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京都の王〜THE KING OF THE CAPITAL〜  作者: 宇井九衛門之丞
第2章 蜂起(水上兄弟編)
21/62

#21 一矢〜RETALIATION OF THE BROTHER〜

「さあ……行くぞ、水上の兄よ!」

「ああ……来い!」


 翁面は言うが早いか、自らの乗る人魚を素早く動かす。


 頼常も、自らの乗る式神を動かす。


 半兵衛や妖を使い、静氏への謀反を企てた以人王の挙兵より既に幾月か経ち。


 以人王の令旨により。

 東国は伊豆にて、泉頼暁は積年の屈辱を晴らすべく蜂起していた。


 しかし、この東国の戦にて妖の害があり。

 その知らせは、都にももたらされた。


 それにより、半兵衛が東国に行かされる話も出かけていたのだが。


 いかんせんただ一人の妖喰いが京を後にする訳にも行かず、動けぬまま時が過ぎ去ろうとしていた。


 そこへ水上兄弟が、新たな妖喰い・翡翠を持ち都へと舞い戻ったことにより。


 半兵衛の東国行きは、ようやく果たせるようになったのである。


 が、東国での務めを終え京へと戻るなり。


 半兵衛を待っていたのは、身に覚えなどあるはずもない水上兄弟の父殺害と帝殺しを企てた疑いをかけられての捕縛であった。


 そして水上兄弟は、自ら父の仇を討つと言い。

 半兵衛を引き立て、彼と戦ったが。


 半兵衛の妖喰い・紫丸の有様などから、かねてより彼は潔白であると思っていた頼常は。


 この戦いによりその考えが確かであると断じ、自ら疑いを捨て、弟にも疑いを捨てさせる。


 しかし、そこへ現れたのは妖・人魚を率いる者たち。

 影の中宮一派たる翁面・尉面の二人である。


 水上兄弟に、その父を殺したのが半兵衛であると教えた者たちだ。


「そなたらだけは……断じて許さぬ!」

「ははは……よかろう! その言葉だけは、威勢がいいことじゃ!」

「兄者!」


 尉面を相手取りつつ、実庵は尚兄の身を案ずる。

 実庵もまた、目にも止まらぬ速さにて襲い来る人魚に苦しみつつあった。


「ふふふ……さあ翁面! もはや我らは勝ったようなものでございます、今こそ」

「ああ……そうであるな!」

「くっ!」


 翁面と尉面は調子付き。

 ついに、水上兄弟を葬らんとする。


 ◆◇


 ――中宮、聴子よ。起きなさい。


「……誰、か?」


 聴子は、人魚に囚われ気を失う中。

 夢の中で、何やら女の声を聞いた。


 ――起きなさいと申しておるのに。


「! そ、そなたは……私に呼びかけるそなたは、誰か?」


 聴子ははたと気づく。

 見れば、そこは未だ夢の中なのか。


 周りにはただただ、朧げなる景色が続く。

 しかし、はっきりと。


 先ほどからの女の声は、聞こえている。


 ――今、現では水上の兄弟が。そなたを救わんと戦っている。左様な中でそなたは、いつまで寝ておるのか?


「私は……そうか、自ら半兵衛のための囮を願い出て。そのまま、にわかに妖に攫われて……」


 聴子は女の言葉に、自らが気を失うまでを思い出し。

 恥入る。


 ――だが、案ずるな。そなたは……戦の行く末を今からにても、良くできる。


「!? わ、私が戦の行く末を?」


 が、聴子は次には驚く。

 それはどういうことか。


 刀や弓は愚か、僅かでも力を持たぬこの身が戦の行く末を左右できるなどと。


 しかし、女はさらに続ける。


 ――戦の行く末を左右するためには……まずは目覚めねばならぬ。さあ……現に目を向けよ。逃げるな!


「……言ってくれる。私は、元より逃げてなどおらぬ! 少し……休んでいただけよ!」


 女の煽りに、聴子は少しばかり怒りを覚え言い返す。


 ――……よし、それでよい。さあ……その減らず口を、今燻っている情けなき男たちに聞かせてやるがよい。


「……仕方ないな。これだから男は!」


 聴子は、女の言葉に。

 現へと、思いを馳せる。


 ◆◇


 ――半兵衛。


「! ああ……あんた、光の中宮さんかい!」


 同じ頃。

 半兵衛の頭にも響いた声は、件の光の中宮の声。

 そう、先ほどまで聴子の頭に響いていた女の声も、その光の中宮の声である。


「よく来てくれた……っていうか遅くないか? 前は俺が危うくなったら、すぐ出てきてくれたじゃねえか!」


 半兵衛は光の中宮の声に落ち着きつつ、少し文句を言う。


 ――それは、私の必ずの務めではない。ただ義理でしてやっているのみのこと、左様に言われる筋合いはない。


「ああ……それはすまない、悪かった。……さて、御用向きは何だい?」


 光の中宮の、心なしか少しばかり怒りを孕んだ声に半兵衛は、矛を収めることとし。


 ひとまず、光の中宮に助言を求める。


 ――まず、水上兄弟に告げよ。あの妖らの、札を狙うようにと。


「ああ、そうか。あいつら、そういやそのこと知らねえな。」


 半兵衛は空を見る。

 考えれば、自らのみで妖を相手取るなどもあの兄弟には初めてかも知れない。


 そのことについて気遣いが足りていないことに半兵衛は気付き。


 自らを恥入る。


 ――傷は、大事ないか?


「! あ、ああ……まだ少しかかりそうだが、癒てきてはいるよ……」


 半兵衛は戸惑いつつ、光の中宮に答える。

 何でもお見通しということか。


 分かってはいたつもりではあったが、改めて光の中宮には驚かされてばかりである。


 ――いざとなれば、あの兄弟や中宮はそなたが終いには助けよ。


「ああ……って、終いにはか? そんなのんびりとしてたら、あいつら」


 ――案ずるな……まもなく、中宮は目覚める。


「何! そんなことが何で」

「聞け、皆の者よ!」

「!? え、ええ!?」

「ち、中宮様!」

「聴子!」


 光の中宮の言葉を、疑い混じりに聞いていた半兵衛であるが。


 果たして聴子は、光の中宮の言葉通り今目覚めた。


 ◆◇


「私は、この日の本を治める帝が后たる中宮・聴子である!」

「おお……これはこれは、中宮様。」


 囚われた、妖の右腕の中で。

 聴子は妖が素早く動く中吹きつける疾風にも負けじと、高らかに叫ぶ。


 翁面も、ひとまずは恭しく振る舞う。

 しかし、聴子は更に続ける。


「よく聞くがよい……水上兄弟よ! そなたらの有様は夢現に見させていただいたが……何だ、その無様なる様は! そなたら、それでも天下の静氏一門に仕える侍か!」

「ち、中宮様……」


 水上兄弟は、返す言葉もない。

 何より、ここまで言い放つ聴子は初めて見るために驚いているのである。


 しかし、聴子は尚も続ける。


「そなたら……先ほどから、その無様を晒している訳として、やれ矢を番える暇がない、私が囚われ盾にされているなどと御託を並べ立てているようであるが……情けない! 左様なことばかり気にして、戦場でやっていけるなどと思うてか!」

「な……」

「ほう?」


 聴子の、自らが囚われたことなど些事であるという言葉に。


 水上兄弟も翁面・尉面も戸惑う。


「……ならば、容易いことではないか! 矢を番える暇などないならば、番えねばよい! 私に構っていて攻められぬのならば……私になど構わねばよい!」

「ち、中宮様!」


 が、聴子はやはり続ける。

 それには水上兄弟も、戸惑いを深めていくばかりである。


 しかし、頼常は。


「矢を番えずともよい……? 中宮様に、お構い申し上げねばよい……? ……! そうか!」


 頼常は聴子の言葉より、()()()()を見出す。


「実庵、そちらはそなたに任せたぞ!」

「え……? 兄者、何を」

「私は……こうするのだ!」

「……!? あ、兄者!」


 やがて、頼常は。

 実庵にそう言うが早いか、自らの乗る式神を促し。


 より高く、飛び上がる。


「ほう、何を血迷ったのだ?」

「ああ、血迷っておるな……しかし翁面よ、そなたにとりては悪くはないことになろうぞ! さあ翁面……私を、今そなたが従えている妖に喰わせよ!」

「……ほう?」

「な!? あ、兄者!」


 が、頼常のその言葉は。

 実庵を揺るがせ、翁面や尉面に首を傾げさせる。


「ふん……まあよい、潔く死に行くということか! ならば、望み通りにしてやろう!」

「ああ……さあ、大口を開けて待て!」

「あ、兄者!」


 そのまま、頼常は。

 足場としていた式神を、勢いよく蹴り出し。


 そのまま少し飛び上がった後、次には勢いよく落ちる。


「ふふふ……水上の兄よ! 冥福を祈るぞ……」


 そのまま翁面の操る人魚の右側も、再び動き出す。

 右腕に抱えた聴子は、再び静かになっている。


「ふん、所詮は女か。……そして水上の兄よ、所詮はそなたも頭の足りぬ侍――蛮族か……ん!?」

「よし……さあ、終わりぞ!」


 そのまま人魚に乗りつつ。

 もはや勝ったとばかりに浸る、翁面であるが。


 落ちて来る頼常が、徐に引き出した右腕()()を見て、目を剥く。


 それは緑に光る、殺気の矢そのものであった。


「矢は何も、番えずともよい! ……私自ら、この落ちる勢いを纏い矢と化せばな!」

「お……おのれえ!」


 次には、翁面が慌てる番であった。

 が、頼常を喰わんとして妖自ら素早く向かわせたことが仇となり、避ける間がなく。


 時既に遅し。


「はあああ!」

「くっ……ぐうう!」


 そのまま頼常は、先ほど狙いをつけた妖傀儡の札めがけて突き進み(落ちて行き)


 避ける術のない人魚は、否応なく頼常の持つ殺気の矢にて妖傀儡の札諸共、貫かれる。


 たちまち人魚は、瞬く間に血肉となり。

 全て緑の殺気に、染められて行く。


「な……兄」

「……隙ありである!」

「くっ……!? ぐああ!」


 実庵は、尉面が気を取られた隙に。

 彼が操る人魚の、妖傀儡の札めがけ。


 式神にてすれ違い様に、刃を叩き込む。


 たちまちこちらの人魚も血肉となり、緑の殺気に染められ消える。


「ぐう……」

「ひいい!」


 足場を失った翁面と尉面は、そのまま落ちて行く。


「兄者!」


 実庵はふと、兄を見やる。

 兄の式神も、なんとか彼を救い上げんと急ぐが間に合いそうになく。


 先ほど妖が抱えていた聴子の括り付けられた杭共々、真っ逆さまに落ちんとしていた。


「中宮様、今お助けいたします! 兄者、今助ける!」


 勢いよく、兄と聴子を助けんとする実庵は式神を急がせるが。


 到底、間に合うまい。


「くっ、このままでは」

「……半兵衛、助けてくれ!」


 落ちる中聴子は。

 いつの間にやら、半兵衛に助けを求めていた。


 と、その刹那である。


「!?」

「! そ、そなたは」

「! あ、兄者!」


 聴子・頼常・実庵が驚いたことに。

 そして、果たして聴子が願った通りに。


「まったく……面倒だな!」

「は、半兵衛……」

「半兵衛殿……」


 半兵衛が式神にて飛び上がり。

 左腕にて聴子を、右腕にて頼常を受け止めたのである。


 ◆◇


「おお、半兵衛殿かたじけない!」

「き、清栄様! 後はあやつらが落ちて来ます!」

「よし……さあ、射殺せ!」

「はっ!」


 半兵衛に、地より礼を言う清栄であるが。

 落ちて来る翁面や尉面を、弓にて狙わせる。


 が、その刹那。


「はい、兄上方。お世辞にも、見栄えする有様ではございませぬわね……」

「! 影の、中宮……」

「め、面目ない……」


 翁面と尉面は、影の中宮が乗る妖により受け止められる。


 それは、かつて影の中宮が半兵衛を攫った時と同じく。


 白毛九尾を生やした蝶のごとき妖・夜雀である。


「な、あやつら!」

「くっ、ならばあの妖を狙え」

「!? 清栄様、危のうございます!」

「何? ……ぐっ!」


 空を睨む、清栄であるが。

 ふと気づいた従者により、庇われ突き飛ばされる。


 果たして、先ほど清栄のいた所には。


「!? む、紫の暗き光の刃……?」


 今、伸びた紫の殺気の刃が振り下ろされ。

 地が削られていたのである。


「な……誰が」

「き、清栄様! あれを」

「な……くっ、何者か!」


 清栄は従者に促されるがまま、清涼殿の屋根を見て驚く。


 そこには、何やら天狗の面を付けた男が。

 紫の殺気を纏う刃を、掲げている。


「!? あれが、もしや」

「ち、父上の仇か!?」


 この有様を上から見ていた水上兄弟も、驚く。

 その刃の色は、まさに。


 あの夜、兄弟を尾張にて襲った者である。


「おのれ……」

「待て、実庵!」


 実庵は、式神を促し天狗面を攻めんとするが。

 天狗面は、今掲げている刃より殺気の刃を空へと伸ばし。


 そのまま地にいる、静氏一門に振り下ろさんとする。


「止めろ!」

「……結界変陣、封呪。急急如律令!」

「! は、はざさん!」

「くっ……うむ!」


 しかし、すんでの所にて。

 刃坂麿が、変幻自在の結界を創り出し。


 そのまま刃を受け止めつつ、静氏一門を囲み。

 その刃が届かぬ所まで結界諸共、彼らを飛ばす。


「くっ、土煙か!」

「では……私たちもこれにて!」

「な……逃げるか!」


 しかし、地に叩きつけられた殺気の刃により。

 激しい土煙が立ち、その中へ影の中宮らを乗せた妖も消える。


「この戦は、お預けということにて……では。」

「くっ、おのれ!」

「くそ……」


 影の中宮が言い残した言葉に、半兵衛も水上兄弟も歯軋りする。


 ◆◇


「……土煙は、晴れたか……」

「ううむ……誰もおらぬな。」


 清栄と、静氏一門は。

 先ほど刃を避けた時の動きの激しさに、つい顔を庇っていたが。


 ふと前を見れば、すでにそこには誰もいない。


「いや、空にはいるぜ!」

「! おお、半兵衛殿!」

「ち、中宮様!」

「水上の兄弟よ!」


 空から式神に乗り降りて来る、聴子と頼常を抱えた半兵衛。

 そして、実庵を。


 清栄らは喜び、出迎える。

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