3. 鍵を失くしたカラクリ箱(4)
「じゃああすみさんは仁穂ちゃんを連れて行ってあげて」
「はい」
私たちは客間を後にして、昨日のコレクションルームに向かった。薄暗い部屋の電気をつけるとずらりと並んだ品々が姿を見せた。
「すごいね」
「開けてほしいのがこの箱です」
ドアの向かいの箪笥の上。その箱は仁穂ちゃんが少し揺らしてみても全く動かなかった。
「これ、鍵だけ開けても開かないね」
箱の背面は壁にぴったりとくっついてしまっている。鍵を開けられたとしても、蓋を開けるためには後ろに少しの空間が必要になる。蓋の高さは十センチくらいだが箱の後ろには隙間がない。開けるためには箱を箪笥から動かすか、箪笥を壁から動かすかの二択だ。
「からくりが好きだったなら、この接着もからくりかも」
仁穂ちゃんはそう言って箱の下の箪笥を開けた。ずらりと並んだ宝石のような石が現れる。
「ちょ、勝手に開けちゃだめだよ」
制止も聞かずに彼女は手を突っ込む。内側から箪笥の上部の板を触っているようだ。
「この段外して」
私は仕方なく、言われた通りに一番上の段を外した。それは思いのほかあっさりと外すことができた。まるでそうすることを考えられて作られたみたいに。
「見つけた」
仁穂ちゃんは天板をじっと見つめて、そしてゆっくり触った。何かを把握して、持ってきたビニール袋の中の佐賀さんが買ったキャンディーを口に入れた。
「もう戻っていいよ」
「え?」
ここで彼女を手伝う気だった私はあっけなく退場を告げられた。あの場で私がいても邪魔になるだけだ。佐賀さんと同じ扱いなわけではない。そう自分に言い聞かせて、再び客間に帰ってきた。
「おかえり、仁穂ちゃんアメ舐めた?」
「はい。まずは箪笥から箱を外すことにしたみたいです」
「なら大丈夫だね」
そう言いながら彼は客間のあちこちを漁っている。
「何しているんですか?」
「何って依頼だよ。鍵探し。もしかしたら本当にどこかに失くしちゃったのかもしれないしね」
それもそうだ。私が今すべきことは絶対にこちらだ。
「あすみさんはトヨさんと一緒に探してもらっていい?」
佐賀さんは私の心中を読んだかのように言った。
「隼人さんは?」
「彼は蔵の整理に」
あの様子じゃ蔵の方もかなり大変だろう。サガシヤさん、どこかの部屋からそう呼ぶトヨさんの声がした。
「はーい! すぐ行きます!」
「お願いね」
私は佐賀さんを見て頷いた。
あちらこちらを捜索、に似た大掃除をしていたらあっという間に正午を過ぎていた。腹時計に従ってか、自然と私たちは再び客間に集結した。
「そろそろお昼にしましょうか」
トヨさんが捜索の間に作っていた豪華な昼食が運ばれた。秋野菜をふんだんに使った料理が何種類もある。日頃自分で作ったものしか食べない私も、カップ麺に頼っている佐賀さんも目を輝かせた。久しぶりの客人に張り切っちゃった、とにっこり笑ったトヨさんがかわいらしい。
「あの箱のからくりすごいね。売ったら結構な値段になりそう」
地元の野菜のサラダを頬張りながら仁穂ちゃんは切り出した。仮にも遺産なのになんてことを言うんだこの子は。
「どこまで進んだの?」
「箪笥からは外した」
ぴったり箪笥と接着していたのに、こんなに早く外せてしまうなんて。佐賀さんが仁穂ちゃんを優秀だと言う理由がわかる。
「鍵の方はすぐに開く。でもアメがない」
「じゃあ食後に買いに行こうか」
一番近いコンビニはここから車で二十分くらいの所なはずだ。最後にもう少し頑張ってもらわなくては。
「食べ終わったら少し休憩にしましょうか」
朝からバタバタとさせてしまって、トヨさんは少々疲れてしまったようだ。
「じゃあ私はお留守番していますね」
合わせて洗い物もして、トヨさんには休んでいただこう。食後の予定の会話に加わることなく、隼人さんは早々とご飯を食べ終えて蔵の作業に戻ってしまった。陽が暮れるまで終えてしまいたいから急いでいるそうだ。そんなに大変な作業量なのに一人で大丈夫だろうか。
「ごちそうさまでした。こんなに美味しいお料理は初めてですよ」
「うふふ、嬉しいこと言ってくれるのね」
「私も、おいしかったです」
仁穂ちゃんは恥ずかしいのか目を伏せたまま言った。
「ありがとう」
懐かしい味のするたくさんの料理。私もお母さんやおばあちゃんのことを思い出してしまった。仁穂ちゃんも同じように大切な人の手作りを懐かしんでいるのだろうか。
「行こうか」
佐賀さんは仁穂ちゃんの頭を撫でた。言うまでもなく、その手は秒で払われた。
「片付けはやらせてください」
「お客様に申し訳ないわ」
「これでも私、サガシヤの清掃員なんです」
ぐっと拳を握ってできることをアピールする。
「そう……じゃあお願いしようかしら」
「お任せください!」
清掃員の肩書がこの依頼で役に立つとは。トヨさんはゆっくりとした足取りで奥の寝室に入って行った。
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