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10. 暗闇の狩人(2)

「どこ行ってたんだよ」


 一度家に戻り、着替えて仮眠を取ってから戻ったら同僚がそう言ってきた。


「……何かありましたか?」


 何連勤しただろう。残業だってたくさんしている。少しくらい休む時間が欲しいとは思いながら、それを言葉にはしなかった。


「昨夜()()だぞ」

「イヌガリですか?」


 同僚はこくりと頷いた。麻野はパソコンの画面を覗き込んだ。殺された協力者の名前、担当の警察官を記憶する。今まで殺された他の協力者たちとの接点は聞いたことがない。


「上は相変わらず黙秘だ。こりゃなんかあるな」

「調べますか?」


 人手は多い方がいい。


「生憎、上の怒りを買って昇格を遅らせたくはないのでね」


 わざとらしく眉を動かした同僚はパソコンを閉じて、部屋を出て行った。

 誰だってそうだろう。この短期間でイヌガリの事件は六回も起きている。殺された人間の数は五十を超えている。それでも、この事件自体を上層部は隠そうとしているのだ。イヌガリが組織とは無関係だとは思えない。


「組織に対抗する人間が組織の中にいる……」


 組織の中に一族に通じている人間がいるかもしれないということになる。

 麻野は右手で頭を掻いた。


 自分にできることをするしかない。


 麻野はパソコンからメールを送る。父が遺した言葉の中に信用できる人物が書かれていた。その中の一人は変わった人だが、最も信頼していた。


「誰にメール?」

「うわっ」


 突然背後から声がして麻野は思わず声を上げた。振り返ってその人物が誰なのかわかると麻野は立ち上がり敬礼した。


「し、失礼しました。三河さん」


 そこにいたのは父の同僚だった。麻野を組織に入れる後押しをした人物でもあり、昔からよく知った人物だ。


「……イヌガリのことを調べているようだね」

「相良たちに危害が及ばないか心配で……」

「彼は君の家族だもんな」


 三河はそう言って麻野の肩を叩いた。


「だが、余計なことはしなくていい。この件に関してお前は何もするな」


 麻野の視線が泳ぐ。


「お前は彼が大切なんだろう?」

「はい……」


 返事を聞くと三河は満足したように部屋から出て行った。

 何か腹の奥底に黒い物を抱えていそうな話し方。昔はそんな風に話す人じゃなかった。もっと正義感にあふれた……。


「なにかあるだろ、絶対……」


 麻野は脱力して椅子に座った。脅されたのだ。相良に手を出さない代わりにこのことは何もするなと。裏で手を引いている人物は三河だ。

 その思惑が何かは知らない。けれど、三河が直接話をしに来たということは、麻野が三河の指示に従うと、自分を信じていると思ったからだろう。

 麻野はパソコンの画面を見る。メールは既に送信されていて、それを隠すために削除をしたところだった。


「あと少しタイミングがずれていたら……」


 パソコンの通知音が鳴る。先ほどのメールの返事が来たようだ。今夜、会う約束を取り付けた。

 三河に屈しない。強い決意を持って麻野は受信したメールを削除した。

 そのまま何時間も麻野は資料を調べた。殺された協力者たち一人一人のことをできるだけ細かく。閲覧すれば記録が残る。閲覧できない記録を見ようとすると上層部のコンピューターに通知がいってしまう。けれど、麻野はそれでも構わなかった。犯罪者だろうが一般人だろうが、法的に認められていない殺人が許されるはずがない。今後も起こると分かっていて、見過ごせるはずがない。


「こんばんは。熱心だね」


 篠木さんが入り口のドアをノックして声をかけてきた。そこでようやく、待ち合わせの時間を過ぎていることに気づいた。


「すみません!」


 麻野は慌ててパソコンの電源を落とし、帰る支度を始める。


「二人で食事なんて久しぶりだね。最近忙しかったし。よく考えたら君のお父さんとも二人で食事をしたことはありませんね」

「は?」


 麻野は困惑した。相談したいことがある、という内容のメールは送ったが、食事を誘うメールは送っていない。


「急に食事に誘ってしまってすまないね。どうしてもおすすめのカレー屋さんについてきてほしくて。僕の車は今修理中だから」


 篠木さんからの返事は「了解」とだけ書かれたシンプルなものだった。麻野はそこまで聞いて何となく察した。


「……どこにあるんですか?」

「そんなに遠くはないさ。支度できた?」

「はい」


 二人は部屋を出て地下の駐車場に向かう。その間特に会話はしなかった。

 篠木が嘘をついていることに麻野は気づいていた。何のためにそんなことをしているのかはわからなかったが、合わせた方が良かったのだろう。隣を歩く上司の横顔を見ればわかった。

 ばたん、と車のドアを閉めると篠木さんは大きく息を吐いた。


「本当に行っちゃおうか、カレー屋さん」

「はは……」


 相変わらず変わった人だ。


「昼間、三河さんが来てたでしょ」

「ああ、はい」


 三河さんは父の同期。年齢的には篠木さんよりも上になる。


「盗聴されてるとまずくてね」


 そう言うと、篠木さんはポケットから小さな機械を五つ出した。色も形も様々だ。


「なんですか?」

「ここ数日間の間に僕の周辺に取り付けられた盗聴器」

「盗聴器⁉」


 篠木さんはこくりと頷く。


「ある程度の地位が無いと入れない僕の部屋にも仕掛けられていたよ」


 篠木さんの言おうとしていることが分かった。


「この組織の中に僕のやっていることに反対している奴がいる」


 篠木さんはどんなに協力者を使ってでも、早期に事件を解決させることを最優先にしている。使えるものは何でも使う。ある意味、容赦のない人だ。だから彼は今までも監視として現場にいることも多かった。


「じゃあイヌガリはあなたを狙うかもしれないってことですか?」

「それは分からないけれど、組織の人間を仕分けている最中だと思うよ」


 麻野は昼間に三河が来た時のことを想いだしていた。


「今までイヌガリが殺した奴ら全員と会ったことがあるんだ。記録には残していないけれど」


 どれほど探しても見つからなかった共通点。


「遠回しに警告しているのかもしれないね」

「組織は、協力者の使用をやめるのですか?」

「まだなんとも。被害が協力者だけに留まっているうちは何もしないんじゃないかな」


 篠木の瞳がこちらを向く。


「だからイヌガリは全てを狩りつくしてしまうかもね」


 背筋に寒気が走った。サガシヤの人間も皆、篠木に会ったことがある。


「僕は一人でも戦うけれど、どうする麻野くん?」


 麻野の答えは決まっていた。三河には何もするなと釘を刺されたけれど、ここで何もせずに失う訳にはいかない。


「僕にも、手伝わせてください」


 そして、麻野は昼間に三河が来た時の話をした。彼の言動が気になったこと。彼とイヌガリが繋がっているのではないかと思ったことを。

お読みいただきありがとうございます。

篠木さんの好物はカレーです。麻野父と会話してるシーンでも食べてました。

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