13. 真実を追う人・裏(3)
「ん……?」
「あ、やっと起きた」
気が付くと佐賀は壁も床も天井も白い部屋にいた。テーブルが一つあって、その上にフルーツの盛り合わせが置いてある。白髪の少年はそのブドウを一房食べ切りそうなタイミングだった。
「記憶がある……?」
佐賀は硬い床から起き上がって頭に触れた。
「面倒だから気絶させただけ。お前は嫌いだから取り上げてもよかったけど、僕の目的のために利用させてもらうよ」
目的ってなんだ、佐賀はそう聞こうとして止めた。
「ここは?」
全てが白い部屋。窓はない。どこかにドアがあるはずだが、パッとも見てわかるようなものではないらしい。
「僕らが生まれた地下室の一つ」
そう言うとシオンはフルーツと共に置かれていたナイフを手に取り、佐賀に向かって放り投げた。ナイフがカランと床にぶつかる。
「思い出してごらんよ。僕らは作られてこの部屋で何度も拷問された。心も体も壊れそうなくらいに。そして僕らは手に入れた」
佐賀はナイフを見つめていた。使い込まれた形跡が見える。欠けた刃に黒っぽい汚れがこべりついている。
「僕らの存在理由を」
恐る恐る佐賀はナイフに触れた。幾つもの悲鳴が自分を囲うような感覚がして、佐賀はすぐに手を離した。一瞬のことだったはずなのに、顔には脂汗が滲んでいた。
「……お前、僕と同じくらいの年齢じゃなかったか?」
「薬で成長が止められているからね」
あっさりと答えるシオン。人の成長を薬で止めているなんて。
「薬くらいで抵抗感のある顔しちゃって。僕らは所詮人工物だったろ」
佐賀が驚いた顔をすると、シオンはそこまでは聞かされていなかったのかと言った。
「仁穂や仁稀も……?」
「いや、あの三人は外の人間だから天然だよ。ヒトミと同じ、本物の奇跡」
ヒトミ、佐賀はその名前にも聞き覚えがあった。
「ヒトミには会ったことはないと思うよ。僕ですら時々しか会えないんだから」
シオンはテーブルを離れて落ちているナイフを拾った。
「仁稀はどこだ」
「フタバはこの上にいるよ」
ここは地下室だと初めに言っていた。仁稀は地上の屋敷にいる。
「あの子は処分対象になったから、その最後のお世話をお前にさせてあげるよ」
「処分?」
「あの子は要らないってさ」
シオンはナイフを首に当ててそう言った。
このままだと殺されてしまう。
「お前はフタバを一人にしないために残ったんだろ! なのに、処分を止めないのか⁉」
シオンの立ち位置が分からない。彼が何をしようとしているのか、自分をどうしたいのか、佐賀にはわからなかった。
シオンは不気味だが、フタバを助けるというなら手を組んでもいいと思っていた。なぜなら彼女は唯一の仁穂の家族だから。
「さぁ、どうかな」
興味などないというような言い方。シオンは壁の一部を押した。そこはドアになっていて、彼は部屋から出て行ってしまった。
「シオン!」
仁穂の家で、全て思い出したと思った。だけど違った。シオンと話していく中で、抜けている記憶に気づかされる。佐賀に余裕なんてなくなっていた。
「サガラ様」
突然、背後から声がした。振り返ると後方の白い壁にもドアがあったようで、スーツに身を包みサングラスをつけた大人が立っていた。
「フタバ様の元にご案内します」
「待て、シオンは……」
「ご案内します」
まるでロボットのような抑揚のない話し方。こちらの話を聞いていない。
その人はドアの前に立ち、佐賀が立ち上がるのを待っていた。
「わかりました……」
立ち上がり、白い部屋を出る。部屋の外は真っ暗だった。
僅かに明かりの灯った階段を上り、長い木の廊下が現れた。
「こちらです」
廊下を少し進んで、再び階段を上る。同じような長い廊下に出て、障子張りの部屋が並んでいた。
「こちらです。彼女に触れると記憶を取られる可能性がありますので、不用意に触れないようにしてください」
案内されたのは金属の扉が取り付けられた部屋だった。中の様子はわからないが、この先に仁稀がいる。
佐賀はドアに手を伸ばし、ゆっくりと開けた。
その部屋は明かりがついていなくて、大きな窓から月明かりが入り込んでいる。
「仁稀ちゃん……?」
部屋に入ると音をたててドアが閉められ、鍵もかけられた。
「あいつ!」
ドアを殴ろうとして、佐賀はそれをやめた。部屋の中には鉄格子の牢屋があって、その中には少女がいた。少女は扉に背を向けて、星空を眺めていた。佐賀が入ってきたことなど何も気に留めていない。
「仁……フタバちゃん?」
その言葉を認識して、少女は振り向いた。彼女の長い髪が揺れ、光のない瞳が佐賀を捉えた。その顔は仁穂とそっくりだった。
「ここにいたんだね」
仁穂の大切な家族。佐賀の瞳から涙がこぼれた。
「仁稀ちゃん、逃げよう。君の妹がずっと君を待っているんだ。君は一人じゃない」
仁稀を逃がして、必ず二人を再会させる。佐賀は誉の手紙を思い出す。あれにも書いてあった、妹たちが幸せであってほしいと。
佐賀は胸元から手紙を取り出そうとして、それが無いことに気が付いた。
「回収されたのか……」
フタバはいつの間にか佐賀に背を向けていた。
「一緒に逃げよう?」
反応はない。おそらく、彼女には意思がないのだろう。彼女も記憶を失っているのかもしれない。それは彼女に触れてみればわかるはずだ。
「フタバ」
佐賀は格子の隙間から手を伸ばす。しかし、彼女は少しも動かず、その背中にはわずかに届かない。
肩に格子が食い込む。檻を掴む左手が次々に情報を集めていく。ずっと一人だった彼女。暴力を受け、こんな場所に閉じ込められて。彼女の記憶を奪う力だけが搾取されている。
「お願いだ、君を守らせて……」
その後も仁稀が佐賀の方を向くことはなかった。
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