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6. 待ちぼうけの胸の内(1)

 私はあの後、病院の手続きをして家に帰った。麻野さんから聞いた佐賀さんの話は衝撃的だった。


『あいつは組織に協力することで自分を捕らえていた人を探そうとしている』


 視える力を使わずに、佐賀さんは探している。誘拐された海琉君を探すために使ったくらいなら代償は一時的な不調で済むようで、佐賀さんは麻野さんの家に連れていかれたらしい。


「死との出会い……」


 麻野さんや、その両親が死ぬ光景を視る。大切な人がどうやって死んでしまうかが触れた瞬間に視えてしまうなんて、どれほど恐ろしいだろう。


「どうしようかな」


 この話も全部聞いて、それでもサガシヤで働くというならもう止めない。麻野さんは別れ際にそう言った。麻野さんの最優先は佐賀さんの無事だ。私みたいな足手まといを守れるかは分からない。

 それでも私は変わらずサガシヤに居たい。


『あなたに頼みがある』


 とても真剣な眼差しだった。


『相良を犯罪者にしないでくれ』


 何度思い返しても、私に頼む必要があるのか分からない。私に言わなくても本人に言えばいい。


「どうしようかなぁ」


 もう一つ、私の頭を悩ませているのはこの一枚の紙切れだ。ポストに投函されていたこの紙には、契約更新についてと書いてある。借りているこの部屋の更新の時期が来てしまったのだ。このままここに住み続けてもいいような気もするが、やはり前の会社に近いことも気になる。引っ越すとなるとまた別の問題が発生してくる。


 ピロン


 スマホが新着メッセージを通知した。電源のついた画面には「元気?」と書いてある。母からだ。

 そう、両親に会社を辞めたことをまだ話していない。引っ越したら会社を辞めたことを言わなくてはならないだろう。いや、言わなくても引っ越せるかもしれないが、引っ越しの理由で嘘をつくのは忍びない気がする。遅かれ早かれ言うことにはなると思うが。


「元気ですよー」


 スマホに向かって言ってみる。今日はもう疲れた。返信は明日でいいや。






「ん……?」


 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。私はテーブルに頭をのせたままだった。よく見るとカーテンから明るい光が射している。朝が来たらしい。


「朝⁉」


 私は急いでスマホの電源ボタンを押す。しかし画面は暗いまま。どうやら充電が切れてしまったようだ。


「なんでこんな時に!」


 棚の上に置いてある腕時計を見て私は声にならない叫び声をあげた。


「電話しないと!」


 ああ、駄目だ。スマホが動かないんだ。公衆電話から事務所にかけよう。滅多にない依頼の電話と勘違いさせるのは可哀そうだけれど。遅刻の連絡をしないわけにはいかない。


「電話番号わからないや……」


 詰んだ。スマホがないと何もできない典型的な現代人だ。モバイルバッテリーとスマホを繋いでとりあえず充電を優先する。その間に急いで身支度を整える。乱暴にハンガーからシャツを奪い取る。朝食は向こうで食べればいい。


「ああ最悪だ……」


 会社に勤めていた頃でさえ寝坊で遅刻なんてしたことなかったのに。

 私はモバイルバッテリーとスマホを鞄に入れて家を出る。支度をしている数分の間に電源が入るくらいには回復しているだろう。電源ボタンを長押しするとパッと画面が光った。よかった、電源はつきそうだ。


「どっちにしろ連絡帳に登録してないけど検索すれば出でくるよね?」


 ちゃんと登録しよう。そう思いながらサガシヤで検索する。残念ながら、どれほどスクロールしてもそれらしい事務所は出てこない。


「なんて無名なの!」


 こうなったら手法を変えるしかない。今度は地図アプリを起動する。地図から調べればサガシヤの電話番号が載っているかもしれない。


「ないじゃん……」


 こちらには一階の洋服屋は載っていてもサガシヤは載っていなかった。もういいや、一階の従業員の涼さんから伝えてもらおう。


「電話……」


 古いスマホということもあって充電が遅い。通話の途中で切れてしまうかもしれない。確実なのはやはり公衆電話だ。


「あるかな……」


 幻となりつつある公衆電話を見つけることができるだろうか。私が子どもの頃は学校や駅や公園に必ず置いてあったのに。


「もういいや、スマホでかけよう」


 切れたらその時はその時だ。


「もしもし、涼さん」

『清掃員ちゃん?今日遅いね』


 片言のイラッシャイマセからここまで会話をしてもらえるようになっていてよかった。


「寝坊しました……。佐賀さんに伝えてもらってもいいですか?」

『いいけど、あの人は気にしないと思うよ』


 それじゃ、と言って涼さんは電話を切ってしまった。どうにか伝えられてよかった。


「急ごう」


 私は駅まで走って電車に乗った。ホームにはちょうど電車が入ってきたところだ。反対方面の電車も入ってきて、二つの電車は隣り合った。会社に行っていたころは反対側の電車に乗っていた。

 あれからしばらく経った。会社の人たちはどうしているだろうか。邪魔な私を追い出せたことに祝杯でも挙げたのだろうか。


「佐賀さん怒ってないといいけど……」


お読みいただきありがとうございます。

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