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11. 真実を追う人・前(4)

 事務所に戻って、私たちはおとなしく佐賀さんの帰りを待った。麻野さんからの連絡が来ることもなく十七時を迎えた。

 いつもなら、私と仁穂ちゃんが帰る時間だ。


「帰って来ないね……」


 仁穂ちゃんは帰る支度をしようとはしなかった。すると、事務所の電話が鳴った。


「はい、サガシヤ事務所」


 一番電話の近くにいたイチくんが受け答える。


「いないけど」


 イチくんがこちらを向いて口を動かす。「あさの」と言っているようだ。


「え?」


 電話の相手は麻野さん。佐賀さんが見つかったのだろうか。


「……わかりました」


 イチくんは電話を切る。


「佐賀さん見つかったの?」


 彼は首を振る。


「いると思った場所にいないし、ここにも戻ってきていない。逃走扱いになるってさ」

「え?」


 麻野さんは心配いらないって言っていたのに。


「それに伴って、親族であるあいつはサガシヤの担当を外されることになったって」


 コンコン、と事務所のドアがノックされて、ドアが開かれた。


「その新しい担当になりました、篠木と言います」


 にこりと笑う男性が立っていた。麻野さんの口から何回か聞いたことがある名前だ。麻野さんの上司なはずだが、ドアの前に立っている男性はとても若く見える。


「朱雀組の担当の人」


 ぼそっとイチくんが教えてくれる。この人が、あの頭領の手綱を握っていた人。


「相良くん及びその関係者に逃走またはその幇助の容疑がありますので全員僕が管理することになりました」


 冷汗が私の背中を伝う。


「なんてね」


 彼は表情を変えずにそう言った。


「麻野くんから僕に担当を変えたのはむしろ君たちの自由を守るためです」


 緊張がゆるむ。急にこの人が頼もしく感じた。


「一緒に佐賀さんを見つけましょう」


 きっと麻野さんが目指しているのはこの人なんだろうと思った。この人は組織の中で大きな権力を持っている。それを使って協力者たちを理不尽な扱いから守ろうとしている。


「よ、よろしくお願いします」


 皐月くんが一歩前に出て篠木さんに言った。


「よろしく」


 篠木さんはソファーに座り、私たちにも着席するように促した。


「ではまず、経緯を話してください」


 そう言われて昨日の私たちが帰った後の話をする。佐賀さんがいなくなったこととスイステラの花が関係している可能性があるということも。


「なるほど」


 篠木さんは考え込みながら、向かいに座っていた仁穂ちゃんを見た。


「あなたの同級生に火傷の痕を持っていた子がいたと聞いたのですが」

「あ、はい、います」


 先日依頼に来た女の子のことだろう。


「麻野くんから聞いたんだけど、その傷から何も視えなかったって本当ですか?」

「視えなかったとは言っていませんでしたが、視えたとも言っていませんでした……」


 ふむ、と言って彼は顎に手を当てる。


「何も視えないから何かが視えたのか……」

「どういう意味ですか?」


 私がそう聞いても篠木さんは答えてはくれなかった。


「鈴鹿の家に行きたいって言いだしたのはどうしてだろうね」


 彼の言葉にはっとする。仁穂ちゃんは自分の家のことは麻野さんから隠されているのに言ってしまった。


「私の家?」


 怪訝そうな顔をして予想通り仁穂ちゃんが聞き返す。


「きみの元々の家はうちで監視しているからね」


 あっさりと篠木さんは伝えてしまった。


「麻野くんはきみのことも大切にしているから余計なことは言っていないけれど、わかる範囲できみの身元も特定しようとはしているんだ。その一環だよ」


 仁穂ちゃんはそれ以上を聞こうとはしなかった。


「まずはここに行ってみようか」


 そう言って篠木さんはスマホを取り出してどこかに電話をかけ始めた。内容を聞く限りだと、仁穂ちゃんの家を監視している同僚に連絡しているようだった。


「あぁ、そうだ。この中で運転できる人いる?」

「え?」

「僕、運転うまくないからできるだけしたくないんだよね」


 聞けばここまで電車で来たという。目的地までは佐賀さんの車を使うつもりらしい。


「私は免許ないです」


 仁穂ちゃんは年齢が足りていないし、皐月くんだって年齢が微妙なラインだろう。仮に年齢はクリアしていたとしても、教習所に通うのは無理だろう。だとすれば残りはあと一人。


「俺できますけど」


 イチくんは不機嫌そうな顔をしていた。


協力者(おれ)に運転させていいんですか? もう一人呼ぶとか……」

「この前の騒動で人が足りていないからね、ばれないばれない」


 へらへらと篠木さんは笑う。麻野さんとは全く違うタイプの人だが、彼らを一人の人間として扱ってくれるというのは同じだろう。


「じゃあ、行こうか」


 篠木さんが立ち上がると、すぐに仁穂ちゃんも立ち上がった。


「私も行きます。私の家なら、その権利ありますよね?」


 お父さんをずっと待っていた家に、行きたいと思うのは当然のことだろう。仁穂ちゃんの目は睨むように篠木さんを捉えている。


「行ってもいいけど、きみが家を出てからあの家には警察以外誰も立ち入っていない。期待はしないでね」


 彼はそのまま事務所を出ていく。それに続いてイチくんが出ていき、私も後をついて行こうとする。その後ろにもう一つの足音がついてきていた。


「んじゃ、行きます」


 いつもは運転席には佐賀さんがいるのに。イチくんの後頭部が少しだけ見える。その隣には篠木さん。後部座席には私と仁穂ちゃんが乗っていた。

 カーナビは使用せずに篠木さんが口頭で道順を伝える。見慣れた街を出て、一般道を進んでいく。丸裸になっていた街路樹には小さな芽がつき始めているように見えた。


「あ」


 それから一時間ほど車を走らせたところで仁穂ちゃんが声を上げた。


「ここに停めて」


 古びたアパートが並ぶ、人通りも車通りも少ない道に車は停止した。


「見覚えがあるの?」


 私が聞くと仁穂ちゃんがこくりと頷いた。かなり昔の記憶なはずなのに、覚えているんだな。

 篠木さんたちは車を降りる。


「お疲れ様です。特に変わりはありませんでした」


 車の前方からスーツを着た人が小走りで近づいて来た。篠木さんと同じ組織の人だろう。


「うん、お疲れ様」


 彼はイチくんが運転先から降りてくるところを見て顔を歪ませたが何も言わずに持ち場に戻って行った。


「行こうか」


 私たちは歩き出す。赤茶色のアパート。もうどの部屋にも住人はいないのか、全ての郵便受けは壊れていて、開いたままだった。

 階段を上るとコツン、コツンという音がよく響く。先頭の篠木さんは私たちに透明な手袋を渡して来た。


「何かあるといけないからね」


 そう言って篠木さんはドアノブに手をかける。鍵は閉まっていないようで、重たそうな音をたててドアが開いた。

お読みいただきありがとうございます。

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