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12. 真実を追う人・後(1)

「うーん……」


 ブラインドから細い光が入り込んできている。何だか少し遠くに感じる色の違う天井をぼーっと見つめていた。


「どこだここ?」


 むくりと起き上がって鍵のかかったドアが見えた。横を見つめると使い慣れた掃除道具が置いてあった。

 そうだ、事務所に泊まったんだ。


「ふ……ぁ……」


 欠伸交じりに腕を上げて伸びをする。こんな狭い場所でも眠れる私はすごいのかもしれない。

 そんなことを考えながら、私は視線をテーブルに向けた。そこには昨日持ち帰ってきた一冊の本が置かれている。まるで本当に発行された正式な書籍のように見えるそれは実際には存在しない本だった。


「よくわからない……」


 あの後、私は夜更かしをしてこの本を隈なく読んだ。ゆっくりゆっくりと、一文字ずつを追いかけた。けれど、何も見つけることはできなかったのだ。


「佐賀さんは今頃、どこで何をしているんだろう」


 差し込んだ光が佐賀さんの本棚を照らしている。

 もしかしたら、ここにも何かヒントが残されているかもしれない。

 私は立ち上がって、なんとなく目についたファイルを取った。ここにあるのは本というよりも資料ばかりだ。たくさんある資料を私は今まで真面目に読もうとしたことがなかった。

 今までサガシヤがやってきた依頼や、協力者として関わった事件の資料。そこには私の知らないサガシヤがあった。


「一つの事件に一冊以上の資料……」


 佐賀さんはそうやって丁寧に仕事をしてきたのだろう。その隣の本棚からも適当に一冊取り出して開く。開いてすぐに大きく①と書かれていた。

 どういう意味だろうと思いながら、次のページへ進む。そして、そこに書かれた文字を見て、私は驚いた。


「塚皐月……」


 これは皐月くんに関することがまとめられているファイルだ。名前、出身といった個人情報から、どのように佐賀さんと出会うか佐賀さんが視たものが緻密に書かれている。それは、以前から聞いていたことと大きな違いはなかった。


「視たものもまとめていたのか……」


 だとしたら、このどこかに仁穂ちゃんに関するものや、スイステラに関するものもあるのかもしれない。

 そう思って、他のファイルを手に取ろうとしたとき、私のお腹が鳴った。空腹には耐えられそうもない。


「あすみさん」


 ちょうどその時誰かがドアをノックした。声からして皐月くんだろう。


「おはようございます」


 私はそう言ってドアを開ける。まだ眠そうにソファーに横になっているイチくんが目に入った。


「あの人寝起きの機嫌すごく悪いんですよ」


 欠伸をひとつした皐月くんはヤカンに水を入れて火にかける。朝食のカップ麺を用意するためか、お茶を淹れるためか。


「社長がいなくなるのは初めてじゃないらしいですよ」

「え?」


 思ってもいなかった言葉に驚いた。


「麻野さんから軽く聞いた話でしかないですけど」

「それってどういうこと?」

「麻野さんが監視対象を見失ったのは前にもあったということです」


 麻野さんは佐賀さんたちを守るために少しでも早く出世しようとしていて、今だってたくさんの仕事を抱えているのに。佐賀さんは勝手にいなくなって麻野さんの足を引っ張っている。それが、前にもあった。


「その時に涼さんと出会ったらしいです」

「涼さんと……」

「涼さんはサガシヤの下で僕らの監視をしているってことです」


 皐月くんはカップ麺を手に取り蓋を半分開けた。


「なんで急にそんな話を……?」

「……前に失踪したときの原因は麻野さんの婚約者が亡くなったせいなんです」


 婚約者が亡くなった。その言葉が頭に響く。

 同時に、麻野さんから聞いた両親が亡くなった時の話を思い出した。


「佐賀さんは、その死も視えたの?」


 ピーっとヤカンが鳴いて皐月くんは火を止める。


「そこまでは聞いていません。ただ、こういう話ももしかしたら役に立つのかなって思って」


 私は持ち帰ってきた本に視線を移した。『意味のない生物』というタイトルの本。著者名は『ヒカン』と書かれているが、正式に発行された本ではないためこの本を書いたのは家主である仁穂ちゃんのお父さんの可能性が高い。少なくとも、仁穂ちゃんのお父さんと関わりがある人物に違いないだろう。


「役に立つ情報か……」


 この本はおそらく佐賀さんが手に取った。だとすればこれは役に立つ情報なはず。

 少しもヒントを見つけられなかったのは探し方が間違っているからだろう。


「どうぞ」

「あ、ありがとう」


 皐月くんは作ったカップ麺を私の元まで運んで来た。


「皐月くんは仁穂ちゃんのお父さんのことどのくらい知っているの?」

「僕が知っていることは既にあすみさんも知っていると思います」


 仁穂ちゃんが皐月くんに自分の話をしている姿は想像できないし、きっとそれは事実なのだろう。

 私は何をすればいいんだろう。佐賀さんを見つけるために。


「『意味のない生物』ってタイトルなかなか過激だよね……」


 私はカップ麺の蓋を剥がしてパキンと箸を割る。


「どんな事が書いてあるんですか?」

「……鬱になりそうなこと」


 大多数の生きている意味のない人間と、生きている意味がある人間の違いが書いてあるような感じだった。生きている意味のない人間は差別され、最終的に処分される。

 書き方的に、著者は生きている意味がない側の人間に感じる。だとすれば、『ヒカン』は『悲観』ということなのか。


「なんか、仁穂ちゃんのから聞くお父さんのイメージと違うんだよなぁ……」

「でもそれって結構昔の記憶なんでしょ」


 目が覚めたイチくんが事務所から姿を現す。


「子どもの頃の記憶って結構脚色されているでしょ」


 イチくんの言うことも間違っていないと思う。だけど、仁穂ちゃんにとってお父さんと過ごした時間はかけがえのないものなのだ。


「いつかまた三人で暮らそうって。その言葉は本当だと思う」


 仁穂ちゃんの双子の姉と三人で。離れてしまった家族が一緒になるために、仁穂ちゃんのお父さんは頑張っていたはずなんだ。


「どうして姉だけ離れて暮らしていたの?」

「どうしてだろう……?」


 私たちは互いを見つめ合う。まだ、調べなくてはいけないことがある。何をすべきかわかった気がした。

 ちょうどその時、事務所のドアが開く音が聞こえた。


「おはよう」


 その声を聞いて、私は事務所に飛び出す。


「おはよう、仁穂ちゃん」


 そこにはいつも通りの仁穂ちゃんがいた。昨日のこともあったから、勝手にどこかに行ってしまうのではないかと心配していたが杞憂だったようだ。


「ちゃんと考えたんだ」

「うん?」

「あいつを追えばお父さんの居場所がわかるのかもしれない。だとしたら、私のやるべきことはあいつを探すことだって」


 そう言うと仁穂ちゃんは私たちに頭を下げた。


「私もサガシヤとして、あいつを探させてください」


 私は仁穂ちゃんに歩み寄り、その肩に手を置いた。


「絶対見つけよう。佐賀さんも、お父さんも」


 その後ろで皐月くんとイチくんは視線を合わせていた。


「まずは飯食いましょうよ」

「そうだね」


 朝食がまだだった私たちは急いでカップ麺を啜り、昨日みたいにテーブルを囲んで座った。

お読みいただきありがとうございます。

サブタイトルで結構悩んでしまうので「前・後」になってると気楽でした(笑)

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