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8. 罪を摘む(1)

「みんなで一緒に年越ししようか」


 クリスマスも終わり、仁穂ちゃんは冬休みに突入。全員が朝から出勤している日々が始まった。

 年末と言えばやることは一つ。大掃除だ。サガシヤの清掃員としての大舞台だ。気合を入れて、道具をそろえて、いざ始めようというときに佐賀さんはそう提案してきた。


「……毎年そうなんですか?」


 水を差されたような気がするがここは大人な対応をしてあげよう。私は事務所警備員から椅子を奪い取り、カーテンを外していく。それでも警備員は立ったままパソコンを操作していた。


「いや、いつもは適当だったけど」


 ちらっと佐賀さんは仁穂ちゃんを見た。中学三年生の仁穂ちゃんは間もなく受験を迎える。彼女はソファーに座ってしかめっ面で問題集と向き合っていた。

 いつもは適当だった。ということは、 毎年仁穂ちゃんは一人で新しい年を迎えていたのか。


「もしかして帰省する?」

「帰省の予定はないので年越しパーティーしましょう」


 佐賀さんがニコッと笑う。千宜も呼ぼう、と言ってスマホを取り出した。


「げ」

「上司を毛嫌いするんじゃありません」


 真剣に問題を解いていると思っていた仁穂ちゃんはあからさまに嫌がった。通常運転でも麻野さんは怖く見えてしまう。彼女はそんな上司が苦手なのだ。


「それより、こないだの動画なんですけど」


 そんな空気もお構いなしに警備員は言った。

 動画、それは火災の容疑者かもしれない人物が映りこんでいたコンビニの防犯カメラの映像のことだ。そこに映る子どもの口元は、佐賀さんがぶつかった白髪の少年のものとどこか似ているように感じていた。


「こいつの髪色は……」


 私たちは警備員を見つめる。


「白じゃない、とは言い切れないです」

「……つまり?」

「髪色では彼を除外できません」

「……状況変わってないじゃん」


 私は思わずつぶやく。防犯カメラのフードを被った少年が白い髪であれば、同一人物である可能性はかなり高まっただろう。警備員はそれをずっと調べていた。


「画質がネックでした。力及ばずすみません」

「仕方ないさ」


 佐賀さんは警備員の頭をわしゃわしゃして隣室に行く。そこには本棚まるまる一つ分の資料が広げられていた。広げたまま沖縄の依頼に向かったので数週間このままの状態だったから、紙の上には埃つもり始めていた。

 沖縄から戻ってから佐賀さんはずっとこの紙とにらめっこしている。そこには佐賀さんについての捜査資料もあった。佐賀さんが放火殺人の犯人であるという前提のもと進められた捜査の資料だ。一瞬、視界に入って、私はすぐにその紙から目を逸らした。


「隣室の掃除もしますからね」


 背中を向けたまま私は言った。


「それは嫌だなぁ」


「一族」の手がかりかもしれないと分かってから、佐賀さんはこんな感じになってしまった。心のこもっていない上辺だけの返事。きっと数時間後にはこのやり取りを忘れているだろう。


「ずっと追っていましたからね」


 佐賀さんに聞こえないくらいの小さな声で警備員は言った。


「僕をスカウトしに来た時も、どうしても捕まえたい奴がいるから力を貸してほしいって言っていたんですよ」

「そう……」


 佐賀さんも「一族」に関わっている可能性が高い。それは彼の背中の火傷の痕が証明している。

 その時、事務所の電話が鳴った。


「はい、サガシヤ事務所です」


 警備員は慣れた様子で電話を取ると、タイピングでメモを残す。


「分かりました」

「依頼ー?」


 隣室から佐賀さんが聞く。


「麻野さんからで、お仕事についてです」


 麻野さんから、ということは組織の仕事だろう。警察の捜査に犯罪者が協力する構図の組織。もう一つのサガシヤの顔であり、それは大きな危険を伴う。


「決行日は未定ですが、強盗殺人のグループを捕まえるそうです。他班と合同で。」

「他班?」

「千宜がサガシヤを管理しているのと同じで、千宜が他の班を管理していたり、他の特殊警察が管理している班もある。詳しいことは知らないけどね」


 別の犯罪者グループ。そこには一体どんな人がいるんだろう。


「そんなこともするんですね……」

サガシヤ(うち)は特殊で戦闘員としては役に立たない人ばかりだからね」

「戦闘するんですか……?」

「相手も犯罪者だからね」


 あっさり佐賀さんは答える。そういえば誘拐された子どもを助けたときも恐ろしい思いをしたのだ。


「使える駒ならなんでも使う。それがあの組織だから。犯した罪の大きさで選定されていないから、他班には普通に人を殺した人がいたりするよ」

「そんな人たちが世の中に解き放たれているんですか⁉」

「多くは組織の管理する地下室の中にいるよ」


 涙目の私に佐賀さんは言う。絶対に反応を見て楽しんでいる。


「普通の生活はできていないだろうけれど、少なくとも彼らの肩書きに犯罪者はない」

「そんな人たちと協力なんてできませんよ……」


 なんて恐ろしいんだろう。人を殺して、罪も償わず、犯罪者として報道されることもない人たち。


「まぁ、そんな危険な奴らと合同になることはないだろうから大丈夫さ」


 佐賀さんはそう言って隣室に戻っていく。


「きっと今回もヤクザでしょ」

「そうだと思います」

「ヤクザ……」


 仁穂ちゃんたちはなんてことないみたいな反応をしているが、私からすればヤクザも充分怖いのだが。


「今の時期警察も忙しいはずなのに、年をまたぐ事件にしたくないのかねぇ」


 佐賀さんはようやく片づけを始めた。麻野さんが来るからだろうか。


「あ、メールが来ました」

「メール?」


 麻野さんから仕事に関することだろうか。警察の内部情報だからメールで送ってしまうのは危険なのでは。


「集合場所と時間が書いてあります」

「げっ」


 佐賀さんは顔をしかめる。仁穂ちゃんも苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。


「何が問題なんですか?」

「ぶっつけ本番てことだよ」

「情報の流出をできる限り防ぎたいんですよ」


 情報の流出の可能性が高まるけれど、協力者に詳細を説明して入念な準備をさせるやり方と、事前の説明をせずに敵に悟られないようにするやり方があるらしい。協力者を駒として扱う人が多いこの組織では後者が圧倒的に多い。


「麻野さんは比較的事前に情報をくれるんですけどね」

「年末で忙しいからか、それとも合同の仕事だからか」

「合同だからでしょ」


 サガシヤの裏の顔はまだ詳しく知らない。そのせいで私は話についていけなかった。


「他班の担当が千宜より上の立場の人だったら、あいつはその人のやり方に従うしかないってことよ」


 佐賀さんは床に散らばった資料を適当にファイルに挟んで、それを適当に本棚に突っ込んだ。

 私はそんな風に適当に片付ける上司に従わなくてはならない。それと同じか。


「麻野さんも大変ですね」


 外したカーテンからフックを取る。どこに置いたかわからなくならないように、仁穂ちゃんが勉強しているテーブルの端っこに置かせてもらった。日光がダイレクトに事務所に入り込んでいる。


「それで、場所と時間は?」

「ええと……」


 カーテンがなくなったことで画面が見にくくなってしまったらしく、警備員は顔を画面に近づけた。


「今晩の十九時に組織の駐車場ですね」

「今日かい……」


 佐賀さんは大きくため息をついた。


「仁穂ちゃんたち一旦お家に帰りな。準備が必要でしょう」


 そう言われて仁穂ちゃんはぱたんと教科書を閉じた。仕事が嬉しいのか、勉強をやめる口実ができたことが嬉しいのか、彼女の口元は綻んでいた。

 私はやりかけの作業をしたい。せっかくカーテンを外したのだし、今日はとてもいい天気だ。


「こちらにも支度が必要だからね」


 帰ることを躊躇っている私に気づいて、佐賀さんはそう付け加えた。帰ってほしい、と思っているのだ。

 私が邪魔になると思っているなら、その判断に従うのが部下の務めだ。


「分かりました」


 私は外したフックをもう一度取り付ける。


「車出すよ」

「いいですよ、仁穂ちゃんと一緒に電車で帰りますから」


 彼だって準備に忙しいだろう。仁穂ちゃんを見ると、彼女もこくんと頷いた。


「じゃあ、気を付けてね。七時前に迎えに行くよ」


 一体どんな仕事が待っているのだろう。行方不明の少年を探した時みたいに、命を狙われることがあるのだろうか。


「帰ろうか」


 私はそんな不安を振り払おうと笑顔を作って仁穂ちゃんに向けた。

お読みいただきありがとうございます!

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