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10. 暗闇の狩人(1)

「何をしている」


 麻野は月明かりの下、一人立っている男に声をかけた。この男がここに居ていいはずがない。


「あんたこそ」


 振り返ることもなく言い返した男の声は震えていた。刺すように冷たい風のせいか、あるいはここが大切な仲間たちを失った場所だからか。


「イヌガリのことは調べられないんだろ」

「組織として大掛かりに調べられないだけだ。俺一人が動き回るくらいじゃ大して変わらんだろう」


 麻野は男の隣まで歩いた。


「あんた、組織に消されるかもしれないぞ」

「どういう意味だ」


 男はポケットから煙草を取り出して火をつけた。わずかな明かりが男の顔を照らして見せた。


「細かいことはわかんないけど、殺される少し前から頭領は何かを調べているみたいだったんだ」

「何を?」


 一茶は麻野を睨んだ。わからないって言っただろ、とでも言いたい顔。


「一人になることも多かったから篠木とでも会ってるのかと思ってたよ」


 朱雀組の人間がイヌガリに殺された理由は探られたくない何かを知られてしまったから。そう言いたいのだろうか。


「これ以上踏み込まない方がいい。あんたがいなくなったら誰がサガシヤを守るんだよ」


 突然サガシヤに身を置くことになった一茶だが、彼なりに新しい仲間を大切に思っていた。麻野が佐賀を筆頭としてサガシヤを守ろうとしていることも何となくわかった。


「俺に何かあった時にはお前があいつらを守ってくれ」


 予想外の返答に一茶は目を丸くした。


「手、引かない気かよ」

「イヌガリが次誰を狙うかわからないからな。こっちは俺がやっておくから、お前こそここに来るな」


 イヌガリが今まで殺したのは協力者のみ。警察官は誰も殺されていない。そのポリシーがあるなら、一茶が殺される可能性は高くても麻野が殺される可能性は低いだろう。


「お前はもうサガシヤの一員だろ」


 麻野はそう言って現場から離れていく。


「……俺の家はここだ」

「送ってやる、早く車に乗れ」


 一茶の小さな呟きは麻野に聞こえていなかった。






「受験お疲れ様!」


 佐賀さんがたまには二人でゆっくりしなよ、と言ってくれたので私たちは家でのんびり過ごしていた。


「もう二度と勉強したくない……」


 ようやく受験を終えて残すは合格発表のみとなった仁穂ちゃんは疲れ切っていた。毛布を頭から被ってテーブルに突っ伏している。


「今日はおいしい物でも食べに行く?」

 最後の追い込みを頑張っていたのはよく知っている。二人で少し贅沢をしてもいいだろう。


「あすみさんのご飯がいい……」


 仁穂ちゃんは少し恥ずかしそうにしながら言った。なんてかわいいんだ。私は一人っ子だけれど、妹ができたみたいな感じがする。


「一緒に買い物行く?」


 そう聞くと彼女は頷いた。

 私たちは支度をして家を出る。駅前のデパートにでも行って、高めのお肉を買おう。なんて相談をしながら歩いていると正面から歩いて来た二人組の女の子が仁穂ちゃんに声をかけた。


「うわ、こんな日にまで会うなんて最悪」


 私は仁穂ちゃんを見る。友達とは思えないが同級生だろうか。


「おばさんいい事教えてあげようか、こいつテストはカンニングするし、教師のこと誘って成績もらうようなクズだよ」


 バカにするよう笑う女の子たちは、授業はほとんど聞いていないのに受験直前にテストの点数が上がったことや、冬休みに毎日担任と二人で会っていたことを言った。それが全部成績を上げるためのもので、サガシヤに居続けるための条件だったことは私がよく知っている。

 だけど仁穂ちゃんは黙っていた。


「援交してるらしいし、こんなのを養子にしない方がいいと思いますよ」


 髪の長い女の子は私たちの関係を義理の親子だと思っているようだった。この子は仁穂ちゃんに親がいないことを知っているんだ。


「ほんとキモい」


 もう片方が吐き捨てるように言った。仁穂ちゃんはずっと座った眼をして黙っていたが、いよいよ私は限界を迎えた。


「あなたたちね……!」


 言っていい事と悪い事がある。そう言おうとしたとき、彼女たちの肩を後ろから誰かが掴んだ。


「佐賀さん」


 佐賀さんの目はまっすぐに髪の長い女の子を見ていた。いつものような穏やかさは全く感じない。むしろ麻野さんに近い雰囲気がする。


「セ、セクハラになりますよ?」


 私がそう言うと佐賀さんは彼女たちから手を離していつも通りの笑顔になった。


「仁穂ちゃんと仲良くしてくれてありがとう」

「は?」


 女の子たちは意味が分からないようだった。


「あの子、僕らの仕事をたくさん手伝わせちゃっているからあんまり学校の友達と遊ぶ時間もなくてね。ああでも、最近は受験勉強すごく頑張っていたんだよ」


 佐賀さんは笑顔のまま彼女たちに話し続ける。


「もうすぐ卒業だけど穏便にね、香川さん、二見さん」

「なんで名前⁉」


 女の子たちは一気に青ざめる。


「僕は仁穂ちゃんの家族じゃないけど、妹みたいに大事に思っているから。よく覚えておいて」

「い、行こっ」


 二人は怯えて逃げ出した。怖がるのも無理はない。面識のない背の高い男の人が自分たちの名前を知っていて、脅してきたのだから。


「セクハラで名前を見たんですか?」

「まあ、そんなところだね」


 佐賀さんは笑う。あの子たちは可哀そうだが自業自得だろう。仁穂ちゃんのことを悪く言った彼女たちの逃げていく姿を見て、私も少しすっきりした。


「でも、どうして黙っていたの?」


 私は仁穂ちゃんを振り返る。


「問題事は起こすなって麻野さんに言われているし、あの人の方が桁違いに怖いから」

「ははっ、確かに!」


 私たちは笑った。落ち込んでいるかもと思ったことがバカみたいだ。そもそも仁穂ちゃんは相手にしていなかったのだから。

 すると突然、佐賀さんがくしゃみをした。


「いい加減寒いな……」

「気になっていたんですけど、やっぱり濡れてますよね?」


 佐賀さんの髪はいつもよりぺったんこだ。真冬に濡れたまま外出するなんてどんな精神をしているのだろうか。


「途中で犬が溺れててさ、川に飛び込んだんだよ」


 ぶるり、と佐賀さんの体が動く。その肩に何かが貼りついていた。


「葉っぱみたいなのが服の中に入り込んでいますよ」

「えー、取って」


 佐賀さんは私の前で中腰になる。遠慮なく和服を引っ張って貼りついたものを露出させた。その葉っぱの横に火傷の痕が一つ残っているのが見えた。


「寒いから、早く」

「あ、すみません」


 剥がした葉をその辺に捨てた。濡れた葉は舞うことなくボトリと落ちた。


「うちでお風呂入っていけば」


 さすがに同情したのか、仁穂ちゃんはそう言って家に向かって歩き出す。


「ありがとう」


 そう言うと佐賀さんはもう一回大きなくしゃみをした。

お読みいただきありがとうございます。

アイスがおいしい暑さですね。最近は凍らせたヨーグルトを食べることにハマっています。

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