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6. 待ちぼうけの胸の内(6)

 家を出て、私はスマホを取り出す。一番新しいメールに初めて返信する。送信ボタンを押して、ドキドキしながら待っていると了解メールが送られてきた。


 元上司との待ち合わせに指定した会社の近くの大きな公園に着いたとき、私の鼓動が強まる音がした。久しぶりに見る姿。左腕の時計と右手に握ったスマホを交互に見ていた。


「……お待たせしました」


 意を決して私はあの人の前に現れる。彼は私を見て安心したような顔をした。


「元気そうだね……」


 彼が最後に見た私の姿は倒れたときだったから思ったよりも顔色がよさそうで安堵したのだろう。


「メールで送った通りだよ。戻るなら早い方がいい。同僚にも先方にも一緒に謝りに行こう。今ならまだ間に合うから……」

「勘違いしないでください」


 ぴしゃり。私は言葉を遮った。


「私があなたに連絡をしたのはそんな場所に戻りたいからじゃありません」

「え?」

「私が辞める理由は、失敗をたくさんしたからじゃありません。あんな風に他人を貶めるようなことをする人たちと一緒に働きたくないからです」


 あの時、好きだった仕事を辞めた時、私にとってこの選択は逃げだった。


「それに、今までの私の働き方を見ておきながら奥さんたちの言葉を鵜呑みにして悪者を決めつけるような上司の部下になんて戻りたくないです」


「そんなことは……」


 けれど今は自信を持って言える。


「私は新しい職場で働くことを選びます」


 佐賀さんは私を見つけてくれた。私のことを信じてくれる人の下で。


「もう二度と連絡してこないでください。今までお世話になりました」

「違うんだ、君の力が必要なんだ!」


 私は元上司に背中を向ける。


「頼む! 君に戻ってきてほしいんだ!」


 必死な声が聞こえてくる。それもそのはず、彼は仕事ができる人だ。人との関りやプレゼンは非常にうまい。けれど、彼は予定の管理や提出書類の管理が苦手なのだ。私がいた頃はそれらを全て私がサポートしていた。自分の仕事をしながら、サポートもするのは大変だったのをよく覚えている。


「君を必要としているんだ!」


 サポートをしてくれる人がいなくなってミスが目立ち始めたのだろう。彼の取り巻きはお世辞にも仕事ができるとは言えない。結局、彼は自分のために私に戻ってきて欲しかったのだ。


「絶対戻りませんから!」


 大声で言ってやる。ちょうどよく公園の前に車が止まった。私は運転席に座る人を見て思わず笑みがこぼれる。


「さようなら、先輩」


 車は私を乗せて発進した。


「このためだけに視たんですか?」

「そんなことしないよ、皐月くんに位置情報を見てもらっただけさ」


 運転席の真後ろに座る私の隣には仁穂ちゃんが座っていた。


「千宜のところに行きたいって仁穂ちゃんが連絡してきたからね、このまま行こうと思って」


 自分で連絡したのか、佐賀さんに。いつもよりも佐賀さんのテンションが少しだけ高い気がする。


「佐賀さん」

「うん?」

「これからもよろしくお願いします」


 私の気分は晴れ晴れとしていた。逃げてしまったことの罪悪感。成り行きでサガシヤに身を置かせてもらっているという感覚。そんなものはもうない。


「うん。こちらこそ」


 私は堂々とサガシヤの社員だと言ってみせる。


「千宜のところに着いたらまずはみんなで怒られようね」

「みんなで?」

「自宅謹慎の仁穂ちゃんを連れまわしているのだからあすみさんも一緒に怒られるよ?」


 心機一転して初めての大仕事は、あの恐ろしい麻野さんの説教を受けることになるなんて。


「乗り越えて見せます!」


 私はそう言って強がった。

 体の内側から暖かくなってくる。それは暖房のせいか、人のぬくもりか。冷たくなってしまった両手を絡める。外はもう日が落ちていた。

お読みいただきありがとうございます。6話はこれにておしまいです。

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