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5. Promise(4)

誰もいない病室で、祐正は相良の話をちゃんと聞いた。包帯で片目を覆われた相良の前に祐正は膝をついて、その手をぎゅっと握って。

 そうして初めて知ったのだ。物や人に触れると不思議な映像が流れることがあると。そして、それは実際にこれから起こったり、あるいは本当に起こったことだった。あの火事の時も、祐正と相良が出会うことは分かっていた。


「今朝、千宜がバスで死んじゃうのが視えて」


 行かないでと伝えても行ってしまう未来は変わらない。


「運命を変えるためにはそれ相応の代価が必要だから……」

「そのために、眼を?」


 相良は黙って頷いた。暖かい相良の手とは対照的に、祐正の手は冷たかった。


「眼だけじゃ足りなかった……千宜、怪我してた」


 祐正の頬を涙が伝った。祐正は相良に頭を下げる。


「千宜を守ってくれてありがとう」


 そのまま手を引いて祐正は相良を抱きしめた。


「でも二度とやっては駄目だ。自分を犠牲にしてまで人を助けなくていい」


 心臓の脈打つ音がする。この鼓動がなくならなくてよかった。

 喜びと、悲しみと、何もできない無力感と。様々な感情が混ざり合う。


「約束してくれ。もう二度と他人のために自分を痛めつけないと。自分を大切にしてくれ」






 それから二年がたち相良は成長した。学校に通い、視える力ともうまく付き合えるようになっていた。

 そんな家族を嘲笑うかのように悲劇は再び近づいて来るのだった。


 ガシャン——


 祐正に渡されたコップが相良の手から落ちた。それまでの無表情から、絶望を感じたかのような表情に変わり祐正を見た。


「なんか視えたのか?」


 こんな風に表情が豊かになったことを喜ばしく感じる一方で、どんなことが視えてしまったのか、祐正には何となくわかった。


「父さんと母さんが……」

「母さんも一緒なのか」


 今にも泣きそうな顔。祐正は相良を抱きしめた。


「約束は覚えているかい?」


胸の中で相良は頷いた。他人のために自分を傷つけない。それは祐正と香子の未来を変えないという約束になる。


「約束は相良がおじいちゃんになっても続くからな。忘れないように」


相良が震えている。泣いている。されるがままだった少年が、こんなに変わった。


「千宜と仲良くするんだぞ」

「父さん……」


 逝かないで、と伝えたいかのように背中に回された手は強く服を掴んでいた。


「ありがとう、うちの子になってくれて。幸せだったよ」






「俺たちもうすぐ死ぬみたい」


 夫婦の寝室で先に横になっていた祐正は真っ暗な天井を見ながら言った。


「何の冗談よ」


 ベッドに座ったままこちらを振り向いた。


「相良が教えてくれた」

「じゃあ信じるしかないね」


 香子は笑った。あの日、相良の眼を奪ってしまったのは信じることができなかった自分だとずっと責め続けてきた。


「あとどのくらい時間があるんだろう?」

「さぁ?」


 色々準備しないと、香子はそう言いながら指を折っていく。こういうところは本当に逞しい。


「怖くないの?」

「二人一緒なら怖い物なんてないわよ」

「ははっ、さすがだよ」


 やっぱり自分の奥さんは最強だ。祐正は起き上がって、香子を後ろから抱きしめた。


「愛してる」


 その体は小刻みに震えていた。


「知ってる!」






 二人が死んだのはそれから三日後のことだった。居眠り運転のトラックが歩道に乗り上げたことによる交通事故。他の歩行者を二人が守ったおかげで他の被害者は出なかった。正義感にあふれた実に二人らしい最期だと千宜は言った。


「相良、ありがとう」

「なんで……見殺しにしたのに……」


 死ぬことが分かっていたおかげで、二人はたくさんのことを遺してくれた。それぞれに宛てた手紙や、二人の遺体の扱いの希望。

 千宜は相良を抱き寄せた。震える肩、二人の瞳から涙が零れ落ちた。


「約束を守ってくれてありがとう」


 二人が遺した物の中で最も重要だったものがある。


「これからお前のことは俺が守るから」


 それは推薦状だ。麻野祐正の後任として、麻野千宜を推薦するという物。組織の中での立場を高めていた三河、篠木の印も押されている。麻野相良の監視には麻野千宜が適任であると。そのおかげで、後任は千宜に決まった。

 ところが、その推薦状は思わぬ弊害をもたらした。それは相良の視える力が偶然ではないことを証明してしまったのだ。


「お前を監視官にすることは認める。その代わり、相良の能力は組織で管理する。協力者として登録することを条件とする」


 協力者は犯罪者という構図からして、相良を放火殺人の犯人と認めることになる。相良の力は代償だって必要になる。


「お前がこれを拒否するのであれば、今からでもあいつを独房に入れてあの日のことを洗いざらい吐かせる」


 仮に忘れていても、過去も視えるというのなら視させればいい。組織の偉い人が言ったその言葉に千宜は震える拳を握った。


「分かりました。監視官になります」


 こうして二人は組織に加入することとなった。


 今度は千宜が相良を守るために。


お読みいただきありがとうございます。5話はこれにて完結です。

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