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京都の王〜THE KING OF THE CAPITAL〜  作者: 宇井九衛門之丞
第1章 令旨(以人王編)
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#2 使手〜THE PLAYER OF THE EATER〜

「ふむ……よし、これだけ刀の欠片が集まればよかろう。」


 一人の鍛治師が、焼野原となった都にいた。


 時は、今上の帝より百年余り前。

 かつての百鬼夜行の少し後に遡る。


 彼らは武具の欠片集めに日々励む。

 全ては、焼野原では成り立たぬ生業を成り立たせるためである。


 せめて、仕入れ値だけでも浮かせようというのだ。



 そうして、ある日。

 あの百鬼夜行より一つ年が過ぎ去ろうとしていた頃。


「よし、ついに一振りできたぞ。」


 一人の鍛治師が、刀を打ちあげた。


「この刀、果たしていくらで売れようか…」


 未だただ一振りとはいえ、これをつづければ生業を立て直せると、鍛治師は心を躍らせる。


 と、その時。

 刀の刃が青く光り出した。

 それだけでなく、何やらおかしな音がする。


「……人の、呻き声か?」


 それは風の音とも、呻き声ともつかぬ音。

 そしてその背後に。

 鍛治師めがけ、迫る者が。


「……あ、妖!」

「うう……ぐああ!」


 鍛治師は思わず、振り向きざまに握っていたあの青き光る刃を振り下ろし――



 ◆◇



「妖の血と混じり合って……それで紫丸、なあ。」


 半兵衛は横目にて、妖の血が滲む自身の刃を見つめつつ呟く。


 再び、今上の帝の世。


 空腹にて倒れていた彼は。

 にわかに響いた、今上の帝が中宮・聴子(きくこ)の声を聴き。


 鬼に襲われかかっていた聴子を守るべく、立ち向かっているのである。


「がああ!」

「おや? おっとっと!」


 しかし、うっかり紫に染まりし己の刃に見入ってしまっていた半兵衛は。


 再び鬼が振り下ろした拳を、紫丸にて受け止める。


「おお……こりゃあ、腕が鳴るねえ!」


 が、半兵衛は別段動じず。

 次には紫丸を大きく振るい、鬼を跳ね飛ばす。


「がああ!」

「おやおや……何だい、怒らせちまったかな?」


 鬼は、歯軋りしつつ目を半兵衛に向けて光らせている。


 明らかに、怒っている有様である。


「まあいいや……さあ、鬼さんこちら! 手の鳴る方へえってな!」


 半兵衛は戯けて見せ、鬼を煽る。

 そのまま鬼は、半兵衛目掛け向かって来る。


「な……何なのだ彼奴は!」


 中宮聴子は、声を上げる。

 妖を恐れるどころか、何やら光る刀を携えむしろ嬉々として妖に向かって行くあの男は、何者なのか。


「中宮様! ご無事ですか?」

「ああ、氏式部……すまぬ。皇子は?」

「はい、何事もなく。今は他の侍女らが。」

「そうか……」


 聴子は自らに駆け寄って来た氏式部と話しつつ、今目の前で繰り広げられている戦に対し考えることが。


 もしやこれは、あの()()()()を降す好機かも知れぬということ。


「彼奴ならば……もしや」

「!? 中宮様?」


 にわかに呟き始めた聴子を、氏式部は訝しむ。


「あ……いやすまぬ。何でもない。」


 聴子は、恥ずかしげに目を逸らす。

 しかし、この者は使えるやも知れぬ。


 聴子は、密かに微笑む。


「おうりゃ!」

「ぐああ!」


 半兵衛は鬼が繰り出す拳を、尚も紫丸にて受け流し続ける。


「ひ、ひいい!」

「あ? ……ああ、そうだ。そこの人たち、さっさと尻尾巻いて帰れっての! ここにいられてもよお、はっきり言って戦の妨げになるだけなんでね!」


 半兵衛は、自らの後ろで縮み上がっている中宮の従者らに言う。


「くう……言わせておけば!」

「し、しかし……悔しいがあのみすぼらしき若者の申す通りなのでは?」

「くっ……おのれ!」


 従者らは半兵衛の姿を見て、歯軋りする。

 確かに半兵衛の言う通り、彼ら自らがあの鬼と渡り合うなどと考えられぬ。



 ◆◇



「なるほど……中々にやりよるなあ。ならば……これならどうや!」


 妖を操る男・泡麿(あぶくまろ)はこの有様を鑑み。

 このままではいかんと、鬼に更なる力を注ぎ込む。


「くくく……妖傀儡(あやかしくぐつ)の術! さあ……もっとやったるんや鬼い!」


 泡麿はほくそ笑む。



 ◆◇



「ぐう……があああ!」


 にわかに鬼は悶えるかのごとく、大きく吼える。


「……!? 何だ、これは?」


 半兵衛が小首を傾げた、その時である。


 メリメリと音を立て、鬼の背中がいくつか瘤の如く膨れ上がる。


 膨れ上がった瘤は、まるで爛れた肉の塊である。

 やがてそれらは、腕の形を成して行く。


「ひ、ひいい!」

「腕の鬼かい……こりゃあ、また潰し甲斐が出て来たねえ!」


 尚も動じる従者らをよそに。

 半兵衛は臆せず、むしろ嬉々としてこれに対峙する。


 紫丸は、再び蒼き殺気を放っている。


「まだまだお前も喰いたりねえかい……こりゃあ、まだまだ行けるぜ!」


 半兵衛は、再び駆け出す。


「がああ!」


 鬼は、五つに増えた腕を破れかぶれとばかり振り回す。


「出し惜しみしてられんてかい……それも悪くねえが!」


 半兵衛は向けられた腕を、紫丸にていなし。

 まず一つ地にめり込ませる。


「それだと……筋が乱れっぞ!」


 半兵衛はそのまま飛び上がり、鬼がそんな彼目掛け放った拳をまたも紫丸にて受け止める。


 そうして、そのまま。


「おうりゃあ!」

「がああ!」


 拳を縦に、真っ二つに斬り裂く。

 鬼は痛みに悶えつつも、尚も残りの三つの腕を半兵衛に当てんとして振り被る。


「おうっと! こりゃあ中々だなあやっぱり!」


 半兵衛はそれをあっさりと躱す。

 と、その時。


「……ん?」


 鬼の拳を斬り裂き、その胴へ迫りつつある彼は。

 ふとおかしな様を覚える。


 それは。


「これは……何か妖気が一つだけ違う所が……ぐっ!」


 しかし、半兵衛はそのおかしな様に少し呆けてしまい。


 その隙を、鬼の拳に突かれてしまう。

 たちまち鬼により殴り飛ばされそうになる半兵衛であるが。


「くっ……まだまだだあ!」

「なっ……!」

「ほほう……これはやる奴やなあ。」


 半兵衛は何と、その拳の先にしがみついている。

 これには聴子や従者ら、さらに泡麿も呆気に取られる。


「ぐぐ……さあて! あんたには……そろそろ尻尾巻いてもらわねえとなあ!」


 半兵衛はしがみつきつつ、紫丸を離さず。

 そうして今一度、紫丸を振り上げる。


「うりゃああ!」

「がああ!」


 半兵衛は、再び鬼の拳を縦に真っ二つに斬り裂く。

 蒼き殺気纏いし刃は、その鬼の血と混じり合い紫に染まる。


 そうして。


「ようし……取った!」


 半兵衛は再び、胴に至る。

 そのまま、勢いよく鬼の胴を斬り裂く。


 その刹那、鬼の身体は弾け。

 潰れた果物のごとく血肉となり散らばる。


「くっ、これは!?」

「ち、中宮様!」

「し、氏式部! くっ!」

「皇子様、お隠れ下さい!」

「は、ははうえ!」


 聴子や従者らは、この有様に恐れを成し皆で庇い合う。


 その間にも潰れた鬼の身体は、紫丸に吸い込まれて行き――


「……刃は、また紫に染まるか。」


 半兵衛は紫丸の刃をまた見る。

 蒼き殺気はやはり、鬼の血肉の赤と混じり合い紫に染まる。


「! ち、中宮様!」

「……お、収まりしか……」


 聴子らは、ようやく目を開ける。

 先ほどの騒ぎは、嘘であったように。


 今や周りは、静まり返っていた。


「ほら、見たか? 妖は喰ってやったぜ……おや?」


 半兵衛は笑みを浮かべ、聴子らに歩み寄る。

 しかし。


「そなた……何者だ!」

「……おやおや、これは穏やかじゃねえなあ。せっかくあんたらを救ってやった恩人に」

「黙れ! そなたのその刃……先ほどの妖と同じく危うき者! 中宮様に近づけることなど」


 聴子の従者らは、半兵衛に刃を向ける。

 半兵衛も、今は紫丸を鞘に収め両の手を上げているが。


 今や半兵衛は、彼らにとって妖と同じく恐ろしい物でしかない。


 と、その時である。


「お待ちなさい! 皆、鎮まれ!」

「!? ち、中宮様!」


 従者らが騒めく。

 果たして、彼らの主人たる中宮聴子が場を諫めた。


「し、しかし中宮様」

「その者は、妖より私を救ってくれた! ……若者よ、礼を言うぞ。」

「ち、中宮様!」


 聴子は半兵衛を恐れず、従者らに道を開けろとばかり進み出る。


「あ、いやあそんな……ん!?」

「!? ど、どうしたのだ!」


 その時。

 半兵衛はにわかに、ふらつく。


「そ、そうだ……腹が減っていたのを、忘れていた……」


 そのまま半兵衛は、倒れる。


「ち、中宮様……いかがいたしましょう……」

「ううむ……」


 にわかに倒れた半兵衛を前に、中宮らが戸惑っていると。


「聴子、聴子よ!」

「!? ち、父上!」

「き、清栄(きよさか)様!」


 そこへ、他の従者らと共に駆けつける者が。

 それは、静清栄(しずかのきよさか)


 今をときめく、静氏一門が棟梁たる太政大臣である。

 これには、聴子の侍女や従者ら全てが跪く。


「父上……」

「聴子、先ほど従者より聞いた! そなたは……そして皇子は大事ないか!」


 聴子の前で、清栄は父としての顔を見せる。


 ◆◇


「兄者、早う!」

「そう急かすな……実庵(さねいお)!」


 都の小路を、従者らを率いて馬にて急ぐ者たちがいた。


 今話している水上(みなかみ)頼常(よりとこ)実庵(さねいお)の兄弟である。


 尾張(現愛知県)を治める水上家の出である。

 今は、尾張と都を行き来しつつ都の守りの任にもついている。


「先ほど、遠くに何やら妖しき光が見えたが……あれはもしや、件の中宮様が妖に襲われしことと何か関わりがあるのだろうか?」


 頼常は、首を捻っている。


「ああ……だから、それを確かめるためにもこうして急いでいるのではあるまいか! さあ……兄者、早う!」

「くっ……分かったから、気ばかり焦るのは止めぬか!」


 頼常は尚も急かす弟を、窘める。


 ◆◇



「まあよい……しかと見せてもらったぞ。」


 再び場は、中宮が襲われし所の近くにて。

 物陰よりこの有様を見ていた以人王は、満足げに微笑む。


「……ん?」

「!? 氏式部、どうした?」


 にわかにそっぽを向いた氏式部を、聴子は訝しむ。


「いえ……何でもございません。」


 氏式部は作り笑いにて答える。

 果たして氏式部が見た物陰には既に、以人王の姿はなかったのである。



 ◆◇



「……ん? ここでよいのだな……」


 以人王は、大内裏の部屋の一つへと入る。

 時は、聴子が鬼に襲われてすぐ後。


「入るぞ……うむ? まったく、まだ来ておらぬのか!」


 以人王は周りを見渡し、ため息を吐く。

 まったく、人を呼び出しておきながら。


 と、その時であった。


「お呼びですか、以人王。」

「!? お、驚いた……影の、中宮か……」


 いないと思いきや、御簾越しににわかに声を出した女――彼曰く、影の中宮に驚く。


「そなた……私を威かすつもりであったな!」


 驚かされた気恥ずかしさもあり、以人王は影の中宮を責める。


「ほほ……申し訳ございませぬ。時に……妖と妖喰いはいかがでしたか?」


 影の中宮は事も無げに返し、本題を切り出す。


「ああ……そうであるな。」


 影の中宮のその言葉に、以人王は苛立ちを収める。


「うむ、あれほどの力であれば……必ず成し遂げられようなあ! 我が悲願たる、静氏打倒を……!」


 以人王は、ほくそ笑む。

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