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京都の王〜THE KING OF THE CAPITAL〜  作者: 宇井九衛門之丞
第1章 令旨(以人王編)
11/62

#11 決着〜THE DISPUTE BEING SOLVED〜

「以人王さん……あんた、それでいいのかよ!」


 半兵衛は、目の前の妖・鬼に呼びかける。

 それは、以人王が変じたものであった。


 どこかより、京の都にやって来た半兵衛は。

 なけなしの銭を叩いて曰くつきの刀・紫丸を刀屋のオヤジより買う。


 しかし、そのすぐ後に中宮・聴子が妖である鬼に襲われかけている所に出くわし。


 そのまま、かつて見た夢に導かれるがままに曰くつきの刀――妖喰いというらしい――紫丸を振るい鬼を喰らう。


 が、そのすぐ後に腹が減っていたことを思い出し。

 倒れた。


 そうして、聴子を案じてやって来た父・清栄の計らいにより静氏の屋敷へ担ぎ込まれ、もてなしを受けた。


 そうして次の日には、清栄は半兵衛を帝に目通ししたいという。


 しかし、その矢先。

 もてなしを受けた日の夜、半兵衛は来た日に市場で揉めた静氏一門の従者の一人・金助に襲われる。


 終いには謎の札の力により、鬼に変じた金助を半兵衛は紫丸にて喰らった。


 そうして、帝への謁見を迎え。


 楽士らの謠による歓待を受けるが、その楽士の一人の名が弘人――半兵衛がよく見る夢に出て来る、妖喰い使い――の名を持っていることを知り驚いていた。


 更に、これまた夢の中に出て来る水上兄弟が誠におり。


 また、夢の中にて半兵衛が"中宮"と呼んでいた者と同じ声の光の中宮なる者もいることを知り。


 未だ同じく夢に出ていた夏という娘が誠にいるかは分からぬものの。


 半兵衛は、自らが正夢を見ていたと知るのであった。

 しかし、その謁見の最中だった。


 金助と同じく、半兵衛と市場にて揉めた静氏方の従者・白吉が現れ。


 これまた金助と同じく、おかしな札の力により妖に変じたのである。


 半兵衛は躊躇いつつも、そこへ現れた中宮・聴子を守らんという思いから白吉の変じた鬼を斬る。


 そうして、後日。

 半兵衛や水上兄弟を、都を守る任に据えようという話が持ち上がり始める中。


 以人王は、かつての泉氏が総大将・義暁の十男たる雪家を召し出し。


 自らの"令旨"を津々浦々の泉氏勢力やその他静氏に叛意を持つ者たちに送らせ、挙兵を促そうとしていたが。


 雪家の動向は、熊野の重役たる湛曽に知られてしまい清栄に以人王の叛意を知られてしまう。


 そのまま以人王の捕縛へと向かう静氏の兵らに、半兵衛も同行する筈であったのだが。


 にわかに襲って来た妖を斬った折に出て来た文を読み、大内裏に急いだ。


 それは、影の中宮が中宮を殺そうとしているというものであった。


 何とか間に合った半兵衛は、影の中宮との鍔迫り合いの末。


 互いに手傷を負う形になりながらも、何とか"痛み分けに持ち込んだかに思われた。


 しかし、それも束の間。

 半兵衛は影の中宮が刃に塗っていた毒に倒れ、眠り込んでしまう。


 そうして以人王の下に連れてこられ、力添えを迫られるも。


 半兵衛は以人王を妖と同じく、都に仇なす者と見做し断わる。


 今、その以人王は配下らの犠牲に守られ。

 隠れていた宇治平等院を落ち延び、僅かな従者を率いて逃げる道すがらだったのだが。


「以人王さん!」


 半兵衛は、またも妖・鬼――かつては、以人王であった者――に無駄と知りつつ呼びかけるが。


 金助が、白吉がそうであったように。


「がああ!」

「ひいい!」

「く……やっぱり、駄目かい!」


 半兵衛の呼びかけに鬼は腕を振るい周りの従者、であった者たちを襲い答えを示す。


 もはや自らには、人であった頃の心など残ってはいないのだと。


「……止むを、得んてかい!」


 半兵衛は、尚も以人王の従者らには追いつかぬながらも。


 馬上にて紫丸を鞘より抜き、刃先を向ける。

 たちまち妖の匂いにより、刃は熱り蒼き殺気を纏う。


「……せめて、苦しまねえようにしてやる! ……皆、その妖から離れろ!」


 半兵衛は馬上より尚も刃先を向け。

 声の限り、叫ぶ。


「何!」

「な、何だと!」

「だ、誰が!」

「……札は、そこかいい!!」

「う、うわあ!」


 半兵衛の叫びに、以人王の従者らは戸惑うが。

 次の刹那、半兵衛が紫丸より伸ばした殺気の刃に、慌てふためきながら散り散り逃げる。


「ぐうう……がああ!」

「うおりゃあああ!」


 鬼も、自らを狙う刃に気づくが。

 既に、時既に遅し。


「はああ!」

「ぐ……がああ!」


 半兵衛の殺気の刃は、正しく血肉の札――ではなく妖傀儡の棒を捉え。


 そのまま、鬼を縦に斬り裂く。

 鬼は血肉になり、その赤さは蒼き殺気と交わり刃を紫に染めていく。


「あ、兄上! これは!」

「重平、これは! ……これぞ、妖喰いとやらの力よ!」


 紫丸が妖を喰らう勢いにより生じた風に吹かれつつ、半兵衛を後から追って来た知栄・重平は何とかこの景色を見ようと死物狂いで目を見開く。


 それは、凄まじき景色だった。




「……さあて、これで妖は屠ったぜ! 後は頼むわ……静氏さん方よお!」


 半兵衛は紫丸が妖を喰い尽くすと。

 呆ける知栄・重平に呼びかける。


「……あ、ああ! ……謀反人・以人王は妖と化し、半兵衛殿に討ち取られた! さあ、残党共も探し出し捕え討ち取れ!」

「……え、エイエイオー!」


 同じく呆けていた兵らに、知栄は呼びかける。

 兵らもはっとし。


 たちまち、動き出す。


「半兵衛殿、これで帝や父・清栄もお喜びになるであろう!」

「あ、ああ……」


 知栄の讃えの言葉も、半兵衛は上の空にて。

 今しがた、刃を鞘に収めた紫丸に触れつつ考えていた。


「(……以人王さん、あんた……こんな終わり方でよかったのかよ!)」


 ◆◇


「以人王……まあ、油注ぎとしての役ぐらいは果たしてくれましたか。」


 戦場から、少し離れた木の上にて。

 影の中宮は、狐面越しに戦の顛末を見てため息を吐く。


 先ほど以人王を妖に変じさせたのは、この影の中宮であった。


「影の中宮様や。」

「おや……薬売り。」


 下の枝より声がし、影の中宮が目を移せば。

 そこには、泡麿の姿が。


「よかったんかいな? あれ、もっと使い道あったや思うんやけどな。」


 泡麿は、少々口惜しげに言う。


「薬売り……もはや死んだ者のことなど、早く忘れなさい。……して、何の御用で?」


 影の中宮は泡麿を窘め、尋ねる。


「ああ、そや……兄上方が、尾張へ行かれたで。」

「……なるほど。次の計略ですか。」


 影の中宮は泡麿の言葉を受け止めつつ、半兵衛を見遣る。


「……この傷の礼は、いずれ返させていただきますわ。」


 影の中宮は、尚も痛みが疼く右腕の傷――半兵衛につけられた傷にそっと左手を添えつつ。


 狐面の下にて、笑う。


 ◆◇


「……ん?」


 半兵衛は、僅かな妖気を感じて周りを見渡すが。

 何も、見当たらない。


 ◆◇


「ううむ、半兵衛よ! まず……よくぞ、戻った!」

「ああ……心配かけたな。」


 宇治川での戦から、幾日か経った頃。

 清涼殿にて、半兵衛は帝と相見える。


「うむ……此度も我が娘を守ってくれたことのみならず! ……妖と化した謀反人まで討ち取ってくれたとは! 帝、この清栄は半兵衛殿に感謝のしようもございませぬ!」


 清栄は感涙しながら、帝に言う。


「いや、それは……間抜けにもあの影の中宮とやらに、眠らされた落とし前をつけただけで……当たり前だったって言うか……」


 半兵衛は照れ臭げに、頭を掻く。


「……うむ、その影の中宮とやらであるが。……奴らが、近頃都に出る妖共を手配したという話であったな。」

「……はい、帝。」


 しかし帝も清栄も、半兵衛の影の中宮についての話には顔を曇らせる。


「奴は再び、この都を……悩乱するであろう!」


 帝は青ざめつつ、言う。


「はっ、帝! それだけではありませぬ。……以人王が津々浦々の侍に送ったという"令旨"! 東宮はおろか親王ですらない奴がそれを送るなどと無論、不届き極まりなきことでございますが……図に乗りし奴らが、次々と謀反を起こさねばよいのですが。」


 清栄も目を落としつつ、帝に言う。


「うむ……」

「(……あんな戦が、また起こるのか……)」


 半兵衛も清栄のその言葉に、胸騒ぎを覚える。


「……帝。以人王の子らは殆ど出家させましたが……長子が、どこにも見当たりませぬ。」

「……ううむ。」


 清栄は更に言う。

 恐らく、見当たらぬその皇子を旗印に掲げ。


 謀反を画策する者らが、続々と名乗りを上げるであろうと。


「……改めて、半兵衛殿。尚も、都の守りをお願いする! ……我ら静氏一門も、謀反人共よりこの京をお守りせねばなるまい! 皆、励め!」

「……応!!」


 清栄の呼びかけに、静氏一門より勢いを湛えた声が返る。


「……そうでございますな、帝?」


 清栄は帝に、確かめる。


「うむ……半兵衛。今一度、私からも頼む!」


 帝も半兵衛に、頼み込む。


「ああ……もう、その言葉は承っている。……俺はこれからも、京を守り抜く!」


 半兵衛も、力強く返す。


「うむ……それでこそ、京都の王よ!」


 帝は半兵衛を、頼もしげに見つめる。


 ◆◇


「おや、中宮様。ご機嫌麗しく。」

「……女御殿。」


 その頃、後宮にて。


 渡殿で中宮聴子は侍女二人を連れ歩くさなか、同じく侍女二人を連れた女御黎子と出会す。


「影の中宮とやらに、お命を狙われたとか。……お怪我は、ございませんか?」

「ああ、ご心配痛み入る。……しかし私は何事もない。この通りな。」


 黎子の問いに、聴子は腕を広げ応える。


「ええ……惜しくも。」

「ん? 今何と?」


 黎子の言葉尻が聞き取れず、聴子は首を傾げる。


「いえ、何でもございませぬわ中宮様。……では、私はこれにて。」

「う、うむ……」


 黎子はにこやかに礼をし、そのまま中宮とすれ違うようにしてその場を後にしようとする。


「……そのお命、預けているだけですわよ?」

「!? なっ……」

「ち、中宮様!」

「ど、どうなさいました?」


 しかし、その刹那中宮の耳に響いたのは。

 紛れもなく、あの影の中宮の声であった。


 思わず慌てふためき、聴子はよろけ侍女たちに支えられる。


「ま、まさか……そなたが!?」

「……え? ど、どうなさいました中宮様?」


 聴子の問いに、黎子は振り向く。

 しかし、その顔にはただただ戸惑いが浮かんでいる。


 誠に、何か分からぬという顔だ。


「い、いや……何でもない。」

「そうでございますか……何卒、お身体にはお気をつけて。」


 黎子は再び微笑み、その場を後にする。


「(くっ……まさか、女御が?)」


 黎子の後ろ姿を、聴子は見えなくなるまで見つめていた。


 ◆◇


「……兄者、ようやく書けたぞ!」

「うむ、弟よ……もう少し、早く出来ぬか!」


 京の、水上兄弟の屋敷にて。

 兄・頼常は筆が遅い弟・実庵を窘める。


 以人王の挙兵より、既にふた月ほど経った頃。

 かねてより帝から言われていた、兄弟の父に妖喰いについて尋ねる文を。


 実庵は、ようやく書き上げたのである。


「いや、まあそれは……わ、我らも京の守りに駆り出されて忙しかったが故、い、致し方ないではないか! ははは!」

「……まったく、そなたは!」


 頼常は、ヘラヘラと笑う弟に呆れる。


「しかし兄者、姉上はお元気だろうか?」

「! ああ、そうであるな……あの叔父めが、手を出していなければいいのだが……」


 しかし実庵は、にわかに真顔になり。

 頼常もその話には、呆れ顔を曇り顔に変える。


 兄弟の姉姫と、叔父たる水上夕伍(ゆういつ)

 夕伍は、祖父が遊女との間に儲けた子だと言う。


 それを、情け深い兄弟の父が連れて来たのであった。


「しかし彼奴は……姉上を狙っていた! また良からぬことを企んでいるのでは」

「お待ち下さい、頼常様。」

「! つ、綱手(つなで)……」


 兄弟の話の場に、現れたのは。

 兄・頼常の妻たる綱手御前(つなでごぜん)である。


「子のいる前で、左様な話を。」

「ちちうえ〜!」


 傍らには頼常の娘・一姫(いちひめ)も。


「あ、ああ……す、すまぬ……」

「やれやれ……兄者も、(かかあ)には敵わぬか……」

「何か言ったか、実庵?」

「……いや、私は何も。」


 頼常は実庵の言葉を、耳聡く聞き取る。

 実庵はしらばっくれる。


「さ、さあて! 早くこの文を」

「ひ、飛脚う! 水上のご兄弟い! 飛脚が参りましたあ!」

「! おお、良い所に。」


 その時であった。

 飛脚の威勢良い声が、水上の屋敷に響き渡る。


「この文を、父上に」

「はあ、はあ……そ、それが……そのお父上は」

「何?」

「! ち、父上がどうした!」


 渡りに舟、とばかりに文を託そうとする実庵だが。

 飛脚のただならぬ有様に、頼常も寄って尋ねる。


「き、兄弟の父上が……な、何者かに斬られ……」

「!? な、何い!」


 水上兄弟は、耳を疑う。


次回より、第2章 蜂起(水上兄弟編)が開始。

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