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12. 真実を追う人・後(2)

「それじゃあ、始めようか」


 私は手元に紙とペンを用意して、仁穂ちゃんの話を聞く体勢を整えた。


「お父さんの話を聞かせてくれる?」


 彼女はこくりと頷く。


「お父さんはすごく優しくて、仁稀(にれ)のところに行っていない間はいつも一緒にいてくれた」

「仁稀は姉だっけ?」

「うん、双子の」


 イチくんの質問に仁穂ちゃんは答える。最近サガシヤに加わったイチくんには知らない話も多いだろう。


「名前はどうして知っているの?」

「お父さんが教えてくれた。仁稀の漢字も」


 仁穂ちゃんのお父さんは仁稀ちゃんのことを覚えていて欲しかったのだろう。


「お父さんの名前は? ヒカンとの関係は?」


 そう聞くと仁穂ちゃんは黙ってしまった。


「……わからない」


 お父さんのことはずっとお父さんと呼んでいたし、お父さんを名前で呼ぶような親しい第三者と会うこともなかった、と仁穂ちゃんは言った。


「じゃあ仁稀ちゃんのことで知っていることは?」

「仁稀のことは名前しか知らない……会ったこともない」

「写真も?」

「うん」


 私とイチくんは困った顔を合わせた。


「その姉はどうして別のところにいたの?」

「仁稀は……」


 仁穂ちゃんの言葉が詰まって、彼女は急に立ち上がった。


「仁稀は一人じゃないって言ってた……気がする」

「誰かと一緒だった?」


 彼女は少し辺りを見て再び着席した。


「なんかすごいことを思い出したような感じがしたけれど、そんなことなかった……」


 落ち込む仁穂ちゃんを見て、今のやり方ではだめだと痛感する。


「そういえば、隣室にあるたくさんのファイルの中に皐月くんの情報が書かれた物を見つけたの。もしかしたら仁穂ちゃんについて書かれた物もあるかもしれない」


 そう言うとイチくんが立ち上がって伸びをした。


「たくさんあるけど四人がかりならすぐ終わるっしょ」


 その言葉に頷いて、私たちは隣室に移動する。順番がバラバラになっているたくさんのファイル。棚を四区画に分けて、それぞれの担当範囲を捜索していく。

 全てのファイルにある資料の一枚ずつに目を通していく。


「なんか最近こんな作業ばかりだなぁ」

「サガシヤの本来の業務だよ」


 面倒くさそうなイチくんに私はそう言う。佐賀さんがいるとすぐに見つけてしまうけれど、本来はこうやって一つ一つ丁寧にやっていくのだろう。






 サガシヤにある資料は膨大な量で、全てに目を通すまでに二日間を要した。

 その間に見つかったのは鈴鹿仁穂と書かれたファイルが一つ。しかし、そのファイルの中身は空だった。

 もう一つ、不思議なものが見つかった。それには仁穂ちゃんとお父さんの家の住所が書かれていて、その隣には『ホマレ』と書いてある。この紙は全く違うファイルの中に挟まれていた。そのファイルは千石智里さんに関わる依頼の資料が管理されているものだった。


「どういう意味なのかねぇ」


 顎をさするイチくん。

 どういう意味なのか。これは佐賀さんがわざと移動させたのか。それともただ間違えただけで意味なんてないのか。


「意味がない……」


 私はぽつりと呟く。


「意味がない……?」


 仁穂ちゃんが不思議そうに私を見てきた。

 意味がないという言葉を、私は聞いたことがある。ファイルを開いて、少し乱暴に紙を捲る。


「これだ……」


 そこにはスイステラの生体が書かれていた図鑑のコピーが貼り付けられていた。


「意味を持たない花、スイステラ」


 そして私は立ち上がり、隣室から一冊の本を手に取って戻ってきた。


「この本、『意味のない生物』は、存在する意味がないんじゃなくてスイステラだよ」


 点と点が結ばれていく。

 スイステラは本来「あまりの美しさに見た人が言葉を失うから意味のない花」とされている。この本は意味があることに価値を見出しているような逆の書き方をしているから気づかなかったんだ。

 私は時系列を整理した紙を取り出す。


「佐賀さんは智里さんからの連絡を貰ってスイステラを見に行った。そこでスイステラと仁穂ちゃんのお父さんの関係を視た」


 そして、佐賀さんはいなくなった。


「仁穂ちゃんの家に行って、この本を見て、どこかに行った……」


 佐賀さんが一人で行動したことを考えると、やはり一族が関わっているのだろうか。


「私、明日もう一度仁穂ちゃんの家に行ってきます」


 また別のことに気が付くかもしれない。イチくんはこくりと頷いてくれた。


「篠木さんにそのことは伝えておきます」


 皐月くんは素早く立ち上がってパソコンの前に移動する。


「私も行……」


 行く、そう言おうとして仁穂ちゃんは言葉を止めた。明日は最後の卒業式練習の日だ。彼女は学校に行かなければならない。

 私はテーブルの上に置かれたカレンダーを見る。

 佐賀さんが出席したいと言っていた卒業式は明後日に迫っていた。


「なんでもない……」


 麻野さんは仁穂ちゃんの家の存在をずっと隠してきた。それは仁穂ちゃんが過去にこだわって今を蔑ろにしないようにするため。普通の学生として生きていけるようにするためだ。


 その日の晩に、仁穂ちゃんはぽつりと呟いた。


「あいつ本当に帰ってくるのかな……」


 私には佐賀さんの思考なんてわからない。けれど、返答は決まっていた。


「絶対、連れ戻すよ」


 あなたの保護者として卒業式に出席できるように。

お読みいただきありがとうございます。

今回は少し短めでした。

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