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京都の王〜THE KING OF THE CAPITAL〜  作者: 宇井九衛門之丞
第2章 蜂起(水上兄弟編)
15/62

#15 東乱〜THE UPRISING IN THE EAST〜

「ううむ……ようやく安房国(現千葉県)か。」


 船より泉頼暁は外を見て、ため息を吐く。

 誠であれば、新たな地に落ち延びたことを喜ぶべきなのだろうが。


 到底そんな心持ちにはなれない。


 半兵衛や妖を使い、静氏への謀反を企てた以人王の挙兵より既に幾月か経ち。


 その後、乱に与した大寺社らの処遇の話し合いなどで、宮中は乱れていた。


 そんな中、以人王の令旨により。

 東国は伊豆にて、泉頼暁は積年の屈辱を晴らすべく蜂起していた。


 彼は手始めに、伊豆を治める山樹兼高を討ち取る。

 が、静氏方に攻められ。


 石橋山に逃げ込み、静氏方に見つかりかけるも事なきを得た。


 しかし、この東国の戦にて妖の害があり。

 その知らせは、都にももたらされた。


 それにより、半兵衛が東国に行かされる話も出かけていたのだが。


 いかんせんただ一人の妖喰いが京を後にする訳にも行かず、動けぬまま時が過ぎ去ろうとしていた。


 そこへ水上兄弟が、新たな妖喰い・翡翠を持ち都へと舞い戻ったことにより。


 半兵衛の東国行きは、ようやく果たせるようになったのである。


 が、その矢先であった。

 東国へ出立せんとした半兵衛らを、妖・胴面の群れが襲った。


 それらを結界にて防いでくれた者が、陰陽師・阿江刃坂麿である。


 その刃坂麿と水上兄弟の助けにより、半兵衛は静氏の従者らと共に刃坂麿の式神に乗り東国に向かっていた。


 左様な中、石橋山にて事無きを得ていた頼暁は安房国に今落ち延びんとしていたのである。


 既に、時は長月(九月)にならんとしている。


「頼暁様! ここで我らにもまだ機は残されておりましょう。今一度、ここにて再起を!」

「うむ……」


 実衡の言葉に、頼暁は顔を曇らせる。

 石橋山にてかろうじて拾い上げた――より言うなれば、一人の侍により拾われた――この命。


 樫原景刻。

 それが、頼暁の命を救ってくれた男の名である。


 しかし、それはその男の計らいなしには自らの命があったかどうかさえ危うかったという話でもある。


「私はかような有様で……誠にこの国を変えるなどとできうるのか?」

「よ、頼暁様! さようなことは」


 頼暁は頭を抱えつつ言う。

 出鼻を挫かれた思いである。


「……と、兎にも角にも! この房総には、未だ頼暁様に味方してくれよう者たちもおりましょう!」


 実衡はそんな頼暁を励ます。


「……うむ、そうであるな。あの景刻にも恩を返さねばならぬし……今は、進むより他ない。」

「は、左様でございます!」


 頼暁の言葉に、実衡は笑みを返す。


 ◆◇


「……よし、来たな。」


 半兵衛は地を踏みしめて感じる。


 東国に、来たのだと。

 この山――件の頼暁が逃げ込んだという石橋山に降り立ったのは都を出てよりそこまで時が経たぬ内だったが。


 改めて地を踏みしめるとひとしお感じ入るものがある。


「半兵衛殿。」

「ああ、すまねえ……そうだな。」


 思わず、そんな思いに浸っていた半兵衛だったが。

 随伴の静氏の兵らに窘められ、我に返る。


 そう、ここに来た目当ては。


「さあて……紫丸は、まだ嗅ぎつけちゃいねえな。」


 半兵衛は紫丸を鞘より持ち上げ、刃を見る。

 刃は、日の光を受けて白銀に輝いている。


 妖の匂いを嗅いだ時の、青ではない。


「……少し、場を移そうや。もう、ここにはいねえかもしれねえし。」

「うむ、承知した。」


 半兵衛の言葉を受け、静氏の兵らも彼に続き歩き出す。


 式神を待たせている所へ。


「もしかしたら……次に、泉氏との戦になる所に現れるんじゃねえか?」

「な! ……なるほど、確かにそれはあり得る。」


 半兵衛の言葉に静氏の兵の一人は驚きつつも、すぐに首肯する。


 確かに、前に妖が出たというのも戦のさなかであったからだ。


「……行こう。」


 ◆◇


「……よし、皆急げ!」

「応!」


 時が経ち、長月も半ばほどになった頃。

 頼暁は軍勢を率いて、安房国を出る。


 未だ、加勢はないものの。


「頼暁様! これにて千場(ちば)殿と下総(しもうさ)殿が後ほど加われば、我らは盛り返せましょうな!」

「実衡……未だ、皮算用に過ぎぬ! 加勢を請うたからといって、我らに与してくれるとは限らぬからな。」

「あ……も、申し訳ございません!」


 突き進むさなか、馬上にて。

 楽しげに語る実衡を、頼暁は諫める。

 安房国にて頼暁は、二人の侍に加勢を請うていた。


 千場――千場経胤(ちばつねたね)

 下総――下総広恒(しもうさひろつね)


「奴らが加勢してくれるとすれば……下総国府になる。そこにて待つぞ。」

「はっ、頼暁様! ……その後は、どうされますか?」

「ふふっ、実衡……よくぞ聞いてくれた!」

「お、おお! よ、頼暁様!」


 頼暁が先ほどとは打って変わり楽しげな顔になり。

 実衡も身を乗り出す。


「父上のいた所――鎌倉へ行く!」

「おお……な、なんと!」


 実衡は頼暁の言葉に、心底驚く。


 鎌倉。

 今頼暁が言った通り、彼の父・義暁が住んでいた地である。


 そこに入るということは、名実共に頼暁が泉氏総大将を亡き父より引き継ぐということを表していた。


「よ、よし……皆の者! 兵を急かせ、一刻も早く鎌倉へ!」

「これ、実衡! まずは下総国府が先であろう? これしきの力では鎌倉へなど、入れるか!」

「あ……こ、これは申し訳ございませぬ!」


 実衡と頼暁のやりとりに、兵らからはどっと笑いが起こる。


「まったく……誠にそなたはそそっかしい!」

「も、申し訳ございません! ぜ、善は急げと思いまして。」


 頼暁は呆れつつも顔に笑みを湛えたまま言う。

 そう、善は急げ。


 それは裏を返せば、(よう)は急ぐな――すなわち、(あやかし)はゆっくり出て来いということなのか。


 さすがに実衡が、そこまで考えた訳ではあるまいが。


「!? 皆、止まれ!」

「! は、はい!」


 にわかに頼暁が、何かを見つけ。

 軍勢の歩みを止める。


「よ、頼暁様?」

「……見よ。」

「え? ……ひいい!」


 頼暁の指差す方を、兵らが見れば。

 彼らの前よりのっそりと、()()が出て来る。


 それは、無論。


「あれは……件の妖か!?」


 頼暁は我が目を疑う。

 それは、石橋山の隣山に出たという妖。


 角なき牛のごとき身体に、足毎に一つずつの爪を持つ者、畏畾(わいら)


 その妖は今もまさにのっそりと、しかし確かに頼暁らの軍勢を見据え近づく。


「ひ、ひいい! よ、頼暁様!」

「うむ……妖よ! そなたが隣の山に出てくれしことにより我らは助かった! 礼を言う。」

「よ、頼暁様!?」


 実衡は怯えるが。

 頼暁は臆せず、どころか妖に礼を言う。


 確かに、石橋山の一件では。

 この妖と、かの樫原景刻により助けられたことにより頼暁らは討たれるを免れたのである。


 しかし、だからといって妖に礼を言うかと実衡ら兵は呆れるばかりであるが。


「グルル……ぐああ!」

「ううむ……やはり、人の言葉は分からぬか!」


 畏畾は先ほどまでのっそりとした動きであったのが、嘘のように。


 軍勢と、前に進み出た頼暁を睨み。

 喰わんとして、飛びかかる。


「こ、この! 他ならぬ頼暁様からのお礼を嘲笑うとは」

「よい、実衡! やはり……分かり合えはせぬ妖と人よ!」


 実衡は畏畾を咎めるが。

 頼暁は分かり切ったこととばかり、刃を抜く。


 と、その時であった。


「……ぐああ!」

「! な、何が!」

「え……? いや、分かりませぬ! に、にわかに空より光が」

「よう……間に合ったかい!」

「な……何だあれは!」


 畏畾に向けて、空より何やら光の刃が降り。

 戸惑う頼暁一行を前に、現れしは半兵衛である。


 ◆◇


「よいしょっと! ……ああ、やっぱり戦場に出やがったな!」


 空の式神より地に降り立った半兵衛は、悶えている畏畾を睨む。


「な、何だそなたは?」

「え? ……あ、あんたもしかして、泉頼暁さんとやらかい?」

「な! そなた、何と無礼な」

「がああ!」

「ひ、ひいい!」


 後ろより頼暁が問うたことに対し、半兵衛が返した礼節の欠片もない言葉に。


 実衡は怒るが、再び牙を剥き始めた畏畾に畏れおののく。


「おやおや……まだ、喰いたりねえか!」

「な、何だ!」


 半兵衛もその手に持つ紫丸の刃先を畏畾に向け。

 再び、嬉々として向かって行く。


 これには聴子や従者らが半兵衛と初めて出会った時と同じく、頼暁一行も目を丸くしてしまう。


 やはり妖を前に喜び勇む者など、尋常ではないのだ。


「おうりゃ!」

「がああ!」

「ぐっ!」


 半兵衛は突き進み、紫丸の斬りを見舞わんとするが。

 畏畾はそうさせじと、右前脚の爪を振るう。


 たちまち、紫丸の刃は畏畾の爪と打ち合い火花を散らす。


「がああ!」

「うおっと!」

「ひいい!」

「いや……こっちに逃げるはまずいか。」


 半兵衛は畏畾の次なる爪の斬りを躱すが。

 自らの後ろには頼暁一行がいることを思い出し、畏畾の後ろを睨む。


「よおし、なら……これでどうだ!」

「グルルっ! ……がああ!」


 半兵衛は紫丸より、殺気の刃を伸ばし。

 畏畾の眼前を翳めさせ、怒らせる。


「さあ……こっちだ!」

「がああ!」


 そのまま半兵衛自らは、周りの木々を素早く飛び移る。


 畏畾がこれまた、先ほどの鈍さが嘘のごとき速さで半兵衛に向けて身を捩る。


 そのまま、前脚二つを振り上げ。

 半兵衛に向け、振りかぶる。


「うおっと!」

「がああ!」


 半兵衛はすんでの所で、畏畾の爪を殺気の刃で受け止める。


「さて……これでひとまず狙い通りだが……」


 半兵衛は畏畾の爪を受け止めつつ、そこから先はしばし攻めあぐぬく。


「ううむ……もどかしい。」

「? 頼暁様?」

「そなたらは下がっておれ……妖を前に指を咥えて見ておるなど、泉氏が総大将の名折れである!」

「え、よ、頼暁様!」


 が、頼暁も痺れを切らし。

 抜刀し、自らに背(というよりは尻)を向ける畏畾に向かって行く。


「な……お、おい頼暁さん!」

「はあ!」

「グルッ……がああ!」

「よ、頼暁様!」


 そうして畏畾の尻を、斬りつける頼暁だが。

 当たり前ではあるがただの刃が、妖に効くはずもなく。


 たちまち畏畾は身を捩り、獲物を変える。


「ほう……さあ来るがいい、妖!」

「グルッ……がああ!」


 畏畾は頼暁の煽りに、怒り心頭に発し。

 そのまま、頼暁に向かう。


「頼暁様!」

「がああ……があっ!」

「!? な、何だ!」


 が、頼暁が訝ったことに。

 彼に勇み向かって来ようとした畏畾が、前に倒れ込んだ。


 そのまま畏畾の後ろ脚より血肉が噴き出す。

 半兵衛が、後ろ脚を潰したのである。


 半兵衛も紫丸も、妖の血に染まっている。


「まったく……世話の焼ける総大将だな!」

「な……あやつ。」


 頼暁が、呆けている間にも。

 半兵衛はそのまま、高く飛び上がる。


 その手には、先ほど血と混ざり紫に染まりつつも。

 再び妖の血肉を求め、青き殺気に染まった紫丸が。


「がああ!」

「くっ……こやつ!」


 畏畾の叫びに、頼暁は我に返る。

 見れば、畏畾は残った前脚二つのみで身体を起こし鳴いている。


「がああ!」

「この!」

「おうりゃああ!」


 恐れ知らずにも、尚畏畾に挑まんとする頼暁であるが。


 半兵衛が上より、紫丸を振り下ろしつつ降って来る。


 しかし畏畾も、前脚のみになりつつも素早い。

 そのまま、頼暁に飛びかからんとする。


「おうりゃ!」

「はあっ!」

「がああ!」

「頼暁様!」


 果たして、戦の行方は――

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