11. 真実を追う人・前(3)
「智里さん!」
連絡を貰ってすぐに私と仁穂ちゃんは事務所を出た。残りの二人は事務所で佐賀さんの帰りを待っている。
大きな門をくぐって屋敷とは違う一軒家の呼び鈴を鳴らした。
「いらっしゃい」
初めて会った時と少しも変わらない大人びた女性がドアを開けてくれた。
「おや、そちらは?」
「鈴鹿仁穂です……」
二人が初対面であることに驚きながらも、私は本題を切り出した。
「昨日、佐賀さんが来たんですか?」
「うん、そう。スイステラが咲いたら見てみたいって言っていたから連絡したんだ。あすみさんと見においでよって」
智里さんは中に入るように促す。私たちはそのままリビングに通される。たくさんの植物に囲まれた部屋。
「そしたらすぐにでも見たいって言いだしたから、昨日の夜に家に見せたよ。あすみさんには明日直接連絡してって言われた」
「それって何時頃ですか?」
仁穂ちゃんはカーテンレールに絡む蔦を眺めている。
「十二時には門が開かなくなるからそれまでに来て、帰ったはず」
十二時。そこから佐賀さんは事務所に戻っていないのかもしれない。電車はすぐに終電を迎える。車は駐車場に置いたまま。佐賀さんはどうやって、どこに移動したのだろう。
「スイステラを見せてもらえますか?」
十二年に一度しか咲かない、美しい花。あまりの美しさに見た者は言葉を失うことから「意味を持たない花」とされている。
「こっちだよ」
そう言って智里さんはリビングを出て通路を進む。そして、地下へと進む階段の前で足を止めた。日当たりがいいリビングとは反対にこちらはほとんど日が当たらない、真っ暗で冷たい印象を感じる。
「スイステラは日照時間と温度の管理が難しい植物なんだ。人の手では咲かせることがとても難しい」
智里さんは階段の横に置いてあったキャンプ用のランプを付ける。
「昔の人が言うには、スイステラは医療の役にたつらしいから研究したい人はたくさんいるんだ。数が多くないから入手するのも大変だけどね」
手に入れるのも管理をするのも大変な植物。だからこそ未知な面も多いのだろう。足元を気を付けるように言われながら私たちはゆっくりと階段を降りる。そこは刺さるような冷気で満ちていた。
「寒いですね……」
思わず両手で肩をさする。茶色い扉が現れて、この先にはもっと上をいく寒さが待っていると無言で主張してくる。仁穂ちゃんを振り返ると、同じように寒さに耐えていた。
「雪国の植物だからね」
智里さんがそっとドアを開ける。足元を這うように空気が流れるのが分かった。
「あ……」
その冷気の奥にライトで照らされた植物があった。一般的な大きさのプランターに植えられた植物からは一本の太い茎が伸びていて、細長い葉がたくさんついている。その上の方に青白い花が咲いていた。五百円玉くらいの大きくない花が三つ。
「これがスイステラだよ」
私は一歩、二歩とスイステラに近づく。これが、智里さんが見たかった希少な花。
「綺麗……」
この寒さの中でも力強く咲く花。幻想的な景色に惹かれて私はその花に手を伸ばす。指先が少し触れて、スイステラは揺れた。
「思わず触れてしまうよね。私も引き寄せられた」
ドアの前に立つ智里さんはそう言った。
「とても、綺麗です」
言葉を失ってしまう先人たちの気持ちがよくわかる。
「それ、あいつも触ったの?」
不意に、智里さんの隣に立っていた仁穂ちゃんが聞いた。
「え、うん。触ってたと思う」
佐賀さんが触れた。それが意味することは。
「佐賀さんはスイステラから何かを視た……?」
スイステラに触れることで何かとの出会いに気づいた。だから佐賀さんは出会いに行った?
佐賀さんが依頼でもないのに積極的に動いたとしたら。私の脳裏に一つの考えが浮かぶ。
「一族……」
仁穂ちゃんを見ると彼女も同じことを考えているのだと分かった。
「なにそれ?」
智里さんは不思議そうに私と仁穂ちゃんを交互に見る。
私たちは選択を間違えてしまったのかもしれない。もしも一族が関わっているのだとしたら、すぐにでも麻野さんに知らせる必要があった。佐賀さんが自分から行動した時点で報告しなくてはいけなかったんだ。
「ありがとうございました」
「うん……またおいで」
私は深々と智里さんに頭を下げる。地下から出て、外に出て、スマホを取り出す。
「麻野さんに連絡しようか」
佐賀さんが自分から姿を消した可能性が高い。
「そうだね……」
また、麻野さんの苦労を増やしてしまう。そんなことを考えながら私は麻野さんに電話をかける。その横で仁穂ちゃんが皐月くんにメールを送っていた。
「麻野さん、すみません。お話があります」
『鈴鹿のことか?』
「いえ」
麻野さんは制服を買う件に関してだと思っているのだろうか。
「佐賀さんがいなくなりました」
聞こえていないのではないかと疑いたくなる沈黙が流れる。
「自分からどこかに向かった可能性があります……」
怒られる、そう覚悟して私は唇を噛んだ。
『……そこに鈴鹿はいるのか』
「え? はい」
『じゃあ聞こえないように離れてくれ』
言われた通りに仁穂ちゃんと距離を取る。仁穂ちゃんは少し不思議そうに首をかしげていた。
「離れました」
そう言うと彼は思ってもいなかったことを話し始めた。
『今朝、あいつから連絡が入ったよ』
「え?」
『鈴鹿の子供の頃の家に行きたいからって場所を聞かれて、教えた』
おそらくそこに行っているはずだ、と麻野さんは言った。仁穂ちゃんの昔の家というのは、お父さんの帰りをずっと待っていた場所のこと。
『そこにある物で渡したいものがあるらしい』
「渡したいものって何ですか? そもそも仁穂ちゃんの家知っていたんですか?」
仁穂ちゃんはお父さんを待っていた家がどこにあるのか覚えていない。
『鈴鹿の実家は組織が特定して管理している。本人には知らせていない』
「どうして……」
『理由は言えない。念のため行ってみるけど、すぐに戻ってくるだろう。じゃあ切るぞ』
プツンと音をたてて通話は途切れた。仁穂ちゃんになんて説明したらいいんだろう。
「どうだった?」
「麻野さんには連絡してたみたい。行き先に心当たりがあるから心配するなって言われちゃった」
そう言って苦笑いする。麻野さんは意図的に隠していたのだ。私が勝手に話すわけにはいかない。
「帰ろうか」
佐賀さんもきっと戻ってくる。私たちは事務所に向かって歩き出した。
お読みいただきありがとうございます。
この作品を書き始めた当初は夏ごろの完結を目標にしていたのですが、いつの間にか九月に突入してしまいました。
九月もサガシヤさんをよろしくお願いいたします。




