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7. 愛情の向かう先(3)

「行ってらっしゃい」


 手作りのお弁当を手渡して仁穂ちゃんを見送る。週末の引っ越し作業で疲れた体を伸ばした。

 もうすぐ佐賀さんが家に来る。通勤の時間も何が起こるかわからないから、と佐賀さんは私の送迎を申し出てくれた。朝が苦手な佐賀さんが本当に時間通りに来るのかは半信半疑だったが、彼はちゃんと予定通りに現れた。


「おはよう、あすみさん」

「おはようございます」


 いつも通りの笑顔がこちらを見ている。


「早く起きられるならいつもそうしてくれればいいのに」

「あすみさんを心配しているんだよ」


 そう言われて私は昨夜送られてきたメッセージを思い出す。ようやく転職を知らせた返事が母から送られてきたのだ。

 その内容は、端的に言えば、『一度帰って来い』というものだった。なんで辞めたのかとか、新しい職場はどんな感じなのかとか、聞きたいことが多すぎて文字で打ち込むのは面倒なのだろう。

 サガシヤは暇も多いから、帰省自体はいつしてもよかった。ところが、そういう訳にはいかない状況が訪れてしまったのだ。


「昨日の映像、どうなりました?」


 もう少し解析してみる、帰り際に警備員が言ったのが聞こえた。


「宣言通り解析しているよ。あの子の髪色が分かれば一発だしね」

「そうですか……」


 フードに隠された髪をどうにか見ることができないかと奮闘しているらしい。


「『一族』はあすみさんとも関りがあるのかもしれない」

「どうしてですか?」


 ハンドルを握る佐賀さんは唐突にそう言った。私には佐賀さんのような火傷の痕はない。どうして私に接触してきたのか、全く心当たりがない。


「ずっと、何も進展していなかったんだ。同じ火傷の痕を持つ者も現れないし、不自然なバラバラ殺人も起きていない。」

「だとしても、私は平凡な人間です……」


 そんな恐ろしいことに巻き込まれなくてはならない心当たりがない。あの求人広告を見つけなければ、佐賀さんが私を見つけなければ間違いなくこんなことにはなっていない。


「『一族』が消滅していない可能性が高まったのは変わりないさ」

「『一族』って、バラバラで見つかった人たちのことを指すんですよね?」

「いや」


 血縁関係が見られたバラバラの遺体。ところが、その遺体は幼い子どものものだった。子どもを大量に作り、バラバラにして遺棄した何者かが存在する。子どもたちの親がそれに無関係だと考えることはできない。佐賀さんは敵を「一族」と呼ぶ理由を教えてくれた。


「佐賀さんは子どもの時に保護されたんですよね?」

「うん」


 佐賀さんが見つかった火事は、殺された子どもたちに関わるかもしれない。もしかしたら、火事は佐賀さんを殺すために起きたのかも。


「はい、到着」


 気が付いたら見慣れた駐車場だった。


「佐賀さんは、どうしたいんですか?」

「何が?」

「もしも、『一族』が見つかったら」


 『相良を犯罪者にしないでくれ』そう言った麻野さんが頭を過る。彼は、自分の記憶を奪い、苦しめた犯人をどうしたいのだろう。殴る? 蹴る? 命を奪うなんてことはさすがにしないだろうけれど。

 佐賀さんは車を降りて歩き出した。


「見つける、より先のことは考えていないよ」


 自分はサガシヤだからね、と彼は付け加えた。


「おかえりなさい」


 事務所には一人でお茶を飲みながらパソコンと向かい合っている警備員がいた。


「おはようございます」

「ただいま」


 いつも通り部屋は散らかっている。肩を落としながら隣室のドアを開けると床一面に紙が広げられていた。どの紙にもびっしりと文字が書いてある。想定外の惨状に思わず意識を失いそうになる。


「ああ、ごめん」

「ごめんじゃないですよ! 誰が片付けると思っているんですか!」


 私よりも背の高い本棚の一つが丸ごと空っぽになっているのが見える。


「悪いんだけど、片付けないでくれるかな」

「はい?」


 自分で片付けます、ではなく。清掃員に片付けるな、と。


「このままにしておくんですか⁉」


 足の踏み場など無いに等しい。佐賀さんが何をしているのか、今の私には何となく想像できた。きっとこれは全て「一族」に関わる資料で、佐賀さんはそれから何かを視ようとしているんだ。どんな些細なことでも、きっかけになるかもしれないから。


「そういえば依頼が入りましたよ」


 警備員に呼ばれて佐賀さんは離れていく。


「どんな依頼?」

「えーっと、旦那さんの浮気の証拠探しですね」

「「ゲッ」」


 私と佐賀さんは同時に声を上げた。泥沼間違いなしじゃないか。


「でもかなりいい金額で依頼してくれるみたいです」


 どれどれと言いながら画面を覗き込む。そこに何が書かれていたのか、佐賀さんは一瞬で手のひらを返した。


「いいね、受けよう」


 やはりお金持ちほどこういう胡散臭い事務所を信じてしまうのかもしれない。


「アポ取って。今すぐ来てもらえるか、それともこちらから行くか」

「分かりました」


 警備員は手早くメールを送る。すると、一分もしないでその返事が送られてきた。


「交通費は全部出すから来てほしいとのことです」

「了解。あすみさん支度して——」

「沖縄に」


 一瞬、全員の動きが止まった。


「……なんて?」

「ご依頼主は沖縄在住みたいです」


 コートを手に持ってしまった私は佐賀さんを見た。


「支度には時間がかかります……」

「想定外だよ」


 いつの日か、サガシヤは依頼さえあれば世界にだって行くと言っていた。


「……飛行機の便調べてもらえる?」

「最短だと今日の夕方に空きがありますね」


 佐賀さんが申し訳ない顔をしながら私に視線を向ける。


「一時間で支度できる?」


 浮気の証拠が見つかるまでにどのくらいの時間がかかるかは分からない。簡単に帰れる距離ではないから、忘れものをしたら苦労することになる。女の支度の大変さをなめてもらっては困る。


「じゃあ一つ、お願いを聞いてもらえますか?」


 こうして、私は条件付きで急ぎ沖縄に向かうことになった。

お読みいただきありがとうございます!

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