#12 蜂起〜SEN-SEI WARS BEGINING〜
「さあさあ、次のお話を〜!」
今上の帝が、未だ幼い頃。
やはりまだ幼いがため、帝は駄々をこねる。
「はいはい、今お話ししますからお待ち下さい。」
祖母の建礼門院は呆れながらも、微笑んでいる。
「……これは、百年余り前。ある夜の、ことでございました……」
◆◇
ある夜。水上兄弟の寝る間に。
「何奴であるか!」
外より、父の声がする。水上の兄は飛び起き、外をそっと襖を僅かに開け覗き見る。
「……父上!」
水上兄は出んとするが、すぐにおかしな様に気づく。
「紫の、刃……?」
父の目の先には、何やら刃を振り上げた者が。
その刃は、暗い中で何やら怪しく、鈍い光を放つ。水上兄は暗き中でその暗き光を、見つめる。
刃の色は、紫に見える。
刹那。
刃を持つ者は父を、斬る。
「父上!」
水上兄は、気がつけば叫んでいた。
その声に気づいた刃の者は、次には水上兄らの眠る屋敷の中へ、迫る。
「兄者、何を……」
叫び声に飛び起きた水上弟であるが、既に刃の者は、襖を切り裂き屋敷の中へと。
「う、うわあ!」
水上弟は叫ぶ。兄は周りを見渡す。
自らの刀を置いた所まで、届くか。
しかし、水上兄はすぐにその考えを振り払う。今自らが動けば、丸腰たる弟はどうなる。
水上兄は弟を庇い、その前に立ち塞がる。
しかし刃の者は既に、二人に迫る。
「く、くそ!」
「兄者!」
水上の兄弟は叫ぶ。
このまま、終わるのか――
が、刹那。
刃の者は振り向き、自らの後ろより迫る刃を受け止める。
見ればそこには、二人の人影が。
「……隙ありである!」
水上兄はすかさず刃をとり、刃の者の背を斬りつけんとして――
「なっ!」
が、刃の者はにわかに消える。
「追うぞ!」
「はっ!」
二人の人影も、刃の者を追い消える。
「ち、父上! 父上!」
弟の声に水上兄は振り返る。
そこには、刃により斬られた父の姿が。
◆◇
「……はあ、はあ!」
半兵衛は飛び起きる。
いつもの、夢か。
半兵衛や妖を使い、静氏への謀反を企てた以人王の挙兵より既に幾月か経ち。
その後、乱に与した大寺社らの処遇の話し合いなどで、宮中は乱れていた。
「こんな時にこんな夢とはな……まったく、嫌な見通ししか立たねえぜ。」
と、その時である。
何やらばたばたと、屋敷の中を走り回る音が聞こえる。
半兵衛が、襖に耳を澄ませば。
従者らの声が、聞こえ来た。
「い、伊豆にて挙兵だと!」
◆◇
「き、挙兵ですか!」
「うむ……私が総大将として、真っ先に兵を挙げねばと考えておる!」
妻の父にして家臣たる、北條時益を前に。
泉氏が総大将・泉頼暁は高らかに言う。
時は、半兵衛が水上兄弟の夢を見る時より幾日か遡る。
彼には叔父に当たる、父・義暁が十男坊・雪家。
その叔父より以人王が"令旨"を受け取ってから、ずっと考えていたことであった。
「我が父・義暁は清栄の手にかかり殺された……そうして私は尾張にて捕らえられ、この伊豆へと流されたのだ。……くっ、おのれ!」
言う間にも、怒りがこみ上げて来たのか。
頼暁は近くの柱を、殴りつける。
「よ、頼暁様!」
「時益よ……かつては静氏方であったそなたにも、随分と世話になったが……今一度、世話になる!」
「は、ははあ!」
時益は頼暁の言葉に、ひざまずく。
「直ちに、主だった侍らを呼べ! ……静氏を討つべくこの泉氏が総大将・泉頼暁は出陣する!」
頼暁は力強く、言い放つ。
かくして、時は葉月(八月)。
頼暁は東国の泉氏方武者を率いて、伊豆を治める山樹兼高の館を攻め落とし。
その首を取ったのだった。
しかし、頼暁の軍勢では伊豆一国を掌握するに遠く及ばず。
そうこうする内、頼暁の謀反を嗅ぎつけた静氏方の武者・大場景近が兵を率いて彼を迎え討つべく出陣した。
戦場となったのは相模国(現神奈川県)は石橋山。
兵の数で劣る頼暁の軍はたちまち劣勢となり。
山中に逃げ込む。
「急げ! 大将たる泉頼暁を何としても探し出すのじゃ!」
景近は、兵らに叫ぶ。
この相模の見浦一族が、頼暁の軍勢に合流すべく迫っているということもあり、何としてもここにて滅ぼしておきたいのである。
「景近殿、私も仇の大将探しに着いて行きたく申し上げる。」
「……景刻殿か。」
景近の前に現れたのは、同じく静氏方たる侍・樫原景刻。
「どういう風の吹き回しじゃ?」
「何の。ただ、手柄を上げとうなったのみよ。」
「……よい、行こうぞ。」
景近は景刻に、同行を許す。
「……さあ、皆の者も! 木の根、草の根掻き分けてでも大将を探し首を取れ!」
「応!」
景近は、再び山中の兵らに命じる。
「ひ、ひいい! く、首を取るなどと……」
「……実衡、少し黙っておれ。」
翻って、その頼暁は。
山中の洞穴にて、従者の土井実衡らと共に。
じっと隠れ潜んでいた。
そこへ聞こえた声が、先ほどの景近の声である。
首を、取れなどと――
と、その時であった。
「うむ、怪しげな洞穴があるぞ!」
「!? ……っ!」
すぐ外より聞こえた声に。
実衡は叫び声を上げかけ、何とか堪える。
「(……ひとまず、黙っておれ。)」
頼暁の、そう物語る目を横目で見つつ。
果たして、そこへ松明を携え入って来た者は。
「……!」
「(ひ、ひいい!)」
静氏方たる、樫原景刻である。
もはや、これまでか――
実衡がただ、死を悟った刹那であった。
「……景近殿。ここには誰もおらぬ。」
「(!?)」
「……?」
景刻のこの言葉には、実衡・頼暁が共に驚く。
「ほう……? ……しかし、まだ奥まで見ておらぬだけではないか?」
景近は景刻の言葉を、鵜呑みにはしない。
「いや、既に確かめた。……この洞穴には、何もない。」
景刻も、少しも引かぬ。
「(な、何か分からぬが……た、頼む、どうか!)」
実衡は景刻に、光明を見出し。
ひたすらに、祈り続ける。
と、その時であった。
「い、一大事にございます!」
「!? な、何事じゃ!」
景近に、彼の従者の一人が走り寄る。
「と、隣の山より……あ、妖と思しき物が! す、既に兵を幾名か殺めた模様!」
「何!?」
景近はこの言葉に、耳を疑う。
その間に景刻は、頼暁らに会釈するや。
素早く、洞穴を出る。
「……景近殿。もしやその妖は、泉氏の回し者ではないのか?」
「!? な、何い!」
景近は景刻の言葉に、更に驚く。
「泉氏方が大義名分として御旗に掲げていた、亡き以人王の"令旨"である。泉氏が、亡き以人王の遺志を継いでいるとすれば……その以人王が操っていたという妖も、引き継いでいるのでは?」
「何!?」
景近は重ね重ね驚く。
と、すれば。
「まさか……頼暁は。」
「うむ……隣の山にいるのであろう。せめてもの抗いに、妖を操っているのじゃ!」
「くっ……ただちに兵を、隣の山へ!」
「はっ!」
景近も、景刻の言葉を信じ。
兵らを纏めて、隣の山へと急ぐ。
たちまち洞穴より、そして石橋山より。
静氏の軍勢は、離れて行く。
「……よ、頼暁様! た、助かりましたな!」
「うむ……樫原景刻、我らを助けてくれし者か。」
頼暁は、景刻に心の中で礼を言う。
いつか、褒美を。
「しかし頼暁様……妖など使われたりは?」
「……無論、覚えがない。」
「で、でございますよね〜……」
実衡の言葉に、頼暁は首を横に振る。
そう、そればかりは全く覚えがないのである。
◆◇
「して、東国にて泉頼暁は挙兵した模様!」
「ううむ……」
石橋山の戦より幾日か後。
大内裏にて。
清栄の報せに、帝は頭を抱える。
戦の報せは、早馬にて既に都にももたらされていたのだ。
「彼奴らは手始めに、伊豆の山樹兼高を攻めております! 今、我が方の大場景近らが当たっておりますが……」
「うむ、しかし。……最も憂うべきは、妖か……」
「……はっ。」
清栄の言葉に、帝は頭を抱える。
都にてのみ見られた妖が、東国の戦場でも見られたとは。
静氏方の侍たる景刻の見立てによれば、泉氏方は以人王より謀反のみならず、妖までも引き継いだという。
「……清栄様! 今、泉頼暁を討てば泉氏方の威光を大きく削ぐことが出来ましょう!」
「それを妖などに邪魔立てされるなど、あってはなりませぬ! ここは、半兵衛殿を」
「……ならば! この都に妖が出た時、どうするつもりか?」
「……!?」
従者らは清栄に、半兵衛の東国派遣を促すが。
いつもの如く、一喝する。
「……この都にも、妖が出ぬとは限らぬのだぞ? もし、半兵衛殿がおらぬ中で妖の害があれば……帝や皇子に万が一のことがあっては!」
「ひいい! も、申し訳ございません!」
清栄の言葉に、従者らは怯える。
清栄も、従者らに促された通り頼暁を討たねばという焦りと。
そのために半兵衛を東国にやっている間にもしものことがあってはとの懸念とで、板挟みになっているのである。
「……なあ、水上兄弟は?」
「! あ、半兵衛殿。」
口を噤んでいた半兵衛が、徐に口を開ける。
話をするべきか、ずっと窺っていたのである。
「すまぬ、そなたを蔑ろにするようなことを……水上兄弟は、今尾張に。」
「な! まさか……お父上のこととかか?」
「!? な、何故それを……いや、夢に見たのか。」
半兵衛が水上兄弟のことを言い当て、驚く清栄だが。
すぐに心当たりに気づく。
「ああ、俺は見た。……水上兄弟が屋敷で寝てるさなかに、お父上が外で殺されてしまう夢を。」
「!? な……それは、誠か?」
「? あ、ああ……」
しかし、清栄のこの驚きは半兵衛も解せず。
首を傾げる。
「ああ、すまぬ……水上兄弟は、父が何者かに斬られたとの報せを受けて尾張に行ったのだ。」
「な! そ、そうか……」
次は半兵衛が、驚く。
なるほど、やはり弘人のことといい。
やはり正夢というには、かなり疑いのある夢であったか。
「すまない、当てにならない夢で……」
「いや、よいのだ……しかし、これで水上兄弟は妖喰いどころではなくなってしまったのう……」
半兵衛を宥める清栄だが。
水上兄弟の妖喰いはないのかという話に、自ら肩を落とす。
せめて、それがあれば半兵衛を東国に――
◆◇
「さあて……かかって来い!」
大内裏での謁見より、更に幾日か後。
半兵衛は、妖の気配を紫丸にて嗅ぎつけ。
静氏の兵らと共に、ことに当たっていた。
目の前の妖は、犬のごとき姿の彭侯。
彭侯は唸り声を上げる。
すると、糞を撒き散らす。
「くっ……おい! 行儀が悪いな、糞なら」
自らを棚に上げて彭侯を責める半兵衛だが。
次の刹那であった。
「こ、これは!」
「な、何だ!」
半兵衛や静氏の兵らが、驚いたことに。
彭侯が撒き散らした糞から、数多の木が芽吹き。
やがてそれぞれに柴ほどの大きさの木となり、そこから妖気が湧いたかと思えば。
その妖気は、新たな彭侯となって行く。
たちまちその身には、彭侯の群れが湧いて出る。
「くっ……こいつら!」
半兵衛は周りを睨む。
既に自らも、静氏の兵らも囲まれていた。
一つでもかなり手こずらされたが、この数は更に厄介である。
が、その時であった。
「さあ……貫け、翡翠!」
「!? え?」
「な、あ、妖が!」
半兵衛がにわかに聞こえた声に、戸惑う間にも。
何やら飛んで来たのは、数多の矢。
それらは妖を尽く貫き、血肉へと変え屠る。
「な、何だ……?」
半兵衛は、首を傾げるが。
「驚かせて申し訳ない、半兵衛殿!」
「えっ……?」
「み、水上の兄弟!」
にわかに聞こえた声の方を見れば。
そこには、水上兄弟の姿が。




