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13. 真実を追う人・裏(1)

 佐賀が姿を消す前日まで時は遡ぼる。


「これからもよろしくね、鍵師さん」


 そう言って差し出した右手を、もうすぐ高校生になる彼女は握ってくれた。合格を祝い、未来への期待が高まったその手から突然流れ込んだ景色。

 何かを話しかけてきている男の人の顔、それと一冊の本の表紙。流れ込んできたのはかなり断片的な映像だった。

 佐賀は今まで仁穂の手から何かを視ることはなかった。その戸惑いが現れないように何事もなかったかのようにその手を離した。


「じゃあ下行ってくるね」

「行ってらっしゃい」


 女性二人が帰宅し、男三人で夕食を済ませたところで佐賀は一階へ向かった。最近は閉店後に涼と店で飲むのが日課になっている。


「おつかれ」

「おつかれ」


 佐賀が一階に下りたとき時計はぴったり十九時を指していて、涼はシャッターを閉めていた。


「仁穂ちゃん、合格したんだって?」

「うん、すごいよね」


 彼女が頑張り屋さんであることはよく知っている。サガシヤの中で一番孤独と戦ってきた子だ。


「最近はお友達もできたみたいだよ」


 前に連れてきた、肩に火傷の痕がある女の子。触れても何も視えなかった、おそらく佐賀と同じ傷痕。


「青春って感じ?」

「うん、平和で何より」


 カウンター下の冷蔵庫から涼は瓶ビールを取り出した。


「今日はコーヒーもらおうかな」

「珍しいね」


 出てきたばかりのビールは冷蔵庫に戻された。


「仁穂ちゃんのお父さん、見つけてあげたいなぁ」


 涼が佐賀を見ると、彼はカウンターに突っ伏していた。


「中学生の仁穂ちゃんが終わってしまう……」

「焦ってる?」

「……どうにもできないのが、もどかしい」


 なぜ、今まで仁穂から情報が視えなかったのか。そして、今日はどうして急に視えたのか。


「あの子にそんなに肩入れするなんて意外だよ」

「してもらったことを、しようと思っているだけさ」


 父と母に見守られ、麻野と共に育ち、親の死後に一緒にいてくれたなずながいて、最後の砦として守ってくれた涼は今も近くにいてくれている。


「僕は仁穂ちゃんを必ず守るよ」


 涼は口角を上げた。


「随分かっこいいこと言うじゃん」


 その後も二人はたくさん語り合った。

 時刻が十時半になった頃、涼は帰る支度を始めていた。ちょうどその時、佐賀のスマホにメッセージが送られてきた。


「依頼?」

「いや、過去の依頼人」


 涼は佐賀の表情が小難しそうだったからてっきり依頼かと思ってしまったようだった。


「じゃあ帰るわ」

「うん、気を付けて」

「また明日」


 そう言い残して涼は裏口から出て行った。もう二度と二人が会うことはないと、この時にはまだ気づいてなかった。


「さて」


 佐賀はスマホに視線を落とす。突然送られてきたスイステラが咲いたという連絡。咲いたら見せて欲しいというお願いはしていたが、まだ咲くタイミングではないはず。


「変だなぁ……」


 佐賀は首をひねる。不意に、仁穂に触れたときに視えた光景を思い出した。一冊の本が視えたとき、そのタイトルは『意味のない生物』だった。


「そういえば、スイステラも意味のない花だな」


 もしかしたら、スイステラと仁穂に何かの繋がりがあるのかもしれない。佐賀は荷物を持って千石智里の元へ向かった。


「本当に来たんだね」

「遅くにごめんね。どうしても今見てみたくてさ」


 驚いた顔をしながらドアを開けた智里はすんなりと中に入れてくれた。月光が射しこんでいるリビングを通過して、地下へと続く階段の前で智里はライトをつけた。

 コンクリート質の階段や手すりはひんやりと冷たく、階段は暗闇に吸い込まれていた。


「暗いから気を付けて」


 智里はそう言って階段を下りていく。佐賀も後に続いて一段足を踏み出したとき、前にも似たことがあったような感覚に襲われた。真っ暗で、冷たい地下へと続く道を知っているような。


「どうしたの?」

「いや、なんでもない」


 この変な感覚を振り払って佐賀はどんどん階段を下りて行った。この場所が寒いせいか、さっきの感覚のせいか、指先が小刻みに震えている。


「あすみさんと一緒に来るかと思っていたよ」

「彼女には明日メールしてあげて。今日はもう帰宅しちゃっていたから」


 階段を下りた先にドアが現れた。暗くてよくわからないけれど、きっとこの先にスイステラがあるのだろう。


「開けてみて」


 言われるがまま、ドアを開く。その先に青い光に照らされた植物があった。広い部屋にたった一つのプランター。


「これがスイステラ……」


 青白い花が二つ咲いていて、もうすぐ開きそうな蕾がその下に一つ。

 佐賀はその見たことのない花に手を伸ばした。指先が少し触れ、稲妻が走るように脳内にたくさんの映像が流れ込んできた。


「綺麗でしょ」


 その言葉にはっとして、佐賀は一歩スイステラから離れる。


「でも、どうして今咲いたんだろうね?」

「それが疑問なんだよなぁ……」


 佐賀はスイステラを上から下までよく見た。


「……見られてよかった。ありがとうございます」


 佐賀は智里を見て微笑んだ。


「うん、十二時に門が閉まるからまた明日あすみさんとおいでよ」


 二人は暗い階段を上り、玄関で別れた。


「スイステラ……」


 その花に触れたときに視えたものを佐賀は思い返していた。

 一つは家紋。スイステラと酷似していた。大きな屋敷のようなところの地下室が視えて、そこは牢屋のように鉄格子がかけられていた。そのドアの部分にこの家紋が彫ってある。鉄格子の中にはやせ細った、薄汚れている子どもがいた。

 そしてもう一つ視えたものは男性の顔。その人は鉄格子の前を歩いていてこちらを振り返った。その顔に見覚えがあった。彼は仁穂に触れたときに視えた男性と同じだった。


「仁穂ちゃんの家に行かないと……」


 この男性とスイステラの繋がりが何なのか。どうして突然視えたのか。

 最近動きを見せ始めた一族と関係があるのではないかという不安と期待が脳裏を過る。

お読みいただきありがとうございます。少し遅刻してしまいました。

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