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4. 消えた少年(3)

「そんなに力任せに動かさないで下さいよ」


 階段を下りてようやく解放された腕を私はさすった。


「佐賀さんの邪魔をさせたくないのは分かりますけど……」

「違う」


 麻野さんは大きくため息をついた。


「あそこにいたら巻き込まれるかもしれないから動かしたんです。すみませんでした」

「巻き込まれる?」


 彼は佐賀さんを心配しているかのように階段を見た。


「この世の全ての瞬間に出会いがある」


 麻野さんは階段に腰を下ろした。


「あいつは今、あの紙と新井家の記憶との出会いを視ているんです」


 紙を手に取って、思い出して。麻野さんがあの夫婦に言っていたことを思い出した。


「……佐賀さんは本当に出会いが視えるんですか?」

「嘘だと思うよな、普通は」


 私もその隣に座った。


「ありえないって思うんですけど、私は佐賀さんに見つけてもらったんです」


 あの日、普通の人だったら気づかないような位置にあった張り紙。私のことを知っていた佐賀さん。


「佐賀さんが視えるのは本当かなって思っちゃいます」


 私は微笑んだ。麻野さんはとても悲しそうな顔をしていた。


「あいつと一緒にいるの怖くないですか?」

「普段はそんな風に見えないですからね」


 この人は佐賀さんが怖いと思ったことがあるのだろうか。私は体を麻野さんの方に向ける。


「麻野さん、やっぱり私はサガシヤで働きたいです。佐賀さんに要らないって言われるまで、ずっと続けたいです」


 あんな風に適当な人だけれど、彼の下でサガシヤにいたいという気持ちは揺れない。


「私にサガシヤにいる資格がないのって、警察の組織に加入していないからなんですよね?」


 リビングから夫婦の話声が聞こえてきた。内容までは分からないが、佐賀さんの無茶なお願いに怒っていそうな声ではなかった。


「どうすれば加入できますか?」


 麻野さんは指を組んで首を垂れた。


「……あなたの気持ちは分かりました。それでも、組織への加入は難しいでしょう」


 重たい口は開かれて彼はその組織の説明を始める。


「この組織は警察の人間のごく一部の者と、その特別な協力者で構成されています」


 特別な協力者、それが佐賀さんや警備員、仁穂ちゃんのことを指すのだろう。


「協力者は全てサガシヤのように管理されています」


 協力者の何人かのまとまりを警察の人間が監視、管理する仕組み。


「協力者はどうして管理されなくてはならないのですか?」

「それは彼らが犯罪者だからです。組織への協力と引き換えに一定の自由が保障されている」


 犯罪者。


「どういうことですか……?」


 私には麻野さんの言った言葉の意味が分からなかった。犯罪者は警察に捕まって、裁判をして、罰を受けるものだろう。

 それに、その言い方だとサガシヤの従業員が犯罪者だということになる。犯罪者でない私は組織に加入することはできないと。


「佐賀さんたちが犯罪者……?」

「そう。それを監視するのが俺の役目です」


 信じられなかった。驚愕する私を置いて麻野さんは話を続ける。


「サガシヤとして組織に尽くし働くことが、あいつらが普通に生活するための条件」

「佐賀さんたちはどんな犯罪を……」


 麻野さんと目が合う。私の怯える顔を見て、彼は再び俯いた。


「相良は……」

「千宜」


 私たちの重い空気を吹き飛ばすように、佐賀さんの声が響いた。


「場所の見当がついた。行こう」


 その続きを聞きたい気持ちはあるが、今は海琉君が最優先だ。私たちは居間にいるご両親に声をかけてすぐに家を出た。深々と頭を下げる二人の様子が目に焼き付いている。ひどい隈、瞳いっぱいに涙を溜めて。どうか、どうか助けてくださいと滲み出る姿。


「少年はどこにいる?」

「居ると思われる場所は調べてもらっている。どちらにせよ、突入は待った方がいい」


 麻野さんの、ハンドルを握る力が強まったように見えた。


「子ども一人分の命だぞ。ふざけてんのか」

「最初に言った通り、生きている確証は無い。もしかしたら他にも捕らわれている子供がいるかもしれないし、麻薬の密売とか他の犯罪が絡んでいるかもしれない。確実に捕らえること、これを優先すべきだ」

「ふざけるな。いいから場所を言え」


 車に乗り込んだ時、佐賀さんはざっくりとした方角のみを麻野さんに伝えていた。今この場で目的地を知っている者は一人しかいない。

 犯人を逃がさないという佐賀さんの言い分も理解できる。しかし、それは助けを待っている人のことをおざなりにしてまですることなのだろうか。少なくとも警察は人の命が最優先で動くものなのでは。


「この組織は警察とは違うよ」


 心を読んだかのように佐賀さんは言った。


「悪人は放っておいても過ちを犯し続ける。そういう(さが)だ」


 少し前に麻野さんに聞いた話が頭を過る。


「僕らは監視の下で法を犯す。それが世の秩序を守ると信じて」


 矛盾しているね、佐賀さんはそう言って笑った。そんな姿を見て、ふつふつと感情が沸いてきた。

 違う、違うでしょ。


「依頼は……」


 膝の上に置いた拳を握る。


「依頼は行方不明者を見つけることです!」


 私たちはサガシヤだ。依頼に応じてどんなものでも見つける。そのスペシャリストが、頭が何を馬鹿げたことを言っている。


「サガシヤの仕事はどんなものでも探すことでしょう!」


 事務所からサポートをしてくれる人がいて、鍵を開ける天才がいる。私たちは役割を分担しながら依頼人のために努めるのだ。私は単純に腹が立った。依頼を放棄する佐賀さんにも、犯罪者を語る佐賀さんにも。


「佐賀さんに世界を守ってもらうことを期待なんかしていません! 自分の仕事をしてください!」


 大声で怒鳴って、車内は静寂に包まれた。


 やってしまった。


 その後悔に襲われる。仮にも上司だ、さすがに言いすぎた。変態だし、セクハラもしてくるし、訴えてやりたい気持ちは山々だが、今は麻野さん(お兄さん)がいる。サァーっと血の気が引いていくのが分かる。


「す、すみません。でも、やっぱり、世の中をどうこうっていうよりも、今は海琉君を助け出してご両親に会わせてあげるべきなのではないでしょうか……?」


 気まずい静寂が車内を満たす。


「助けに行こう、相良」


 沈黙を破ったのは麻野さんだった。外を眺める佐賀さんは覚悟を決めたのか、大きなため息をついた。


「うわっ!」


 その瞬間、私のスマートホンが大きな音で鳴った。誰かからの着信だ。


「はい、もしもし?」

『もしもし、僕です』


 声の主は警備員だった。今もパソコンの前で手伝ってくれているのだろう、タイピングの音が聞こえてくる。


『社長が動く気ないみたいだったのであなたにかけさせてもらいました』

「はい……」


 なぜだか泣きそうになった。すぐにでも助けたいという同じ思いを持つ仲間がここにいる。


「ありがとう」


 最後に彼にそう言って電話を切った。佐賀さんが視た情報を元に警備員が突き詰めた居場所。


「行きましょう、助けに」


 佐賀さんはそれを止めようとはしなかった。


「ここから北西に行ったところの、三丁目の廃工場です」


 そこに海琉君はいる。待っていて。必ず私たちが君をお家に連れて帰るから。

 窓からの景色が目まぐるしく動く。少しずつ対向車の数は減っていく。その一方でこの車と同じ方向へ向かおうとする車の数は多かった。工場が密集しているこの地域で使っているとは思いにくい一般の自動車がほとんどだ。

 その車たちは目的地が近づくにつれて少しずつ減っていった。減ったというよりもそこで止まった。

 この車たちは麻野さんの仲間なのだ。

 私は車が止まった時、ようやくそれを悟った。最後までついてきていた数台も同じように停車したが、麻野さんの車より前に出ることはなかった。車を降りて、初めて他の車の運転席を見る。強面の体格のよさそうな男たちがこちらを見ていた。


「気にしなくていい。組織の人間だ」


 麻野さんはそう言って車から離れる。想像より広いこの工場のどこにいるのだろう。


「相良」


 麻野さんに呼ばれた佐賀さんはその場に片膝をついた。指先からそっと地面に触れる。目を閉じて、佐賀さんはこの地面の記憶を見ている。


「あっちだ」


 佐賀さんはそう言って大きな煙突のある棟を指した。そちらはさらに薄暗かった。


「よし、いくぞ」


 麻野さんがそちらに向かって走り出す。私もなるべく足音を立てないように後に続いた。


 ドサッ


 突然、背後でそんな音がした。重たいものが高所から落ちたような音が。


お読みいただきありがとうございます。

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