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10. 暗闇の狩人(3)

「仁穂ちゃんももうすぐ卒業かぁ」


 受験の結果発表の前日、佐賀さんは事務所でそんなことを言い始めた。

 仁穂ちゃんが卒業式の練習のために登校しているからだろう。


「出会った頃はまだこーんなに小さかったのに」

「そんなに昔のことじゃないですよね」


 何はともあれ卒業は喜ばしいことだ。


「仁穂ちゃんのご両親はどうして会いに来てあげないんですかね……」


 仁穂ちゃんの気持ちを知っているからこそ、そんな言葉が口から出た。


「それ、仁穂ちゃんの前で言わないようにね」

「はい……」


 どうしても会えない理由があるのかもしれない。それに、私が口出しできることではない。

 その時、私のスマホにメッセージが送られてきた。


「仁穂ちゃんが、佐賀さんに話があるって言っています」

「おや、珍しい」


 本当に珍しい。普段は変態とかロリコンとか変態とか変態とか呼んで悪口のオンパレードで冷たく接しているのに大変珍しい。佐賀さんに頼るようなことでもあったのだろうか。


 十分ほど待っていると事務所のドアが開けられた。仁穂ちゃんが帰ってきたのだ。


「おかえり、仁穂ちゃ……」


 私は仁穂ちゃんの背後にもう一人の女の子がいることに気が付いた。仁穂ちゃんよりも身長が少し低く、低い位置で髪を二つに結っていた。


「お客様かな?」


 佐賀さんが微笑む。仁穂ちゃんは女の子の背中に手を回し、軽く押した。


「わ、私は小湊(こみなと)(かえで)と申します。あなたにお会いしたくて、鈴鹿さんにお願いしました」


 佐賀さんに会いたかったと言った小湊さんは緊張のせいか少し早口になっていた。彼女は自分のワイシャツのボタンを上から三つほど外した。


「⁉」


 女子中学生の思いもよらない行動に佐賀さんも私も困惑した。


「ちょ、ちょっと……」


 私が慌てて止めようとする。彼女の左側の下着の紐が見えていた。


「違うんです」


 止めようとした私を小湊さんは止める。その頬は赤く染まっていて、瞳にはうっすらと涙が見えた。


「見て欲しいのはこれです……」


 彼女はゆっくりと回って背中を佐賀さんに見せようとしたとき、お茶を淹れた警備員が隣室から戻ってきた。その一瞬、小湊さんと皐月くんの目が合うと、彼は持っていたお盆を落とした。


「うわあああ!」

「うわ、あっつ!」


 こぼれたお茶が佐賀さんにかかる。


「何しているんですか! 援交ですか⁉ 警察……っていうか麻野さん呼びますよ⁉」

「色々と誤解!」


 私はストールを彼女の肩にかけた。


「湯飲み割れたし僕も火傷したので、器物損壊と傷害罪を追加で」

「いや何もしてな……」

「僕ら罪を犯したら問答無用で処分ですよね?」


 それを聞かれるのはまずいのでは、と思ったところで仁穂ちゃんが佐賀さんを殴った。


「話進めていい?」

「「どうぞ」」


 どちらかというと佐賀さんは巻き込まれた方なのに殴られるのは……と思ったが、今皐月くんの周辺は濡れているし割れた湯飲みのかけらも落ちていて危険なので仕方ない。


「これなんです」


 気を取り直して、ソファーに座り直した私たちは彼女の肩回りを見た。左の肩甲骨の近くに見覚えのある火傷の痕がある。


「気づいた時にはあって、何かなってずっと思っていたのですが先日仁穂ちゃんの家の近くに三人がいるのを見かけて」


 仁穂ちゃんのことを馬鹿にしていた同級生と会った、受験が終わってすぐの日のことだろう。


「あなたの肩にも同じ痕があるのが見えたんです」


 小湊さんは右手の中指で傷痕に触れた。


「これってなんの痕なんですか?」


 私はなぜそれを佐賀さんに聞くのかが分からなかった。


「それはご両親に聞けばわかるんじゃ……」

「両親とは養子縁組で五年ほど前に出会いました。私は五歳くらいの時に施設の前に捨てられたんです。それよりも前のことは何も覚えていません」


 小湊さんの視線が私の隣に座る佐賀さんに向く。彼は黙ったまま口元に手を当てていた。

 気が付いた時にはこの痕があったという。


「自分が何者なのか知りたいんです。お願いします」


 彼女は深く頭を下げた。自分の進路を決めて、これからの将来を考える時期。自分のことが知りたいと思うのは当然だろう。


「……先に言っておくと、たぶん期待には応えられない」


 自分の願いがぴしゃりと跳ね返されて、彼女の表情は固まった。


「だけど、出来る限り、挑戦はしてみたいと思う」

「それでもいいです、お願いします!」


 佐賀さんは立ち上がり、彼女の横に座った。


「早速だけど、その火傷の痕に触らせてもらってもいいかな?」

「……はい」


 年頃の女の子が普段は服で隠れるようなところを触れられるのは恥ずかしかっただろう。だけど、小湊さんは佐賀さんに体を差し出した。佐賀さんはゆっくりと彼女の肌に触れた。おそらくその時間は五秒くらいだったと思う。

 彼女から手を離した佐賀さんは一瞬黙って俯くと何かわかったら連絡する、と言った。


「分かりました。よろしくお願いします」


 仁穂ちゃんは小湊さんを下まで見送りに行き、事務所はいつも通りの面子に戻った。ただ一つ気になるのは、佐賀さんが何かを考え込んでいるように見えることだ。

 私には何だか嫌な予感がしていた。

お読みいただきありがとうございます。

作中は出会いと別れの季節を迎えておりますが、現実では猛暑とお別れしたい日々が続いておりますね。

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