12. 真実を追う人・後(3)
仁穂ちゃんを学校に送り出して、その後すぐにイチくんが車に乗って現れた。
隣に篠木さんは乗っていなかった。
「おはようイチくん。篠木さんは?」
いくら何でも私たちだけで勝手に動き回るのは怒られてしまうのでは。
「忙しくてついていけないから勝手に行って、ってさ。向こうにいる警察官に話は通してくれているらしいよ」
私は車に乗り込む。
本当にそんなことをして怒られないのだろうか。これが許されるようになるなら、麻野さんが権力を欲している気持ちがわかる。
「道覚えているの?」
「いや、住所教えてもらった」
イチくんは慣れた手つきでカーナビの設定を始める。
「でもお嬢ちゃんには伝えるなってさ」
その言葉にちくんと胸が痛む。自分の家の場所さえも知ることが許されないのか。
仁穂ちゃんは午前中で学校が終わって帰ってくる。私はそれまでに何かを見つけたいところだ。
「皐月くんはお留守番?」
サービスエリアに行ったときに珍しく外に出てきたが、それ以降で彼が外に出るところは見ていない。サガシヤに関わっていることだから来てくれるかと思ったのだが。
「いや、病院」
「病院⁉ どこか具合悪いの?」
思わぬ返事に私は衝撃を受ける。
「警備員くんじゃなくて、一階のお姉さんが今朝倒れてて」
救急車を呼んで付き添いとして皐月くんが同乗したらしい。
「涼さん大丈夫なの?」
「わかんない」
イチくんは慌てることもなく順調に車を走らせていた。
「俺らが今できることはボスを見つけることだけっしょ」
彼の的確な言葉に私は落ち着きを取り戻した。確かにその通りだ。涼さんの側には皐月くんがいる。何かあったら連絡してくれるはず。
私たちの最優先は佐賀さんを見つけることだ。
「そうだね」
カーナビが次の角を左折するように言った。
車は少しずつ狭い道を通るようになり、人通りが減り、そしてあのアパートが姿を現した。
「何を探すの?」
イチくんは路肩に車を停めてエンジンを切る。
「私、ずっと変だなって思っていて」
「変?」
そう聞き返されてこくりと頷く。
「智里さんの家にスイステラを見に行ったのも、仁穂ちゃんの家に行くのも、隠そうと思えば隠せそうなのに、全部私たちは辿ることができている」
智里さんには私に連絡をするように言っていて、仁穂ちゃんの家に行くことは麻野さんに言っていた。
「まるで佐賀さんがついてこいって言っているみたい」
鞄の中に入れてある本だって、一冊だけ並び方が違うから気づいたのだ。佐賀さんが意図的にヒントを残しているように思えた。
「確かに、そうかも」
「だとしたら絶対、この先の行動が分かるものが残されていると思うんだ」
「探してほしいってことか……」
まるでちょっと面倒な恋する女の子みたいな。
どうしてこんな面倒な方法を選択するのかは分からないけれど。
「行こうか」
イチくんがそう言って車を降りる。警察官が車に気づいて近づいて来ていた。
私たちは名前や目的を告げる。篠木さんがしっかりと連絡をしてくれていたのでスムーズに屋内に入ることができた。
「……おじゃまします」
部屋は相変わらず埃っぽい。極端に荷物の少ない部屋。必要最低限の物しか置いていない。幼い仁穂ちゃんが遊んでいたであろうおもちゃだってほとんど置いていない。
現場は発見当時のままにしていると麻野さんは言っていたし、仁穂ちゃんも荷物が減っているとは言っていなかったから、元々物が少ない家だったのだろう。
そんな部屋の中で物が密集しているところが二か所ある。一つはあの本を発見した本棚。もう一つが和室の置かれていた箪笥だ。少しだけ開いている二段目には小さな女の子用の服が見える。少なくとも二段目はぴっちりと服が入っていそうだ。
「うーん……」
本棚とにらめっこしているイチくんがうなっている。
私は箪笥に手を伸ばした。
現場を勝手に荒らすと怒られかもしれない。だけど、私にできることは。
「え、なにやってるの⁉」
慌てたイチくんが和室に入ってくる。私は箪笥を全て引き出して、中のものを広げ始めた。
「イチくんも手伝って。何でもいいから手がかりを探さないと」
「お、おう……」
二段目が開いていたということは佐賀さんが開けた可能性があるということだ。まずは二段目の服を全て出した。
「全部子ども服かよ」
畳まれた服を一つ一つ広げて何か手がかりが無いかを探す。
しかし、それらしいものは何も出てこなかった。
「次」
今度は一番上の引き出しを開ける。今度は大人の、男性用の服だ。仁穂ちゃんのお父さんのものだろう。
「こっちはあんまり量無いね」
子ども服に比べたら半分くらいだろうか。無地やボーダーなど、シンプルな服ばかりだ。
「ワイシャツがあるね……」
重ねられた服の下の方に少し黄ばんだワイシャツを二枚見つけた。私は部屋を見渡すが、スーツらしいものはない。
「父親はスーツを着ていなくなった?」
イチくんが私の手元を見ながら言った。
「かもしれないね……」
同じように三段目を開ける。
「また子ども服かよ」
イチくんが一番上にあったワンピースを取り出す。
「ん?」
「どうしたの?」
「これ、さっきも見たぞ」
彼は再び二段目の引き出しを開けてそこから全く同じワンピースを取り出した。
「本当だ」
この二つの内のどちらかは仁稀ちゃんのものなのだろう。
三段目の子ども服は二段目と色が違う物も多かった。それでも、何もヒントになりそうなものはない。
四段目には何も入っていなかった。
「なんもなかったなー」
広げてしまった服を畳み直す。
開いていた二段目に何かあると思ったのだけれど。
「そんな単純なことじゃないのかも……」
あの本だって、著者の名前順になっていたし。二段目に関係あるけれど、二段目は関係ないようなことかもしれない。
その時、ふと前に受けた依頼のことを思いだした。箪笥に固定されたからくり箱を開けるというものだ。あの時も箪笥の絡む依頼だった。
私はもう一度二段目を開ける。
その時は一番上の引き出しを外して、天板の裏側の細工を見つけたんだ。もしかしたら、とわずかな期待を持って、私は一段目の底の裏側を手の平で探る。
「あ」
小指が何かに触れた。
何かはテープで留められているようだった。引きはがして手を抜くと一枚の紙が姿を現した。
「日付と……場所?」
乱暴に殴り書きされた文字。そこに書かれている日付は明日。隣には時間も書かれていて、仁穂ちゃんの卒業式の時間と重なっていた。
ここに来い、と佐賀さんが言っている。
私の手からイチくんが紙を取り上げた。
「キンセンカの花畑?」
「仁穂ちゃんの卒業式は……」
膝の上で拳を握った。
不意に、スマホの着信音が響く。相手は皐月くんだった。
「もしもし」
『涼さんのことでお話が……』
言葉の後ろの方がもごもご言ってよく聞き取れなかった。
『涼さんもう長くないかもしれないんです……』
頭の中がパンクしそうだった。もうどうしたらいいのかもわからない。耳に当てていたスマホを持つ右手が力なく床にぶつかった。
「行くぞ!」
その声で私は現実に引き戻される。急いで立ち上がり、車に乗って病院に向かった。
震える両手を組んで、ただただ神様に祈る。
お読みいただきありがとうございます。
あまり人が立ち入らない家とか、開けない箪笥とか。虫がいそうな感じがしますが、いないってことにしておきましょう。クモが巣を張っていそうだけど。




