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13. 真実を追う人・裏(5)

『一緒に働くって何をするんですか?』


 何もなかった部屋に無造作に段ボールが置かれている。机も椅子もないので、青年は膝上にパソコンを抱えながら床に座り込んでいた。


『探し物をする事務所なんてどうだろう? そういうの得意でしょ』


 手あたり次第に段ボールを開けていく男はにっこりと笑って青年を見た。


『探偵みたいな感じかな』

『探偵って……あなたの場合チート感ありますけどね……』

『じゃあ探偵を名乗るのはやめておこうか』


 男は楽しそうにしていた。


『どうして働くのですか?』


 青年には男のやろうとしていることが理解できなかった。こんなことをしなくても仕事は与えられる。今のところは金銭的な問題もない。


『組織の目を逸らしたいから……かな。特に千宜の』


 男は急に真面目な顔をして青年の方を向いた。


『僕の目的のために君の力を貸してほしい』


 居場所をくれると言って連れ出した男のことを、青年は信頼していた。男の目的が何かなんて、そんなことはどうでもよかった。


『……いいですよ』






 ガクン、と頭が前に倒れた衝撃で気が付いた。

 頭がぼんやりしている。強い眠気と倦怠感に襲われながら、重たい瞼を何とか持ち上げて眼球を左右に動かす。体が背もたれに押し付けられるような感覚と、前方に座席があるのを見てここが車の中であることに気づく。

 少しずつ頭が動き出す。左右の窓は外が見えないようにカーテンがかけられていて、右隣には正面を向いて黙って座っている仁稀の姿があった。


 よかった、無事だった。


 それに安堵して視線を落とすと、縛られた自分の手に厚手の手袋がつけられていることに気が付く。これが視ることを妨害するための道具だと理解するのに時間はかからなかった。

 もう少し辺りを観察してみる。運転席にいるのはあのスーツの男のように見える。助手席には誰もいない。車は二列シートで、後方に座席はないが誰かが隠れている可能性もある。下手なことはできない。


「もう少しで着きますよ」


 いつの間に起きたことに気づいたのか、男はそう声をかけてくる。だが、そのおかげで佐賀は確信した。スーツの男が屋敷にいた男と同一人物であると。


「……どこに?」


 一体どれくらいの時間意識を失っていたのだろう。さっきまでは夜だったが、外はとっくに日が昇っている。

 空腹感が急に押し寄せてきた。


「数日間眠っていたのですから、お腹が空いたのでは?」


 腹の音が聞こえたのか質問を無視してスーツは話をする。気を遣っているように見えて、何か食べ物を差し出すわけでもない。


「数日間も?」

「ええ」


 そのせいか、頭もうまく働かない。どうして車に乗せられているのだろう。どうして寝かされたのだろう。

 フロントガラスから外を見ると木がたくさんあった。あまり広くない道。特徴がなさ過ぎて、通ったことがあるのか、ないのかもよくわからない。


「ここは?」


 スーツは質問に答えなかった。どんな質問にも答えるつもりはないということだろうか。


「ここから少し揺れますよ」


 その言葉通り、車が上下左右に揺れる。タイヤが砂利を踏む音がよく聞こえてくる。どうやら舗装された道路から外れたらしい。

 それから、誰も発言をしないまま車は進んでいった。


「さて」


 しばらくして、その声と共に揺れが止まった。スーツはバックミラー越しに佐賀と目を合わせる。


「彼女は本日処分することになっています」

「⁉」


 ぼんやりとしていた頭が一気にクリアになる。

 今の状況からどうやって彼女を助け出すことができるか、一瞬で考えを巡らせた。


「が、勝手にここまで連れ出しました」

「え?」


 スーツは顔色を変えない。


「彼女もあなたも開放してあげます」


 彼はそう言って車を降りて、佐賀の座席のドアを開ける。そして、躊躇いなく腕の拘束を外した。


「降りてください」


 言われるがままに車を出ると、甘い香りが鼻に届いた。そこはオレンジ色の花で埋め尽くされて、既視感を抱いた。間違いない、ここは視たことがある場所だ。


「そのキンセンカの花畑を越えて、下ると人里に出ますから」


 スーツの男は仁稀の手を取って、彼女も車から降ろした。

 ずっと、彼はシオンの言いなりでどちらかというと敵なのだと思っていた。


「ありがとうございます」


 彼のおかげで仁稀を守れる。彼女を仁穂に合わせることができると、熱い思いが込み上げてくる。


「仁稀ちゃん、行こう」


 佐賀は仁稀の小さい手を取る。花畑に足を踏み入れて、佐賀は手を引いていく。


「サガラ様」


 男に呼び止められて、佐賀は振り返る。


「一つ、忘れていました」


 振り返ったとき、男が何かを持っているのが見えた。次の瞬間、大きな音がして、まるでスローモーションのように仁稀の体がオレンジの花の中に呑まれていった。自分の手の甲に赤い液体が跳ねていた。


「仁稀ちゃん!」


 佐賀は座りこんで彼女の体を抱き起す。男の方を振り返るとちょうど車が去っていくのが見えた。


「仁稀!」


 彼女の白い服がみるみるうちに血で染め上げられる。


「死んじゃだめだ、君は仁穂ちゃんの唯一の家族だから、君たちはやっと一緒に居られるから」


 佐賀の瞳から涙が溢れて、それが仁稀の頬に落ちる。微かに開いていた彼女の瞳が揺れた。


「仁稀ちゃん、お願いだ、生きてくれ」


 少女の口角が少し上がるのが分かった。


「つたえて……いきてくれて……ありがとうって」

「だめだ、仁稀ちゃんが自分で伝えるんだよ」


 彼女の顔が青白くなってく。触れた手は冷たく、力が入っていない。


「おたんじょうびおめでとう……だいすきだよ、仁穂」


 彼女は目を閉じる。


「仁稀!」


 生きて欲しい。生きて戻って、仁穂と再会して、二人で幸せに暮らしてほしい。

 あの事務所で二人が笑っている姿を見せてほしい。


「死なないで……」


 腕の中の彼女はもう動かなかった。

お読みいただきありがとうございます。

双子ちゃん……。

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