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12.5 Rupture(3)

 桑田なずなの葬儀に千宜と相良は二人で出席した。その場には薄ら笑いを浮かべた彼女の兄もいた。

 遺影の彼女は笑っている。何度も見せてくれた優しい笑顔だ。もう二度と見られない笑顔だ。

 あれからずっと考えている。死ぬべきはこの奇妙な力を持つ自分なのではないかと。自分の存在が彼女も、両親も殺してしまったのではないか。


「俺は仕事があるから、お前はまっすぐ帰れよ」

「うん……」


 一人の道をゆっくりと歩いていた。この道は何度か歩いたことがある。両親と共に、なずなと一緒に。燃え上がるような夕焼けが辺りを照らしていた。

 川にかかる大きな橋まで歩いたとき、顔色が悪い一人の女の人が悲しそうな顔をして川を向いているのが見えた。

 相良には彼女がひどく思い詰めていて、今にでも身を投げ出しそうに思えた。


「死ぬなら心中しない?」

「え?」


 たぶんきっかけは何でもよかった。楽になりたいという衝動に駆られて相良は手すりを飛び越えて身を投げ出した。


「ちょ、は⁉」


 橋にいた女性は相良に驚きながらも助けるためにと川に飛び込んだ。

 橋は思ったよりも高さはなくて、川の流れは穏やかで、相良はあっさりと助け出されてしまった。


「何してんの……」


 女性はゴホゴホと咳をした。


「確かに死にそうな顔してたかもしれないけど、元からこの顔……」

「……なんだ」


 水を吸った服が重たい。髪から垂れた水が河原を濡らしていくのを見ていた。

 助かってしまった。どうしたら死ねるだろう。どうしたら償えるだろう。どうしたら許されるだろう。


「……でも、あんたが本当に心中してほしいならしてもいいよ」

「え?」

「だけど、死ぬときは私が決めるから。それまではあんたもおとなしく生きて」


 彼女は力強い瞳を向けて言った。


「悪くないね……」


 そして彼女は相良が唯一恐れず触れることができる存在となる。


 その後、相良は源氏名でサガシヤを始めることとなる。最期を約束した相手のすぐ近くで。






「せん……さ」


 ベッドに横たわる涼が声をかけてきて千宜ははっとする。


「気が付いたか」


 彼女の瞳は千宜を捉えていた。


「今、昔のことを思い出していたんだ。なずなのことを」


 あの時相良を助けた女性がなずなの友人だったということは後から知った話だ。


「しぬ……やくそく……てるのに」


 涼はもう長くは生きられない。けれど、相良を生かすために共に死ぬ約束をしてくれたことを千宜は感謝していた。

 涼が心配しているのは相良と共に死ねないことではなく、相良を生かす口実がなくなってしまうことだと千宜にはわかっている。


「ありがとう。あなたのおかげで弟はここまで生きている」

「さきに……ずなに、あいにいく……わ」


 涼はわずかに笑った。


「俺たちに巻き込んでしまってすまなかった」


 千宜は頭を下げる。

 すると、ドアがノックされてあすみが病室に入ってきた。

 相良が涼の死を知っていたのか、知らなかったのか、千宜は分からなかった。知っていたとしても、一族の件が解決するまで死ぬことはないだろう。


 こうしてまた一人、相良の味方はいなくなってしまった。

お読みいただきありがとうございます。

次回から13話に突入です。

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