11. 真実を追う人・前(2)
「いなくなったってどういうことですか⁉」
私は勢いよく事務所のドアを開けた。
「いつもの部屋にいなかったんです」
佐賀さんはいつも隣室で一人で眠っている。ドアを閉めて。事務所のソファーに皐月くんとイチくんが眠っていて、二人は佐賀さんが起きるまで、隣室のドアは開けない。
「今日は全然ドアが開かなかったので、空腹に耐えきれず僕が開けたんです」
その時には佐賀さんの姿はなかったと。
「それは何時ですか?」
「気づいてすぐに電話したので十一時前です」
私は腕時計を見る。
「二人が起床したのは?」
そう聞くと二人とも考え込んで黙ってしまった。
「二人で夜中に起きてゲームしてたんすよ。そのせいで、何時に寝て何時に起きたのかが……」
二人は私たちが帰宅した後に就寝し、一度起きてゲームをしたのち、再び眠りについたのだという。
「最初に眠ってからは隣室のドアが開いているところを見ていません」
つまり、二人に気づかれずに佐賀さんが部屋を出るタイミングは二人がゲームをする前とゲームをした後のどちらも考えられるということだ。
「とりあえず麻野さんに連絡して、佐賀さんから連絡来てないか聞いてみよう」
私がそう言ってスマホを取り出すと、仁穂ちゃんがそのスマホを奪い取った。
「それはダメ!」
「どうして? 麻野さんなら何か知っているんじゃ……」
「監視対象が失踪したなんて知られたら、あの人も、私たちだって、どうなるかわからない!」
他の二人も仁穂ちゃんと同じことを思っているようだった。視線を床に落としたまま、きゅっと唇を噛んでいる。
「わかった」
私はこの中で最年長だ。大人として責任のある振る舞いをしなくてはならない。仁穂ちゃんの手からそっとスマホを取り返した。
「時間を決めよう」
スマホに触れて画面を付ける。現在時刻がぱっと表示された。もうすぐ正午を迎えようとしている。
「十七時までに佐賀さんがどこにいるのか見つからなかったら、麻野さんに連絡しよう」
その意見に反対する人はいなかった。佐賀さんがいなくなったことを隠しているのも危険であると、彼らは分かっている。
「これは私の判断で私が決めたこと。これならみんなには迷惑が掛からないでしょ」
佐賀さんの失踪を報告しなかったのは一般市民である私の判断。そうすれば、協力者である彼らが責められる割合は減らすことができるだろう。その分、私が怒られてしまうと思うが。
「責任は私が取る」
それでいい。
「いや、責任なら俺が取ります」
握りしめた私のスマホがつまみ上げるようにして抜き取られた。
「下手なことしたらあなたも疑われかねないすよ」
「イチくん……」
「守るのは俺の仕事です」
そう言うイチくんの口角が少し上がっていた。すると、彼が持ったスマホが音をたてて震えた。
「あ、どうぞ」
イチくんはスマホを私に返した。画面にはメッセージが送られてきた通知が一件表示されている。急ぎの用件ではなさそうだったのでポケットにスマホを押し込んだ。
「とにかく、一度状況を整理しよう」
私たちはテーブルを囲んでソファーに座った。何かの裏紙を一枚取り出して、確実なことを時系列順にまとめていく。
「私たちが帰ったのが六時過ぎ」
紙を横向きに置きその上の方に長い横線を一本引く。線の上に時間を、下に事実を書いていく。用紙の一番右側に私たちが帰宅したことを記した。
「その後、僕らは夕飯を食べて寝ました」
「時間は? その間ずっと麻野さんと部屋にいた?」
そう聞くと皐月くんは視線を泳がせる。よく覚えていないのかもしれないが、思い出してもらわなくては。
「飯は二人が帰ってすぐにボスと買いに行った」
隣に座るイチくんが皐月くんに助け舟を出す。私たちが帰宅したあとにコンビニに行くと書いた。括弧で佐賀さん・イチくんと付け足す。
「飯の後にいつも通りこいつとゲームしてたから、ログイン履歴見ればわかるんじゃ?」
そう言われてはっとしたように皐月くんはスマホを開く。
「佐賀さんも一緒にゲームを?」
「いや、その間は下でカノジョと飲んでるか、隣室にいる」
カノジョというのは一階で働いている涼さんのことだろう。二人が恋人関係にあるのかは知らないけれど。
「二人が一緒にゲームするのっていつものことなの? あんまりイチくんにゲームしているイメージなかったけど」
「誘われてやってみたらハマっちゃったってやつだね」
「夕食後にゲームしていたのは六時四十分から九時前までです」
私は言われた通りに書き残す。
「昨日はカノジョの所に行ったから七時頃に事務所を出てるはず」
「その間二人はずっとこの部屋に?」
「はい」
佐賀さんと涼さんが会っていたなら彼女にも話を聞く必要がある。
「佐賀さんはその後戻ってきたの?」
「ゲームを終えてからはすぐに寝てしまいましたが、佐賀さんが部屋に戻ってきた音で起きたので、戻ってきてはいると思います」
戻ってきた時間もわからないと。
「そして二時半に再びゲームを開始して終えたのが五時頃です」
その後、二人は再び就寝し、起床時間は不明。十一時頃に隣室のドアを開けるまでその部屋は閉ざされたままだった。
この短い時間の中で、佐賀さんが黙っていなくなった動機があるはず。昨日はいつもと少しも変わらなかったんだから。あるいは、ちゃんと伝言を残していたけれど、二人が寝ぼけて忘れているかだ。
「二人が佐賀さんを確認できていない時間は十九時から十一時の間……」
かなり幅がある。もっと狭めるために涼さんに話を聞いてこなくては。
「一階に行ってきます。二人は他に思い出せることがないか、探してみてください」
役目のない仁穂ちゃんは私と一緒に一階に降りてきた。
「さっきはすごく慌てていたみたいだけど何かあった?」
いつも通りカウンターの中でくつろいでいた涼さんになんて言おうか一瞬考えた。彼女も一般人である。佐賀さんたちとどのような繋がりがあるのかは知らないが、彼女は麻野さんとも仲がいい。麻野さんに伝えられてしまう可能性がないとは言い切れない。
「変態が消えた」
すると、仁穂ちゃんがはっきりと言った。
「やったじゃん、仁穂ちゃんの思い通り」
涼さんはそう言って笑う。
「……何か知っていますか?」
「何かって? どうせすぐ戻ってくるでしょ」
誰も死んでないんだから、と彼女は付け足した。重大だと考えていないんだと分かった。
「昨日、佐賀さんと何時から何時まで一緒にいましたか?」
「昨日は七時くらいから十時半くらいまで一緒にいたよ」
私はさっきの紙にその情報を記入する。
「その間ずっと佐賀さんは一緒にいましたか? なにか変わったこととかありませんでしたか?」
涼さんは口を閉じて私を見つめた。
「涼さん?」
「……取り調べみたいだね」
その時私は気づいた。もしも私と佐賀さんが逆の立場だったら。きっとすぐに見つけてしまえるのだろう。佐賀さんの能力の強力さを痛感する。
質問を連投されることは誰だって気分がいいものではないだろう。
「私は佐賀さんと違うので、普通に探すことしかできません」
私は涼さんにお礼を言ってその場から立ち去ろうとする。
「連絡が来てたよ」
階段に足をかけたとき、涼さんは私にそう言った。
「メッセージだったから内容は聞いてないけれどちょっと考え込んでいるみたいだった」
「ありがとうございます!」
私は階段を駆け上がる。
佐賀さんは誰かからメッセージを受け取った。そのメッセージに呼び出すようなことが書かれていたのかもしれない。脅迫のようなことかもしれない。
「佐賀さんが誰かからメッセージを受け取っていたって」
事務所のドアを開けて、私は二人にそう告げる。次にやることは佐賀さんが誰と連絡を取ったかを知ることだ。それは皐月くんの力を借りればいい。
そう考えて、はっとする。そう言えば自分もメッセージを受け取っていたのだった。ポケットからスマホを取り出し、アプリを起動する。相手は植物を研究しているお金持ちの千石智里さんだった。私が佐賀さんと初めて仕事をしたときの知り合った人だ。
『スイステラを見に来ない?』
メッセージにはそう書かれている。スイステラは智里さんの研究対象である十二年に一度の頻度でしか美しい花を咲かせてくれない植物である。だが、次に花が咲くのは二年後だと言っていた。
「なぜこのタイミングで?」
まだ花が咲いているわけじゃないだろうに。私は「花が咲いたのですか?」と返信した。既読がすぐについて思いもよらなかった返事が返ってきた。
「スイステラが咲いた……?」
十二年に一度しか咲かない花が十年で咲いた。私は震える指先でメッセージを打ち込む。それを昨日佐賀さんに伝えましたか、と。
「スイステラって何?」
そう言って仁穂ちゃんが画面を覗き込んでくる。
ピコンと表示された文字は「伝えた」と表示した。
「これ、さっき言ってた昨日のメッセージ?」
智里さんはさらに教えてくれた。深夜に佐賀さんがスイステラを見に訪問していたことを。
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