#2 使手〜THE PLAYER OF THE EATER〜
「ふむ……よし、これだけ刀の欠片が集まればよかろう。」
一人の鍛治師が、焼野原となった都にいた。
時は、今上の帝より百年余り前。
かつての百鬼夜行の少し後に遡る。
彼らは武具の欠片集めに日々励む。
全ては、焼野原では成り立たぬ生業を成り立たせるためである。
せめて、仕入れ値だけでも浮かせようというのだ。
そうして、ある日。
あの百鬼夜行より一つ年が過ぎ去ろうとしていた頃。
「よし、ついに一振りできたぞ。」
一人の鍛治師が、刀を打ちあげた。
「この刀、果たしていくらで売れようか…」
未だただ一振りとはいえ、これをつづければ生業を立て直せると、鍛治師は心を躍らせる。
と、その時。
刀の刃が青く光り出した。
それだけでなく、何やらおかしな音がする。
「……人の、呻き声か?」
それは風の音とも、呻き声ともつかぬ音。
そしてその背後に。
鍛治師めがけ、迫る者が。
「……あ、妖!」
「うう……ぐああ!」
鍛治師は思わず、振り向きざまに握っていたあの青き光る刃を振り下ろし――
◆◇
「妖の血と混じり合って……それで紫丸、なあ。」
半兵衛は横目にて、妖の血が滲む自身の刃を見つめつつ呟く。
再び、今上の帝の世。
空腹にて倒れていた彼は。
にわかに響いた、今上の帝が中宮・聴子の声を聴き。
鬼に襲われかかっていた聴子を守るべく、立ち向かっているのである。
「がああ!」
「おや? おっとっと!」
しかし、うっかり紫に染まりし己の刃に見入ってしまっていた半兵衛は。
再び鬼が振り下ろした拳を、紫丸にて受け止める。
「おお……こりゃあ、腕が鳴るねえ!」
が、半兵衛は別段動じず。
次には紫丸を大きく振るい、鬼を跳ね飛ばす。
「がああ!」
「おやおや……何だい、怒らせちまったかな?」
鬼は、歯軋りしつつ目を半兵衛に向けて光らせている。
明らかに、怒っている有様である。
「まあいいや……さあ、鬼さんこちら! 手の鳴る方へえってな!」
半兵衛は戯けて見せ、鬼を煽る。
そのまま鬼は、半兵衛目掛け向かって来る。
「な……何なのだ彼奴は!」
中宮聴子は、声を上げる。
妖を恐れるどころか、何やら光る刀を携えむしろ嬉々として妖に向かって行くあの男は、何者なのか。
「中宮様! ご無事ですか?」
「ああ、氏式部……すまぬ。皇子は?」
「はい、何事もなく。今は他の侍女らが。」
「そうか……」
聴子は自らに駆け寄って来た氏式部と話しつつ、今目の前で繰り広げられている戦に対し考えることが。
もしやこれは、あの影の中宮を降す好機かも知れぬということ。
「彼奴ならば……もしや」
「!? 中宮様?」
にわかに呟き始めた聴子を、氏式部は訝しむ。
「あ……いやすまぬ。何でもない。」
聴子は、恥ずかしげに目を逸らす。
しかし、この者は使えるやも知れぬ。
聴子は、密かに微笑む。
「おうりゃ!」
「ぐああ!」
半兵衛は鬼が繰り出す拳を、尚も紫丸にて受け流し続ける。
「ひ、ひいい!」
「あ? ……ああ、そうだ。そこの人たち、さっさと尻尾巻いて帰れっての! ここにいられてもよお、はっきり言って戦の妨げになるだけなんでね!」
半兵衛は、自らの後ろで縮み上がっている中宮の従者らに言う。
「くう……言わせておけば!」
「し、しかし……悔しいがあのみすぼらしき若者の申す通りなのでは?」
「くっ……おのれ!」
従者らは半兵衛の姿を見て、歯軋りする。
確かに半兵衛の言う通り、彼ら自らがあの鬼と渡り合うなどと考えられぬ。
◆◇
「なるほど……中々にやりよるなあ。ならば……これならどうや!」
妖を操る男・泡麿はこの有様を鑑み。
このままではいかんと、鬼に更なる力を注ぎ込む。
「くくく……妖傀儡の術! さあ……もっとやったるんや鬼い!」
泡麿はほくそ笑む。
◆◇
「ぐう……があああ!」
にわかに鬼は悶えるかのごとく、大きく吼える。
「……!? 何だ、これは?」
半兵衛が小首を傾げた、その時である。
メリメリと音を立て、鬼の背中がいくつか瘤の如く膨れ上がる。
膨れ上がった瘤は、まるで爛れた肉の塊である。
やがてそれらは、腕の形を成して行く。
「ひ、ひいい!」
「腕の鬼かい……こりゃあ、また潰し甲斐が出て来たねえ!」
尚も動じる従者らをよそに。
半兵衛は臆せず、むしろ嬉々としてこれに対峙する。
紫丸は、再び蒼き殺気を放っている。
「まだまだお前も喰いたりねえかい……こりゃあ、まだまだ行けるぜ!」
半兵衛は、再び駆け出す。
「がああ!」
鬼は、五つに増えた腕を破れかぶれとばかり振り回す。
「出し惜しみしてられんてかい……それも悪くねえが!」
半兵衛は向けられた腕を、紫丸にていなし。
まず一つ地にめり込ませる。
「それだと……筋が乱れっぞ!」
半兵衛はそのまま飛び上がり、鬼がそんな彼目掛け放った拳をまたも紫丸にて受け止める。
そうして、そのまま。
「おうりゃあ!」
「がああ!」
拳を縦に、真っ二つに斬り裂く。
鬼は痛みに悶えつつも、尚も残りの三つの腕を半兵衛に当てんとして振り被る。
「おうっと! こりゃあ中々だなあやっぱり!」
半兵衛はそれをあっさりと躱す。
と、その時。
「……ん?」
鬼の拳を斬り裂き、その胴へ迫りつつある彼は。
ふとおかしな様を覚える。
それは。
「これは……何か妖気が一つだけ違う所が……ぐっ!」
しかし、半兵衛はそのおかしな様に少し呆けてしまい。
その隙を、鬼の拳に突かれてしまう。
たちまち鬼により殴り飛ばされそうになる半兵衛であるが。
「くっ……まだまだだあ!」
「なっ……!」
「ほほう……これはやる奴やなあ。」
半兵衛は何と、その拳の先にしがみついている。
これには聴子や従者ら、さらに泡麿も呆気に取られる。
「ぐぐ……さあて! あんたには……そろそろ尻尾巻いてもらわねえとなあ!」
半兵衛はしがみつきつつ、紫丸を離さず。
そうして今一度、紫丸を振り上げる。
「うりゃああ!」
「がああ!」
半兵衛は、再び鬼の拳を縦に真っ二つに斬り裂く。
蒼き殺気纏いし刃は、その鬼の血と混じり合い紫に染まる。
そうして。
「ようし……取った!」
半兵衛は再び、胴に至る。
そのまま、勢いよく鬼の胴を斬り裂く。
その刹那、鬼の身体は弾け。
潰れた果物のごとく血肉となり散らばる。
「くっ、これは!?」
「ち、中宮様!」
「し、氏式部! くっ!」
「皇子様、お隠れ下さい!」
「は、ははうえ!」
聴子や従者らは、この有様に恐れを成し皆で庇い合う。
その間にも潰れた鬼の身体は、紫丸に吸い込まれて行き――
「……刃は、また紫に染まるか。」
半兵衛は紫丸の刃をまた見る。
蒼き殺気はやはり、鬼の血肉の赤と混じり合い紫に染まる。
「! ち、中宮様!」
「……お、収まりしか……」
聴子らは、ようやく目を開ける。
先ほどの騒ぎは、嘘であったように。
今や周りは、静まり返っていた。
「ほら、見たか? 妖は喰ってやったぜ……おや?」
半兵衛は笑みを浮かべ、聴子らに歩み寄る。
しかし。
「そなた……何者だ!」
「……おやおや、これは穏やかじゃねえなあ。せっかくあんたらを救ってやった恩人に」
「黙れ! そなたのその刃……先ほどの妖と同じく危うき者! 中宮様に近づけることなど」
聴子の従者らは、半兵衛に刃を向ける。
半兵衛も、今は紫丸を鞘に収め両の手を上げているが。
今や半兵衛は、彼らにとって妖と同じく恐ろしい物でしかない。
と、その時である。
「お待ちなさい! 皆、鎮まれ!」
「!? ち、中宮様!」
従者らが騒めく。
果たして、彼らの主人たる中宮聴子が場を諫めた。
「し、しかし中宮様」
「その者は、妖より私を救ってくれた! ……若者よ、礼を言うぞ。」
「ち、中宮様!」
聴子は半兵衛を恐れず、従者らに道を開けろとばかり進み出る。
「あ、いやあそんな……ん!?」
「!? ど、どうしたのだ!」
その時。
半兵衛はにわかに、ふらつく。
「そ、そうだ……腹が減っていたのを、忘れていた……」
そのまま半兵衛は、倒れる。
「ち、中宮様……いかがいたしましょう……」
「ううむ……」
にわかに倒れた半兵衛を前に、中宮らが戸惑っていると。
「聴子、聴子よ!」
「!? ち、父上!」
「き、清栄様!」
そこへ、他の従者らと共に駆けつける者が。
それは、静清栄。
今をときめく、静氏一門が棟梁たる太政大臣である。
これには、聴子の侍女や従者ら全てが跪く。
「父上……」
「聴子、先ほど従者より聞いた! そなたは……そして皇子は大事ないか!」
聴子の前で、清栄は父としての顔を見せる。
◆◇
「兄者、早う!」
「そう急かすな……実庵!」
都の小路を、従者らを率いて馬にて急ぐ者たちがいた。
今話している水上頼常・実庵の兄弟である。
尾張(現愛知県)を治める水上家の出である。
今は、尾張と都を行き来しつつ都の守りの任にもついている。
「先ほど、遠くに何やら妖しき光が見えたが……あれはもしや、件の中宮様が妖に襲われしことと何か関わりがあるのだろうか?」
頼常は、首を捻っている。
「ああ……だから、それを確かめるためにもこうして急いでいるのではあるまいか! さあ……兄者、早う!」
「くっ……分かったから、気ばかり焦るのは止めぬか!」
頼常は尚も急かす弟を、窘める。
◆◇
「まあよい……しかと見せてもらったぞ。」
再び場は、中宮が襲われし所の近くにて。
物陰よりこの有様を見ていた以人王は、満足げに微笑む。
「……ん?」
「!? 氏式部、どうした?」
にわかにそっぽを向いた氏式部を、聴子は訝しむ。
「いえ……何でもございません。」
氏式部は作り笑いにて答える。
果たして氏式部が見た物陰には既に、以人王の姿はなかったのである。
◆◇
「……ん? ここでよいのだな……」
以人王は、大内裏の部屋の一つへと入る。
時は、聴子が鬼に襲われてすぐ後。
「入るぞ……うむ? まったく、まだ来ておらぬのか!」
以人王は周りを見渡し、ため息を吐く。
まったく、人を呼び出しておきながら。
と、その時であった。
「お呼びですか、以人王。」
「!? お、驚いた……影の、中宮か……」
いないと思いきや、御簾越しににわかに声を出した女――彼曰く、影の中宮に驚く。
「そなた……私を威かすつもりであったな!」
驚かされた気恥ずかしさもあり、以人王は影の中宮を責める。
「ほほ……申し訳ございませぬ。時に……妖と妖喰いはいかがでしたか?」
影の中宮は事も無げに返し、本題を切り出す。
「ああ……そうであるな。」
影の中宮のその言葉に、以人王は苛立ちを収める。
「うむ、あれほどの力であれば……必ず成し遂げられようなあ! 我が悲願たる、静氏打倒を……!」
以人王は、ほくそ笑む。