11. 真実を追う人・前(1)
梅の花が一足先に春を知らせた二月の末、仁穂ちゃんは無事に高校に合格した。合否は高校に貼り出される受験番号で知らされるというのでいついて行き、その番号をしっかりと確認した。
「おめでとう、仁穂ちゃん!」
その後私は急いで事務所に連絡し、合格祝いのパーティーをすることにした。仁穂ちゃんの好きなチーズケーキも買ってきて準備は完璧だ。
「これで仁穂ちゃんも高校生かー、感慨深いなぁ」
佐賀さんは切り分けたケーキを前にして、顎に手を当てて年寄り発言をしていた。
「女子高生か……」
その隣でイチくんがケーキをパクリ。皐月くんはいつも通り少し離れた社長の椅子に座っていた。
「仁穂ちゃんすっごく頑張ってたもんね」
私は仁穂ちゃんに笑いかける。いつもの落ち着いた表情が今日は少しだけ口角が上がって見える。高校に行くように麻野さんに言われてから本当に頑張っていた。
「この前来た小湊さんも同じ学校だっけ?」
「うん」
小湊楓は先日サガシヤに依頼に来た仁穂ちゃんの同級生だ。肩のあたりに佐賀さんと同じような火傷の痕がある少女。さらに彼女は仁穂ちゃんの数少ないお友達でもある。
「高校はどこら辺にあるの?」
「家から一時間くらい」
仁穂ちゃんの偏差値と、あとは自由な校風で選んだ学校だ。校則が緩めでアルバイトをしている学生も多い。
「駅から少し距離があるんですよ」
私もケーキを口に運ぶ。クリスマスのときのケーキ屋さんと同じところで買ったものだ。
「この学校就職にも結構力入れてるんですね」
いつも通りパソコンを操作していると思っていたら、仁穂ちゃんの学校を調べていたらしい皐月くんはフォークを咥えたまま言った。
「就職か、したことないな」
「イチくんはずっと朱雀組?」
「そっすね。高校のときに頭領に会ったんで」
高校生のときからずっとそんなところにいたのか。
「今はサガシヤに就職していることにならないんですか?」
「確かに。あすみさんはうちに就職しているもんねぇ」
「えっ、こんなところにすか?」
残念なことに私はここに就職してしまっているのだ。イチくんからしたらここは就職するようなところではないようだが。
「あすみさんはなんでサガシヤに?」
「えー、なんでだろう? 騙されたから?」
「騙してないよー」
確か変な求人広告を見つけて、その後依頼に無理矢理巻き込まれたんだっけ。なんにせよ、ここに居るという覚悟を決めたことは間違いない。
「彼女が立派なサガシヤになると見抜いたんだよ」
腕を広げて大げさに佐賀さんは言う。
「……まぁ、でも、あすみさん来てくれてよかったんじゃない」
仁穂ちゃんがそう口をはさんでくれたことに私は嬉しくなる。
「じゃなきゃこの部屋でこうやってケーキ食べるなんてことしてないでしょ。汚かったし」
私が来るまで、仁穂ちゃんは仕事がなければこうして事務所に顔を出すこともなかった。今は仕事がなくても来てくれる。事務所に集まってお祝いしたり、年越しをしたりする時間が私は好きだ。
ふと外を見るとまだ外は明るかった。少し前までは暗くなっている時間だったのに。
「もうすぐ三月ですね……」
「女子中学生の看板娘っていう肩書きが終わりになるね」
そういうことじゃないだろう、と思いながらも面倒なのでスルーした。
「三月かー」
私は佐賀さんの横顔を見る。いつもと変わらない。
組織に連行された佐賀さんは、聞いていた通り数日後に戻ってきた。麻野さんではない、スーツを着た男の人が運転する車で。佐賀さんは疲弊して戻ってくるのかと思ったがいつもと少しも変わらなかった。むしろ、しばらく会っていない麻野さんの方が心配になるほどに。
「春が来たら、今度はお花見しようか」
「いいすね。酒飲みましょう」
イチくんがにやりと笑ってくいっと飲む仕草をする。未成年が二人もいるというのに。私はちらりと皐月くんを見る。お花見と言ったら屋外だが、彼は大丈夫なのだろうか。
「あとは仁穂ちゃんの卒業式と入学式に行かなくちゃね」
「は⁉ 来んな!」
仁穂ちゃんの顔が一気に般若のようになる。佐賀さんが来ることが余程嫌なのだろう。
「いいじゃん、仁穂ちゃんの保護者としてさ、成長を見守らせてよ」
千宜にも頼まれてるからさ、と佐賀さんは付け足した。さすがの仁穂ちゃんも麻野さんの名前が出されたら断れないようでものすごく嫌そうな顔をしながらも拒絶はしなかった。
「無事に進学決まってよかったね」
佐賀さんは微笑む。
「これからもよろしくね、鍵師さん」
そう言って差し出された右手を仁穂ちゃんは握った。これからも変わらず、サガシヤとして依頼をこなしていく日々が続くのだと信じて疑わなかった二月の日。その晩に一本の電話が入ることを私はまだ知らなかった。
その翌日、私は仁穂ちゃんとショッピングに出かけていた。一番の目的は制服を買うことだ。合格祝いだと言って、麻野さんが全額出してくれることになっていたようで、仁穂ちゃんは嬉しそうにネクタイを選んでいた。
「本当に自由なんだなぁ」
指定の制服は決まっているが、ネクタイやリボン、カーディガンなんかは好きなものを着用していいらしい。合格発表のときに見かけた在校生はパーカーを着ている人もいたので本当になんでもいいのだろう。
少し離れたところから私は仁穂ちゃんの後ろ姿を見ていた。
「よろしかったらお姉さんもご一緒に選んであげてください」
販売員の女性に声をかけられて私はそうですね、と言った。他人から見たら、私たちの関係は姉妹になるのか。親子ほど年は離れていないから、年の離れた姉妹だと考える方が自然なのか。
私は仁穂ちゃんの隣まで歩き、手に持っていた緑色のネクタイを見た。
「それにするの?」
「あっちの赤いのと迷ってて……」
仁穂ちゃんの指す先を見る。
「どっちも買っちゃえばいいんじゃない?」
麻野さんならきっと少しくらい許してくれる。そう言おうとしたとき、ポケットに入れていたスマホのバイブが鳴った。
「事務所からだ」
今日は午後から行くと伝えてあったはずなのだが、急ぎの依頼でも入ったのだろうか。私はスマホを耳に当てた。
「はい、もしもし」
『お忙しいところすみません。今すぐ事務所に来られますか』
電話の相手は皐月くんだった。
「依頼ですか?」
『佐賀さんがいなくなりました』
予想外の発言に私は耳を疑う。
『起きたときにはいなかったんです。どこかに行ったのか、とかも考えたんですけど、それにしては不在時間が長くて……』
「ちょ、ちょっと待ってて下さい。すぐ向かいますから」
止めないとものすごい勢いで話してきそうだったので、一度電話を切る。
「なんだった?」
二色のネクタイを手にした仁穂ちゃんに電話の内容を伝えると、私たちはすぐに店を後にした。
お読みいただきありがとうございます。
話数的には折り返し地点くらいに到着しました。