表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/70

13. 真実を追う人・裏(4)

 近くから鳥のさえずりが聞こえて佐賀は目を開けた。視界に入ったいつもと違う景色に動揺して、勢いよく上体を起こした。


「いてて……」


 硬い床で眠ってしまったせいで、体がバキバキだ。


「おはよう、仁稀ちゃん」


 仁稀は昨日と同じように窓の外を眺めていた。明るい日差しが仁稀の艶やかな髪を照らしている。


「おはようございます。朝食です」


 背後のドアから声がして振り返るとちょうど閉まる瞬間だった。一体いつの間にドアを開けたのか、なんて思いながら床に置かれたお盆を見る。

 白米のお茶碗が一つ。お粥のお茶碗が一つ。あとは卵焼きと漬物がのったお皿が一つ。


「仁稀ちゃんがお粥かな?」


 佐賀はお粥の入ったプラスチックのお茶碗を持って格子の隙間から差し出してみる。すると、それに気づいた仁稀が勢いよく佐賀の手からお茶碗を奪った。まるで飲み物のように、彼女は茶碗に口をつけて啜った。


「待って、スプーンあるから!」


 引き留めようとしても手遅れだった。カラン、と彼女の手からお茶碗が落ちた。手の甲で口元を拭って指先を舐める。


「……卵焼きもあるよ?」


 仁稀が反応することはなかった。再び、彼女は窓を眺める。


「外に出たいの?」


 佐賀は檻の中に手を伸ばし、落ちた茶碗を回収した。


「一緒に帰ろう。そうしたら妹に会えるから」


 諦めたくない。昨日、シオンが言っていた処分という言葉が脳裏を過る。

 処分なんてさせない。仁稀を説得して、事務所に戻って、姉妹を再会させるのだ。


「仁稀ちゃんが命を懸けて守った妹が待っている」


 仁稀の顔がわずかに動いて、表情は変わらないままで彼女の瞳から涙が伝るのが見えた。

 佐賀は突破口見出した気がした。


 佐賀はその後もずっと仁稀の側にいた。妹の話をして、視えたことの話もした。

 その声が彼女に届いていたかは分からない。それでも、佐賀は言葉を止めなかった。


「いつまでそうされているのですか」


 閉じたままのドアから声がした。話し声からして、今朝食事を運んできた男だろう。

 ちらりと時計を見ると、一方的に仁稀に話しかけてから三時間が経過していた。


「フタバはどうして処分対象なんだ」

「命令ですので」


 誉が死んでからも、一族はずっと仁稀を手元に置いてきた。それは彼女に価値があるからで、一族の役に立つからだ。それがどうして処分されることになってしまったのか。

 初めに仁稀の元に案内されたとき、うかつに触れると記憶を盗られる可能性があると言われた。ということは、彼女の能力がなくなってしまったわけではない。


「理解できないな……。記憶を奪うというのは一族にとって便利な力ではないのか?」

「シオン様がいれば彼女も用済みということでしょう。あなたと同じように」


 同じ。そう言われて佐賀ははっとする。


「あなた様の力は不要を通り越して厄介でしたから」

「確かに」


 思わずクスッと声が漏れた。

 不要なサガラは外で生き延びることが許されたのだ。それなら、不要なフタバが外で生き延びることだって許されるはずだ。


「ここから出してよ」

「それはシオン様より許されておりません」

「彼はそんなに偉いの?」


 ここに来てから彼よりも偉そうな人物に遭遇していない。


「あの方は次席ですからね」

「次席?」


 佐賀は昨日のシオンの発言を思い返す。


「主席はヒトミか?」

「お答えしかねます」


 まあおそらく間違いないだろう。彼からあと何を聞き出そうか考えていると、不意に仁稀が振り向いた。


「だして」


 ドアの外に聞こえるくらいの大きな声。突然のことに驚いていると、それまで絶対に開けようとしなかったドアが開いた。


「失礼」


 スーツ姿の男は昨日と同じサングラスをかけていて、ポケットから取り出した鍵で牢屋を開けた。


「どこに?」


 牢屋が開かれると仁稀はゆっくりと外に出てくる。格子を掴む彼女の細い指。佐賀はその光景を目で追うことしかできなかった。


「サガラ様はこちらでお待ちください」


 なんの説明もなく、仁稀は連れていかれてしまった。いや、自分から連れ出すように言っていたが。

 鍵をかけられてしまい、佐賀はここに留まることしかできなかった。あの男がドアの前にいたのは仁稀が出たいと言うのが分かっていたからだろうか。


「もしも今のうちに処分されてしまったら……」


 佐賀の記憶では、処分は記憶を抹消してどこかに棄てること。または、殺害することとなっている。記憶を消せるのは仁稀自身で、本人の記憶を消すことはできないとしたら手段は殺害に限られる。


「くそ……」


 仁稀の動きからしても、あれはルーティンのような慣れた行為だ。だとしたら処分に直結している可能性は高くない。高くない、はず。


「離れるわけには……」


 離れてはいけなかった。本当に仁稀を守りたいのなら。

 そんな後悔をしながら、佐賀は明るい部屋で彼女の帰りを待った。






 再び部屋が開けられたのはすっかり日が沈んで、僅かな光しか届かなくなった頃だった。木製のお盆にどんぶりを一つだけ乗せてスーツ姿の男が立っていた。


「夕飯です。遅くなってしまって申し訳ありません」

「……フタバは?」

「彼女は最後の役目を果たしているところです。しばらくは戻られません」


 男は淡々と話す。お盆は佐賀の隣に置かれた。


「なんのために僕はこの部屋に入れられたんだ?」


 仁稀と同じ部屋に佐賀を監禁していたのは。


「お答えしかねます」

「答える必要なんてない」


 佐賀は目を見開いてドアの隙間に腕を通す。この指先が男に触れればすべて視ることができる。もしも男が仁稀の処分の日やその方法を知っていたのなら、それを回避する方法を、未来を変えることだってできる。


「感心しないなぁ。そういうズルは」


 男に触れる寸前で誰かに腕を掴まれた。


「ねぇ、サガラ?」


 腕を掴んだのはシオンだった。彼はドアを開けて、佐賀と目線を合わせて座り込んで優しく微笑んだ。


「知りたいんでしょう? あの子の処分の日。未来を変えたいんだろう?」


 そうだ、佐賀は胸の内でそう答えて腕に触れるシオンの手から情報を読み取ろうとする。必要なのは情報だ。誰から集めるかは重要ではない。


「読み……取れない?」


 何も情報が流れてこない。佐賀の指先から力が抜けていく。


「次は反対の目でもくりぬこうか?」

「なんで知って……」


 麻野の命を守るために自ら抉り取った右眼。そのことを一族の関係者が知っているはずがないのに。

 シオンは立ち上がって楽しそうに笑った。


「下位の能力は上位の人に効かないって思い出せなかったの?」


 スーツの男が言っていた次席という言葉が思い出される。


「お前の力は僕には及ばない。お前が僕に勝つ方法なんてない。おとなしくあの子と自分の運命を受け入れなよ」


 佐賀はシオンを見上げる。


「あー、いい顔! お前はそうやって恐怖を感じて震えあがってればいいんだよ。そのためにお前の感情を残してあげたんだから」


 満足そうな表情でシオンは相良を見下ろす。


「さて、補給もできたしもうお前いらないなぁ。放っておくと根掘り葉掘り聞きだそうとして面倒だし」

「フタバは! あの子は生きているのか?」


 シオンの前では何もできることはないと、佐賀の余裕はなくなっていた。佐賀が思い出せた記憶なんて彼の前では何の助けにもならない。


「その質問がウザいっての。分かれよバーカ」


 そう言ってシオンは乱暴に佐賀の腕を引き寄せて、耳元で囁く。

 次の瞬間、崩れ落ちるように佐賀の体から力が抜けた。明かりが遠のいていく。ドアが閉められたのだろう。

 待って、そう言いたくても声が出ない。目も開けられないし、体が少しも動かない。床に触れている頬から冷たい感触が伝わってきた。

 二人分の足音が少しずつ遠のいていくのが分かる。


『そのうち仁穂にも会いに行くよ』


 最後の瞬間、耳打ちされた言葉で頭が埋め尽くされていく。意識が朦朧としてきて、佐賀はピクリとも動かなくなった。

お読みいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ