし"妖喰い"使いが、聞いて呆れるわ!」

「うおっと! ……ふう、人との斬り合いか!」


 金助の刃を紫丸にて受け流しつつ、半兵衛は考える。

 目の前にいるは、妖ではない。


 人である。

 いや、人である筈なのであるが――


「!? む、紫丸!」


 半兵衛は紫丸の刃を見て驚く。

 その刃は果たして、妖の血を求める色――蒼の殺気に包まれていたのである。


「ははは……何だ? 我が人では気が引けるとな? よかろう……ならば!」

「ぐっ! ……!? そ、それは」


 半兵衛の紫丸に刃を打ちつけ、彼と間合いを取りつつ。


 金助は懐より、徐に何かを取り出す。


「!? そ、それは……?」


 半兵衛は首を傾げる。

 それは何やら見慣れぬ、札のようなもの。


 しかし、よくよく見れば。


「その札……血肉でできているのか!?」


 半兵衛は驚く。

 その札は、生々しく湿り気のある赤さを帯びていた。


 明らかに、血肉で作られている。

 そして札が取り出されると共に。


 その匂いに惹かれてか、紫丸の刃もより眩く蒼き殺気を滾らせる。


「ははは! 恐れを成すか……ようやく我ら静氏一門の恐ろしさを思い知ったか!」


 金助は尚も札を掲げつつ言う。

 札からは、凄まじき妖気が感じられている。


「ああ、まあ恐ろしいが……すぐにその札を捨てろ! よく分からんが……分かる。その札を使えば」

「はははは! つくづく臆病な! ……よい、ならばそのそなたの怯え切りし顔、尚も見せてもらおう!」


 半兵衛の言葉も蔑ろに、金助は言い放つ。

 しかし、次の刹那だった。


「……!? ぐっ……ぐ……がああ!」

「おい! ……く、言わんこっちゃねえな!」


 半兵衛は紫丸を構え、走り出す。

 が、時すでに遅し。


 札の力によるものか、金助の身体は膨れ上がり。

 爛れた肉の塊となる。

 やがてそれは、形を変え。


「……ぐああ!」

「くっ……人が、妖になっちまったのか!?」


 半兵衛は目を剥く。

 それはまさに、昨日相手した妖・鬼の姿であった。


「くっ……おうい、金助!」

「……がああ!」

「っと! ……ちっ、やはりか!」


 半兵衛は金助――であった鬼に呼びかけるが。

 案の定と言うべきか、返って来るは拳であった。


「く……鬼とはいえ、元は人だ!」


 半兵衛は悩む。

 今の通り、既にこの鬼に人の心はない。


 しかし、それでも元は人。

 どうすれば――


「!? ぐ、ぐう!」


 しかし、呆けていた半兵衛は。

 次に鬼から繰り出された拳を受け止め切れず、地を転がる。


「がああ!」


 鬼に情けなどない。

 自らを討てぬ半兵衛を嘲笑うかのごとく、迫る。


「くっ……」


 半兵衛は鬼を睨む。

 と、その時。


 ――……所詮は、腹が決まらぬということよ。


「!? だ、誰だ……?」


 半兵衛の中に、声が響く。

 しかし、聞いたこともない声である。


 が、半兵衛の身体は勝手に動き出していた。


「何だろう……分からんが。……悔しい、腹が決まらないって言われることがなあ!」


 そのまま、鬼が半兵衛を喰おうと差し出して来たその顔を、紫丸にて斬り裂く。


「ぐう……がああ!」

「悪いな……せめて、苦しみ過ぎねえよう一息に!」


 半兵衛は悶える鬼に言う。


 と、その時。


 ――……ならば、札よ! 札を狙え!


「!? こ、この声は……?」


 半兵衛はまたも驚く。

 先ほど中に響きし声とは違い、これは聞き覚えがあるのだ。


「何か知らねえが……分かった!」


 半兵衛は揺らぎつつも、鬼に改めて狙いをつけ。

 そのまま鬼の真上に、飛び上がる。


「よし……札は、どこだ-!?」


 半兵衛は紫丸を宙に飛び上がり構えたまま、目を瞑る。


 恐らく、札の在り処は。


「昨日感じた、妖の身体の中で妖気が一つだけ違う所だ……そこかあ!」


 半兵衛は目を開き、そのまま鬼めがけ素早く降りて行く。


「はあああ!」

「ぐ……があああ!」


 半兵衛は縦に、鬼を斬り裂く。

 刹那、鬼の身体は血肉となり。


 それは紫丸の刃に、吸い寄せられていく。

 その血肉の赤さは蒼き殺気の刃の色と混じり、紫丸をその名の如く紫に染め上げる。


「……真菰金助、か。見事な剣技だったぜ……」


 半兵衛は目を伏せ、痛ましく思う。

 しかし、すぐに。



 ――一国、半兵衛よ。


「!? だ、誰だ!」


 半兵衛は驚く。

 何やら、頭の中に女の声が。


 それは先ほど、半兵衛に助言してくれし声であった。

 声は更に、言葉を紡いでいく。


 ――私は……そうであるな。光の中宮、とでも名乗っておこう。


「ひ、光の、中宮……?」


 半兵衛はその言葉に、首を傾げる。

 半兵衛は預かり知らぬことだが、これは真の中宮たる聴子が恐れる、影の中宮と対になる名であった。


 さておき。

 しかし、彼は戸惑いながらも合点したことが。


「あんた……夢の中の、中宮様か!」


 その声は、まさに半兵衛に夢の中にて語りかけて来た"中宮"と、同じであったのだ。


 ――ああ、いかにも。……時に、半兵衛。


「ん! あ、ああ……」


 半兵衛の言葉を肯んじた光の中宮は、また彼に問いかける。


 半兵衛は、思わず佇まいを正す。


 ――先ほども教えてやったが……これより先、妖は真っ先にその身に埋め込まれし札を狙え。よいな?


「あ、ああ……ご助言、かたじけない。」


 ――よい、素直なことじゃ。


 半兵衛の礼の言葉に、光の中宮は笑みの声を返し。

 時同じくして、気配も消える。


「……! あれ、光の、中宮さん……?」


 半兵衛は狐に摘まれた気にて周りを見渡す。

 しかし、誰もいない。


 ◆◇


「ううむ、何と……人が、鬼になったと?」

「ああ……まあ、信じられないかもしれんが。」


 清栄に半兵衛は、気まずげに話す。

 先ほどの鬼と半兵衛の戦いは、さすがに屋敷やその周りにまでその音が響き渡る大騒ぎとなり。


 叩き起こされる形となった清栄や、その他の従者らが半兵衛の寝所たる離れに来ていた。


「いやいや、この清栄そなたの言うこと疑ったりはせぬ。」

「あ……そうか。かたじけない……」


 半兵衛は清栄のこの言葉に、少し驚く。

 しかし。


「清栄様! 騙されてはなりませぬ。その者は……金助が妖になったなどと嘘を吐き、奴を斬ったのです!」

「……そなたは?」

「あ、あんたは。」


 納得いかぬとばかりに出て来たその従者を見て、清栄は首を傾げる。


 彼とて全ての従者を、覚えている訳ではないのだ。

 しかし、半兵衛は合点する。


「……あんたは、金助と市場を歩いていた。」

「……名乗りが遅れ申し訳ございませぬ、清栄様。南雲白吉(なぐもしろきち)でございます。」


 従者は名乗る。


 金助と同じく、半兵衛が初めて都に来た日に刀を買うため立ち寄った市場にて。

 威張り散らしていた静氏一門の従者二人のうち、一人である。


「うむ、白吉とやら。……今、何と?」

「……清栄様、そやつは今自ら申し上げし通り。我らに――金助にも、含む所がございます!」


 耳を傾けて来た清栄に、白吉は改めて話し始める。


「うむ、して?」

「はっ、その者は! 金助を葬る大義名分として先ほどのような嘘を申しているのみでございます!」


 白吉は、力強く答える。


「いや、嘘じゃ」

「うむ、白吉とやらよ……そなたは、どこまで我が一門の恥を晒すのか!」

「ひいっ!」


 しかし、聞いていた清栄は。

 白吉の言葉を肯んじず、怒鳴りつける。


「どこまで、半兵衛殿の前で恥を晒すのかと聞いておる。え?」

「い、いえ……さ、左様なことはあ!」


 白吉は堪らず、その場を逃げ出す。


「……すまぬ、半兵衛殿よ。」

「あ、いや……そんなそんな。」


 清栄からの謝りに。

 半兵衛は、少し照れる。


「またそなたには助けられることとなったか……さあ、皆戻れ! まだ夜明けまでは長い。……半兵衛殿も、どうか。」

「あ、ああ……重ね重ねかたじけない。」


 清栄から促された従者らは、皆寝床へと帰る。

 同じく寝るよう勧められた半兵衛は。

 頷きを返し、そのまま寝所へと戻って行く。


「……おっと、いかんいかん。」


 半兵衛はふと思い出し、皆が去った後の庭を見る。


「……せめてもの弔いだ、ほら。」


 半兵衛は、金助の――正しくは、金助の変じた鬼の足跡がある辺りに。


 土を被せ始める。

 やがて土は、足跡を覆う山になった。


「……せめて、安らかに眠ってくれ!」


 半兵衛は自らの作った山に、手を合わせる。


 ◆◇


「ふあーあー……」

「うむ、半兵衛殿。まだ大内裏へはかかる。少しばかり寝てもよいのだぞ?」


 半兵衛のあくびに、牛車から清栄は彼を気遣う。

 夜が明け。


 半兵衛は馬に乗り、清栄や聴子・皇子の牛車と共に大内裏へ向かう。


「退け退け! 我らが君、清栄様のお通りだ! そなたらごときが道を塞ぐな!」


 従者らは、他の者たちを押し除け。

 道を空けさせ、そこを闊歩していく。


「あっちゃ-……こりゃあ、やっぱり牛車に乗せてもらった方がよかったか……」


 半兵衛は、脇より衆目に晒され気恥ずかしさを感じる。


 やがて、一行は大内裏へと至る。


「帝のおなーりー!」

「ははあ、帝!」


 大内裏の中核たる、清涼殿にて。

 今上の帝と。

 静氏一門と従者らの他。


 泉氏の長老たる、頼益や以人王。

 更に、女御・黎子の父にして右大臣たる長門道読(ながとのみちよみ)


 その他、公卿も多く臨席していた。


「へえ……あんたが、帝かい。」

「こ、これ半兵衛殿!」

「はは……いや、よい。よくぞ遠路はるばる来られた、一国半兵衛。」


 半兵衛は帝にもなれなれしく話しかけ、清栄に窘められるが。


 帝はひらひらと、手を振る。

 半兵衛のことは、既に聞き及んでいたのである。


 臨席している全ての者も、既に半兵衛について聞き及んでいる。


「ほほほ……清栄殿よ、面白き者よのお。」

「……はっ、法皇様。」


 そして。

 帝の傍らには、帝の叔父たる法皇も臨席していた。


「ご機嫌麗しく、法皇様。」

「ほほ……よいよい、左様に堅苦しくなくとも。私とそなたとの仲ではないか。のう?」

「は……ありがたきお言葉。」

「(……? 何だ、この二人……?)」


 法皇と清栄は半兵衛を見て、首を傾げる。

 言葉こそ穏やかではあるが。


 何やら不穏な有様だからだ。


「……ごっほん! 改めて一国半兵衛。よくぞ来られた。まずは……弦楽を楽しんでくれ。」

「……え?」


 帝の言葉に、半兵衛は呆ける。

 弦楽?


 しかし、呆けている間に。


「!? うわ、何だ……」

「おお……これは見事な……」


 楽士らが五人出て来るや、そのまま奏で始める。

 それぞれに笛、大鼓、小鼓、太鼓、扇を持っている。


 たちまち、その音に皆酔いしれるが。


「(!? な……め、面を被った男!)」


 半兵衛は楽士の中に面をつけた者を見つけ驚く。

 その面は、笑いし公家のごとき顔を象っていた。


 面の男は、謠を歌っていた。


 半兵衛は訝りながらも、皆と同じく謠に聞き入る。

 やがて、音は止む。


「……ううむ、素晴らしい! 前よりも更にな!」


 帝は楽士らを、褒め称える。


「ええ、帝。 ……殊に、また腕を上げたのう弘人(ひろと)よ!」

「!? ひ、ヒロト!?」

「!? ど、どうした半兵衛!」


 しかし、清栄が面の男を褒め称えると。

 半兵衛は立ち上がる。


 清栄が褒め称えた面の男。

 その名がヒロトであることに半兵衛は、驚いたのである。


 ヒロト。

 それは夢に出て来た、妖喰い使いの一人ではなかったか。

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