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12.5 Rupture(2)

 時間が経つといつの間にか相良はなずなになついていた。単純になずなが勉強を教えるのが上手だったというのもあったのだろう。


「相良くんは覚えがいいね」


 仕事帰りの千宜に、にこにこしながら報告してくる。


「最近あいつの表情豊かになった気がする」


 両親が亡くなってから相良の表情はまた乏しい状態に戻ってしまっていた。しかし、表情豊かな彼女と共にいる時間が増えたことで相良も明るくなってきた。


「そうだね」


 なずなは嬉しそうだった。

 彼女のそういうところに救われていたのは千宜も同じだ。

 なずなは相良の力のことも、両親がどうして死んだのかも知っていた。だからこそむやみに相良に触れようとはしなかったし、接触を嫌がる相良の気持ちをずっと尊重してくれている。


「私、二人に会えてよかった。居心地良すぎて帰りたくなくなるくらいだよ」


 初めて会ってから七か月がたっていた。


「じゃあ、結婚する? そしたらずっとここに居られるけど」


 その言葉は自然と出た。ぽかんと口を開けた後、頬を赤らめる彼女の顔を、生涯忘れることはないだろう。






「それで、結婚するの?」

「へ⁉」


 なずなの声が裏返る。


「な、なんで知って……」

「昨日声聞こえたから」


 土曜日の日中だが、休日も出勤がある千宜はおらず、二人はいつも通りリビングで勉強をしていた。


「いや、あれは勢いというか、なんというか……そもそも付き合ってないし、好きとも言われてないし……」

「じゃあ好きじゃないの?」


 相良はただ、三人の時間が続けばいいと思っていたから反対する理由などなかった。


「それはまた別の話で……」


 モジモジと恥ずかしそうに指をこねる。


「あ、そこは……」


 相良の間違いを指摘しようとしたとき、ポロリと消しゴムが落ちて行った。それを拾おうと伸ばした手の指先が相良に触れた。


「ごめんなさい!」


 なずなは慌てて手を引っ込める。しかし、それでは遅かった。この世の終わりのような顔をした相良がなずなを見た。

 彼女は全てを察した。


「本当に、表情が豊かになったね……」


 なずなは悲しそうに微笑んだ。






「おい、相良!」


 なずなは千宜にメールを残して自分の家に帰ってしまった。今までもずっと麻野家にいたわけではないから、それ自体は問題ではない。メールに書かれていた自分の死を悟ったということに関して、千宜は怒っていた。


「視たのか⁉」

「うん」


 台所で夕飯の支度をしている相良は背を向けたままあっさりとそう答える。

 千宜は肩を掴んで自分の方を向かせるとそのまま胸ぐらをつかんだ。


「分かっていてどうして見殺しにするんだ」

「料理中、邪魔しないで」


 質問に答えない相良に腹が立った千宜は思いきり殴り飛ばした。


「ふざけんなよ……」

「父さんと約束した!」


 相良は言葉を遮って叫んだ。


「この約束を守るために父さんと母さんも見殺しにしたんだ……」


 その瞳には涙が浮かんでいる。


「たとえ何があっても未来を変えるつもりはない」


 相良は千宜を睨みつけた。


「……何を視たんだ」

「言わない」

「そのくらい言えよ!」


 このままだとなずなは死んでしまう。それは分かっているのに、どうすることもできない。父と母のときと同じだ。


「だったらなんで俺のことは助けた……」


 その瞳を失ってまで。


「もう次は……助けるつもりはない」

「……そうかよ」


 千宜はコートを手に取り家を出て行った。

 相良が座り込んで、声を殺して泣いていたのを千宜が知ることはなかった。






「喧嘩したの?」

「うん、千宜が一週間帰ってきてない」


 自分が死ぬことを知った後も、なずなは麻野家を訪れていた。


「そう……なんだ……」


 なずなが暗い顔をしているのが分かっていたが、相良にはどうすることもできない。


「きっと事件でも追いかけているんだよ……」


 そんなこと思っていないのに、相良の口から勝手に言葉が出た。本当はなずなを死なせないためにどうしたらいいかを考えているのだろう。

 相良が視たのはなずなのお葬式の景色だった。そこには初めて見る、薄ら笑いを浮かべた人がいて、一目でこれが件の兄だと分かった。


「事件……」


 なずなははっとしたように立ち上がった。


「私、用事があったんだった!」

「え?」

「ごめんね、行かなきゃ」


 ばたばたと荷物を片付けてあっという間に家を出てしまった。急にどうしたんだろう、と思いながら勉強を続けていると彼女が手帳を忘れていることに気が付いた。


「忘れ物……」


 恐る恐る触れたが、特に何も視えなかった。それに少し安堵しているとその手帳に紙が挟まっていることに気づいた。


「なんのメモだろう?」


 なんとなく、気になって紙を見ると、そこには千宜に宛てられた文章が並んでいた。

 初めに助けてもらえてよかったとか、結婚を持ち出してくれて嬉しかったとか、兄弟仲良くしている姿を見るのが楽しかったとか。


「『私は千宜くんが好きです』」


 その言葉が遺書のようで、気が付いたら相良は家を飛び出していた。


「千宜、早く、早くしないと、間に合わないよ……!」


 それを伝えることはできない。相良は地面に触れて彼女が辿った道を視る。


「あっちだ」


 余計なことは何も考えていなかった。彼女が向かった廃ビルに着くと辺りを見渡して姿を探す。


「なずな……! 千宜!」


 止めて欲しかった。自分が視る死を、この連鎖を断ち切ってほしかった。


『私が不仲の原因になるなら、どうせ死ぬんだし早くいなくなった方がいい』


 声が、聞こえた。


「なずな!」


 見上げた空から何かが落ちるのが見えた。

 相良の手にはなずなの告白が書かれた紙が握られていた。その紙の最後には『出会ってしまってごめんなさい』と書かれていた。

お読みいただきありがとうございます。

あと三か月弱で今年が終わるなんて信じられない今日この頃です。

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