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京都の王〜THE KING OF THE CAPITAL〜  作者: 宇井九衛門之丞
第1章 令旨(以人王編)
3/62

#3 饗応〜THE EATER ENTERTAINING AT BREAKFAST〜

「さあ、次のお話ですよ?」

「はい!」


 今上の帝が、まだ幼い頃。

 祖母たる建礼門院から、百年前の百鬼夜行について様々なことを聞いていた。


「これは、今より百年前のお話……」


 ◆◇


「ほら、気合入れろ-!」

「はい!!」

「応!」

「ふん、何のこれしき!」


 半兵衛は庭に向かい、叫ぶ。

 庭にいるのは、妖喰い使いたち。




「うん、また腕を上げたな! 水上の兄弟さん方よお!」

「あ、ありがとうございます!」

「わ、私はまた兄者に近づけましたか!」


 稽古の後、半兵衛は妖喰い使いらに声をかける。


「いいや、そなたに私はまだ超えられまい!」

「なっ……い、いつか兄者など!」


 水上の兄弟は軽口を叩き合う。


「うん、夏ちゃんも伸びたぞ!」

「うむ、かたじけない!」


 夏と呼ばれた少女も、笑みを返す。


「ヒロト……あんたは中々伸びないなあ!」


 半兵衛はヒロトと呼ばれた青年に、嫌味を言う。


「な……わ、私とて少しは!」


 ヒロトは、顔を真っ赤にする。


 ◆◇


「はっ! ……また、あの夢か。」


 半兵衛はふと、目を覚ます。

 時は、今上の帝の世。

 同じ夢をまた、見ていたか――


 しかし、次には。


「……あれ? 俺、何の夢を……っ!」


 半兵衛は今しがた見た夢を、もう忘れる。

 代わりに、目から迸るのは涙だった。


「覚えてないが、幾度も同じ夢を見ていた気がする……なんなんだ、これは……」


 半兵衛は拳を、握り締める。


 どこかより、京の都にやって来た半兵衛は。

 なけなしの銭を叩いて曰くつきの刀・紫丸を刀屋のオヤジより買う。


 しかし、そのすぐ後に中宮・聴子が妖である鬼に襲われかけている所に出くわし。


 そのまま、先ほど見た物と同じ夢に導かれるがままに曰くつきの刀――妖喰いというらしい――紫丸を振るい鬼を喰らう。


 が、そのすぐ後に腹が減っていたことを思い出し。

 倒れた。


 そうして、聴子を案じてやって来た父・清栄の計らいにより担がれ、今に至るのであるが。


「……で、ここはどこだー!」


 半兵衛は。

 そもそも、自らが寝かされているここはどこなのか叫ぶ。


「うるさいですよ! 朝から。」

「!? あ、ああすまない……ん? あんた誰?」


 と、そこへ。

 半兵衛の寝所に、一人の女が。


「お初にお目にかかります、昨日は我らが主人たる中宮・聴子を守っていただきありがとうございました。」


 女は、丁重に頭を下げる。


「ああ……えっと……」

「あ、申し訳ございませぬ。……私は帝の后たる中宮聴子が侍女・氏式部内侍と申します。」


 女は、氏式部であった。


「はあ……どうも。……えっとそうだ、俺は」


 半兵衛もようやく自らが昨夜、どうなっていたかを思い出す。


 しかし、その矢先。

 ぐう、と大きく音が鳴る。


「あ……すまねえ、腹が」

「支度はできております……さあ、我らが主人も待っております故に、どうかお急ぎくださいまし。」


 氏式部は半兵衛の意を汲み取っており。

 襖を開け、自らは部屋の外に座り半兵衛を促す。


「あ……こりゃどうも。」


 半兵衛はそのまま、氏式部が促す部屋の外へ出る。



 ◆◇



「おお……皆、中宮と皇子の大恩人殿がおいでなすったぞ! 静まれい!」

「! は、ははあ!」

「……おやおや、皆さんお揃いかい。」


 半兵衛が来たことを見て、清栄の鶴の一声により従者らは静まり、頭を下げ半兵衛を出迎える。


 彼が氏式部に促され通されたのは、大広間である。

 そこには、主人たる清栄と。


 その両の脇を固めるは。

 右に中宮聴子、左に侍女に抱かれしその皇子・言人親王である。


 その前には、従者らが列を左右に成しており。

 それぞれに、膳が置かれている。


 そうして半兵衛は、自らに支度された膳の前に案内され。


 その前に座るや。


「おお……いただきます!」

「……! お、おい!」


 そのまま我先にと、膳ごと持ち上げ飯を掻き込み始める。


 主人たる清栄に挨拶もせず、と見かねた従者らが咎めようとするが。


「ああ、待たぬか皆よ! その方は我が恩人でありお客人である。お好きなようにさせて差し上げろ。」

「……は、ははあ。」


 清栄は従者らを、却って咎める。


「ああ、いやあ旨いねえこれは! もぐもぐ……あ、そういえば俺を介抱してくれた礼はまだだったな、かたじけない主人さんよ!」

「な……あ、主人さん!?」


 半兵衛の礼の言葉に、従者らは更に怒りが大きくなる。


 我らが主人に――それも、太政大臣に何たる無礼を。

 しかし。


「はははは! いやあ、強きのみならず面白いのおそなたは!」

「え? ああ、どうも……」


 清栄は、大いに笑う。

 半兵衛も、これには少し恥ずかしげである。


「……改めて。我が名は静清栄、この都にて太政大臣を務めておる。」

「ん? あ、ああ……よろしく。俺は……一国半兵衛(いちくにはんべえ)ってんだ。」


 清栄が更に名乗ったことに続き。

 半兵衛は、自らが名乗っていないことを思い出し。

 慌てて名乗る。


「ほほう……半兵衛殿か。何卒、よろしく頼む。」

「あ、ああ……」


 清栄は微笑む。

 そうして、自らの左右に目を移す。


「……こちらが、我が娘で今は帝の中宮たる聴子。そうしてこちらが聴子と帝のお子であり、先々には帝になる皇子じゃ。」

「……改めて。昨夜は、ありがとうございました。」

「……ありがとうございました。」


 清栄の言葉に、聴子も皇子も頭を深々と下げる。


「あ、いやいやそんな……」


 半兵衛は、また恥ずかしげに手を振る。


「……時に、半兵衛殿よ。何処より、この都へ? 何をしに来られた?」

「あ、ああ……えっと……」


 清栄は、半兵衛の昔について聴く。

 半兵衛は、話し始めんとするが。


「……うっ!」

「! ど、どうされた?」

「な、何だ?」


 にわかに半兵衛は、頭を抑え苦しみ始める。



 目に浮かぶは、燃え盛る村と血の臭い。

 そして、何者かに叫ぶ自らの声。


 ――何でだよ、何で殺した!


「半兵衛殿、半兵衛殿!」

「……ん? あ、ああ……すまねえ、昨夜呑み過ぎたかな?」


 半兵衛ははたと気づく。

 目の前には、清栄が直々に立ち上がり。

 近づいていた。


「はははは……腹を空かし行き倒れていた者が、二日酔いなどとあり得るか! やはりおかしき者よのお。」

「ええ父上……そうですわね!」

「ああ、いや……すまねえ。」


 清栄・聴子は高らかに笑う。

 従者らも、作り笑いをする。

 半兵衛は、恥ずかしげに頭を掻く。


「ははは……まあ、半兵衛殿。では、改めて聞かせてはくれぬか? そなたが、何処より参ったのか。」


 清栄は再び半兵衛に向き直り尋ねる。


「ああ……いや、えっと……」


 半兵衛も、何とか話そうとするが。


「……すまない、実は思い出せないんだ。」

「……ふふふ、ははは! 自らが何処より来たかも思い出せぬか、やはり面白い! よかろう、まあ……話しとうなった時でよい。」

「ああ、重ね重ねすまねえ。」


 半兵衛は誠に思い出せず、謝る。

 清栄は半兵衛のその有様に、ひとまずはそれより踏み込むことはしないことにした。


「……しかし、さらに驚きしことがあるぞ。……そなたが携えし”妖喰い"が、誠にあったことじゃ。」

「!? な、何故その言葉を!」


 半兵衛は、清栄の更なる言葉に驚く。

 使い手である半兵衛ですら、いつもの夢の中でその言葉を聞くまでは知らなかったというのに。


「ち、父上……あの刃についてご存じなのですか?」


 聴子も驚く。

 従者らからも、また騒めきが。


「これこれ! 重ね重ね、お客人――それも、大恩人の前で恥ばかり晒しおって!」

「! も、申し訳ございません……」


 清栄が、従者らを窘める。

 それに応じ、従者らもまた静まる。


「まったく、静の家に仕えながらうるさき奴らめ! ……まあ分かればよい。すまぬな、半兵衛殿。」

「あ、いやそんな……」


 半兵衛は清栄に相槌を打ちつつ、今のは笑う所かな? とやや場違いな問いを頭に浮かべていた。


「私も騒いでしまい申し訳ございませぬ父上……して、その”妖喰い”とは如何なるものなのですか?」


 聴子が、次には父に尋ねる。


「うむ……では、話さねばな。」


 清栄は話し始める。

 かつて、今上の帝の世より百年余り前。

 妖の魔軍たる百鬼夜行が、この都を襲ったこと。


 それに対し抗った都の守護軍が擁していた、最上の魔除を施された武具。


 終いには守護軍の多くの死と、武具が数多砕かれることと引き換えに百鬼夜行は追い払われた。


 やがて砕かれた武具の欠片は、暮らしに窮した鍛治師たちが材として拾い集め継ぎ合わせた。


 しかし、その継ぎ合わせたる武具は妖に一度は折られて蘇った経緯からか。


 妖への、大きな殺気を宿した妖への怨念――”妖喰い”になってしまったという。


「へえ……こいつ、確かに()()()()の刀だったな……」


 半兵衛は、紫丸を眺め。

 刀屋のオヤジの言葉を思い出しつつ呟く。


 今、少しではあるが買ったことを悔いつつあった。


「私も、百鬼夜行のことは存じておりましたが……よもや、その刀に左様なお話があろうとは……」


 聴子は、少し慄きつつ言う。


「うむ……しかし、私も帝よりお聞きしただけじゃ。であれば更に、この妖喰いに関わる詳しきお話をお聞かせ願うため、そして……半兵衛殿。そなたを会わせるため、明日は大内裏に向かう!」

「……え?」

「な!?」


 清栄の話に、半兵衛は呆け。

 従者らは、これまでにないほどに驚く。


「こ、此奴を帝とお引き合わせなさるのですか!?」

「これ、やはりまだ言うか……此奴などと言うな!」

「ひいい、も、申し訳ございません!」


 従者は半兵衛を帝に引き合わせることに、難色を示すが。


 清栄は一喝する。


「さあ、半兵衛殿。……今日は何なりと、この屋敷にて休むがよい。明日には帝も、きっとお喜びになられることであろう。」

「あ、ああ……かたじけない!」


 半兵衛は清栄のこの言葉に、大きく頭を下げる。

 しかし、清栄と聴子は。


「(この者は……影の中宮を倒すのに使えるやも知れぬ!)」


 聴子は、そう考えていた。


 影の、中宮。

 大内裏にて噂になりつつある、宮中を影で掌握する者らしい。


 それが、読んで字の如く誠に帝の后の誰かであるかは分からないが。


 聴子は後顧の憂いとなるであろうそれを何とか消したいと考えていた。


「(この者は……今の我ら一門に楯突く者らを鎮めるのに使えるやも知れぬ!)」


 聴子が影の中宮について考えたことと同じく清栄は、そう考えていた。


 ここ幾年か、静氏に対し叛意を抱く者が増えて来ていたのである。


 静氏が天下を治める契機となったかつての京における大乱。


 その大乱にて静氏に降された、泉氏(せんし)一門は言うまでもないが。


 法皇(出家したかつての帝)をはじめとした、院政を目論む公家や皇子らも静氏に叛意を抱いていた。


 この三年ほど前の年には、鹿ヶ谷にて法皇すら静氏打倒を目論み、処断されかかったほどである。


 父娘は、それぞれ形こそ違えど妖喰いを、半兵衛を。


 籠絡せんと考えているのである。


 ◆◇



「しかし……あの紫丸という妖喰いは凄まじきものよのお。そなたの言う通りであった。」

「ええ……そう、ですわね。」

「? 影の中宮?」


 以人王は御簾越しに返る言葉が、何やら歯切れが悪いことを訝る。


 再び、時は聴子が鬼に襲われてすぐ後に遡る。


「あ、いえ……お気に召していただけましたら幸いですわ。」

「ああ、妖喰いや妖さえあれば! ひっくり返せるのだ……この、静氏の駒ばかりが蔓延る盤上を!」


 影の中宮の言葉に、以人王は恨めしげに虚空を睨む。


「……これまで私のみではない、如何に様々な者たちが静氏に辛酸を舐めさせられ雌伏の時を過ごして来たか……」


 と、その時である。


「!? だ、誰か!」

「おやおや……お人が増えましたわね。」

「!? そ、そなたは!」


 以人王は人の入る気配を感じ、その方を眺め驚く。

 それは。


「これはこれは……以人王様、あなた様も同じお考えでしたか。」


 それは泉氏の長老たる、泉頼益(いずみのよります)であった。


 ◆◇



「半兵衛……」

「……中宮様。」


 半兵衛は、目の前の女に微笑む。

 半兵衛が、中宮と呼ぶ女。


 それは――




「!? ……はあ、はあ……夢、か。」


 半兵衛は、目覚める。

 時は、聴子を半兵衛が守った日の次の日。


 もてなしを受けてから、かなりの時が経っている。

 未だ、外は暗い。


 夢に対しおかしく思ったことにより、叩き起こされてしまったようである。


 それは。


「中宮、様って……あの中宮様と、全く違う顔じゃねえか……」


 半兵衛は呟く。

 そう、半兵衛が夢の中で中宮と呼んだ女は。


 中宮たる聴子と、似ても似つかぬ顔だったのだ。

 しかし、その時。


「……!? 何だ」


 半兵衛は、次は外に何やらおかしな様を感じ。

 そっと襖を開ける。


 と、次の刹那。


「!? ……くっ!」


 半兵衛はにわかに、後ろより気配を感じ。

 紫丸を抜けば、そこに刃を打ちつけられた。


 刃を向けて来た相手は。


「一国、半兵衛とやらあ! ……幾日振りか。」

「えっ? ……あんた、市場で威張ってた奴か!」


 半兵衛は驚く。

 それは半兵衛が都に始めて来た日、市場を闊歩していた男の一人だったのだ。

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