#31 夏加〜AN IMPORTANT CHILDHOOD FRIEND OF IZUMI'S NINTH SON〜
「何や、一国半兵衛の奴め! ……徒らに、化け物娘と向き合おうとしとるでえ!」
「ほう……まあ、一興としては悪くなかろう。」
半兵衛が、夏加の激しく吹き出す殺気に飛び込み話を求めている戦場を、遠くより冷ややかに見つめる目が。
影の中宮の右腕たる、薬売り・泡麿と。
彼に力を貸す先ほどまで天狗面を被っていた男・氏原弘人だ。
水上兄弟と影の中宮一派の戦いより、十日余り後。
維栄率いる、官軍の大義名分を賜った静氏軍は。
頼暁を討つべく、その足を進めていた。
しかし水上兄弟と半兵衛の戦の後。
それによる乱れや、また総大将たる維栄と次将との諍いにより。
この静氏軍が京を発つ日は遅れてしまい、その間に頼暁の安房での再挙と兵を整えての鎌倉入りを許してしまったのである。
更には甲斐や木曽でも、泉氏の蜂起が進む中。
頼暁の弟・九郎義角も兄に合したいと思い進軍した矢先に妖の群れに遭い、戦っていた。
しかし、その行手を阻んだのは半兵衛を装った天狗面――帝に仕える楽士でもある、氏原弘人だった。
戦いの後天狗面は、義角に手傷を負わせてひとまずはその場を後にする。
が、またも義角の軍勢の前に現れ。
夏加と戦った後、彼らを誘い出すべく逃げる。
その天狗面が、誘い出した先が。
先ほどまで泡麿と、半兵衛・頼常が戦っていた所だったのである。
そのまま出会ってしまった半兵衛・頼常と、義角・盤慶・夏加――言うなれば、泉静の妖喰い使いは。
自ずと、今戦い合っている。
しかし、夏加は。
半兵衛と戦っていた所に、義角より夏加を守るため盤慶が送り込まれ。
そのことについて、義角に自らは侮られたと考えてしまい。
侮るなとばかり、義角と頼常の間に割って入るが。
義角より出た言葉は、よりにもよって夏加を侮る言葉であった。
――夏加、そなたにはそもそも奥州にて留守を守るよう言いつけたはずであろう? ……それが何故、のこのことついて来たのか!
――だから、夏加! そなたはここでの戦が終わり次第帰れ! そなたは……ただの荷物じゃ!
それらが夏加の心を、刺したことは言うまでもなく。
義角も、その覚えがない訳ではなく。
今殺気を吹き出している夏加に、ひとまずは歩み寄るが拒まれてしまう。
彼に代わり夏加と話を今試みている者が、半兵衛である。
半兵衛は夏加と自らの殺気を繋げることで、その心を解さんとしていた。
「……まあ、そうやな! 何にしても、これで潰し合ってくれりゃあ儲け物や! さあて……どないなるかな?」
泡麿はそんな戦場を再び冷ややかに見つめつつ、次の手を考えていた。
◆◇
再び、半兵衛が見ている夏加の心の中。
今夏加が、思い返しているのは。
「庶那!」
「よくぞご無事で……え?」
義角が渡島に渡り、幾月か経った頃のことである。
義角はその言葉通り"大日の法"と、従えた蝦夷の神々を携え戻って来た。
が、牧代と夏加は。
義角のただならぬ有様を訝る。
「……usxahi……あさひ、姫……」
「!? し、庶那?」
「庶那、どうされたのです?」
牧代と夏加は、膝をついた義角の下へ駆け寄る。
あさひ、姫。
だが牧代と夏加は、戸惑いつつも。
義角の口から出て来たその名が、女の名であることに気付いていた。
その日より。
牧代と夏加は義角を慕いつつも。
義角の心が、そのあさひ姫なる女にあることを思い、苦しむ日々が続いた。
だからこそ夏加は、義角の力になろうと決めたのである。
そのために、自らの化け物と蔑まれたこの力も。
義角を、助けるために活かすと――
◆◇
「なるほど……そりゃあ、確かに辛かったよな!」
「く……見たな……私の、心持ちを!」
夏加は半兵衛の言葉に、はっとする。
そうして、この男に全てを見抜かれたという気恥ずかしさも相まって怒る。
その怒りに応え、夏加の身から殺気もより激しく吹き出す。
「ぐっ! ……すまねえ、まあ女の子の心を覗き見るなんて褒められたもんじゃねえとは重々承知なんだが……それでも、知らねえと何も出来ねえからな!」
「黙れ……黙れえ!」
半兵衛のこの言葉に、夏加は更に怒る。
もはやこの男、生かしてはおけぬ――
「そうだよ、知らねえと何にも出来ねえ! ……庶那さん――義角さんも、まだ何も知らねえんだろ?」
「……何?」
しかし、夏加は。
この半兵衛の言葉には、動きを止める。
「そうだよ、知らねえ……義角さんは、何も聞いてねえだろ? だったら、そりゃあ何も出来ねえさ! だから……俺には見せなくていいけど、義角さんには見せねえといけねえだろ?」
「……ふん、そなたなどに言われずとも!」
夏加は半兵衛のその言葉を受け、殺気を弱め始める。
◆◇
「な……夏加の殺気が、弱まって行く!?」
「ふうむ……半兵衛殿、やはりそなたはまだまだ分からぬな……!」
再び、戦場にて。
半兵衛と夏加の有様を後ろより見ていた義角・盤慶・頼常だが。
夏加の身体より吹き上げられる殺気が落ち着きつつあることに、驚く。
「……さあ、皆! 皆も殺気を、夏ちゃんに繋げろ……殊に、義角さんは真っ先になあ!」
「何? ……ああ、そうであったな!」
半兵衛は、尚も夏加を相手取りつつも。
後ろの義角に、力強く告げる。
義角は、一時は戸惑いつつも。
夏加をこのようにしてしまった自らの罪を思い出して頷き。
駆け出す。
「さあて、義角さん! ……今なら、俺を貫いて夏ちゃんに殺気を繋げるのもありだぜ?」
「!? 何!」
が、駆けつつ。
半兵衛のこの言葉に、義角は驚く。
確かに、今半兵衛は自らに背を向けている。
仇たる自らを前に、あまりにも隙だらけである。
そう、このまま行けば。
しかし。
「義角様!」
「……ふん、一国半兵衛! そなたは……真正面より斬り合って倒す!」
「……へえ?」
「はあっ!」
義角は半兵衛を貫く――ことはせず。
半兵衛の横に来て、そのまま薙刀にて夏加に斬りかかる。
「……さあ、一国半兵衛! 私こそ隙だらけであるぞ? やるならば」
「いいや……やんねえよ! あんたに含む所はねえし。」
「……ふん!」
半兵衛にそう言い、彼の返しを受けるや義角は。
にやりと笑い、そのまま目の前の殺気に覆われた夏加を見る。
自らのかけがえのない、幼馴染みを。
「夏加……先ほどはすまぬ! そなたが荷物などとは、心底思いしことはない! 私はそなたに……幸せでいて欲しいのみだ!」
「……庶、那……」
「! 夏加!」
呼びかけた義角に、夏加は口を開く。
その言葉に義角は、笑みを浮かべる。
――流されんなや、化け物娘。この男たちはどっちも、あんたを傷つけた奴らや。……遠慮せんでええねんで?
「……ああ、そうだな。」
が、夏加の頭には再び泡麿の囁きが響く。
それを受けた夏加は。
「庶那……私は、庶那にとりて何だ?」
「ぐっ! な、夏加……」
その問いを義角にぶつけると共に、再び殺気を強くする。
「おやおや……まったく、女は誠に怖いねえ!」
強くなった殺気に、半兵衛も悶えつつ言う。
「ふん、そなたは……他人事と思いおって!」
義角は少し苛立ちつつ、半兵衛に言う。
と、その刹那である。
「義角様!」
「半兵衛殿!」
「! 盤慶!」
「頼常さん!」
義角の背中に盤慶が。
半兵衛の背中に頼常が、それぞれやって来て手を当てる。
「静氏の回し者お……そなた、隙を見て義角様の背中を取らんとしていたな!」
「坊主、そなたこそ……どさくさに紛れ、半兵衛殿を後ろから襲わんとしていたな!」
義角・半兵衛の後ろで。
盤慶と頼常が、諍いを始める。
「おいおい、お二人さん」
「……だが! まあ案ずるな。今は、夏加殿が先だからな!」
「ふん、坊主……私も不本意ながら同じだ!」
が、二人は相変わらずの軽口ながらも。
ぐいと、義角・半兵衛越しに夏加に目をやる。
「そなたら……」
「よおし……じゃ、ここは! 四人で力合わせるぞ!」
「ああ、憎き一国半兵衛……今のみ、その策に乗らせてもらう!」
「うむ、半兵衛殿!」
何はともあれ。
こうして集った泉静の妖喰いは、共に力を合わせる。
たちまち四人合わせて、青・黄・緑の殺気が吹き出し。
夏加の蒼き殺気に、喰い込み始める。
「ぐう!」
「夏加! すまぬ……先ほどの問いに、答えねばな!」
「庶、那……」
苦痛に、お互い顔を歪めつつ。
義角と夏加は、今一度殺気の中で向き合う。
「私にとりてそなたは……決まっておろう?」
「……ああ。」
義角は、夏加の目を見つめる。
夏加の目は、憂いを含んでいた。
「よ、よし! 義角さん!」
「義角様!」
「やれ!」
それを見て半兵衛・盤慶・頼常も促す。
これで義角が、夏加への愛を叫べば――
「決まっておろう……そなたは、かけがえなき幼馴染み! これより他に、何があるか!」
「……えええ!!!?」
が、義角は周りの左様な思いなどよそに。
何とも、張り合いない答えを返す。
これには、半兵衛らは驚く。
これでは、夏加も――
が。
「ふふふ……ははははは! ああ、庶那……それでよい! よくぞ言ってくれた!」
「……えええ!!!?」
夏加の答えも、半兵衛らの考えとは裏腹に。
張り合いない、ものであった。
果たして、夏加の殺気の勢いも衰えていく――
◆◇
「……庶那。」
「夏加。」
殺気が晴れた後。
夏加と義角は、手を取り合う。
夏加はややよろけつつも、大事なさそうである。
「すまぬな、夏加……そなたを侮るような言葉を」
「よい。……ところで、庶那。あさひという女子に、惚れているのだな?」
「……にわかに、何か?」
義角は謝りかけるが。
夏加の(少しばかり妬みを含んだ)言葉に、首をかしげる。
「……何でもない。まったく、これだから男は」
「ああ、まったくな!」
「! 一国、半兵衛……」
夏加の言葉に。
半兵衛や頼常は、冷ややかな目を向ける。
盤慶は僧侶故か色恋沙汰について分からず。
首をかしげている。
「あそこで、夏ちゃんが好きって言えばよかったってのによ!」
「な……言うておろう? 私にとりて夏加は、かけがえなき幼馴染みと」
「もうよい! それに……私が怒るべき相手は、どうやら他にもいるようだしな。」
義角を責める半兵衛を、夏加は睨みつつ言う。
「え? い、いやそんな……あれは、止むを得ぬって奴で」
「確かに、半兵衛殿? ……いかなる訳があろうと、女子の心の内を覗き見ようなどと」
「! お、おい頼常さんまで!」
頼常までも、次には半兵衛を責める。
しかし、その時であった。
「……ほほほ! 何を戯れ合っとるんや? ……さっきまで、睨み合っとった憎い仇共が!」
「!? あんたは、さっきの薬売り!」
「! な、何?」
にわかに聞こえた声の主を見て、半兵衛と頼常ははっとし。
義角らは訳が分からず、首をかしげる。
が、次には義角も夏加も盤慶も、驚く。
そこには。
「ははは! あわよくば、妖喰い使いで互いに潰し合ってくれりゃよかったんやが……まあええ、今弱ったところを狙ったるわ!」
「よ、義角様!」
「! 継真、忠真!」
手足に妖をくっつけ。
従えている送り狼の群れにて継真らの軍を取り囲む、蛙面の薬売り――泡麿の姿があったのである。




