3. 鍵を失くしたカラクリ箱(2)
着いたのは広いお庭がついている昔ながらの一戸建てだった。その庭には池があって、二匹の小さな亀が日光浴をしている。
「お、お金持ちなんですね……」
「いいねぇ、お金持ち」
「お金持ちほどこういう胡散臭い業者を信じちゃうんですかね」
「うん?」
依頼の多くないサガシヤにとっては程遠い存在。そんなことを思いながら私は呼び鈴を鳴らした。
「こんにちは。ご依頼いただきました、サガシヤです」
「まあ、遠くからありがとうねぇ」
その人は玄関ではなく広い縁側からひょっこり顔を覗かせた。長い白髪をお上品に束ねた背の低いおばあさんだった。
「ご依頼ありがとうございます」
「あら、お兄さん随分落ち着いた話し方をすると思ったけれど、外見もいけめんで素敵ねぇ」
特にその和服、とっても似合っているわ、そう言っておばあさんは佐賀さんをベタ褒めした。女はいくつになってもイケメンに弱いらしい。勘違いしては駄目だ、この人の場合、顔だけだから。
「ありがとうございます」
いつもみたいなヘラヘラとした笑顔だ。
「おばあちゃん!」
声とともに戸が開いて、若い男性がおばあさんを追いかけて縁側に出てきた。襟のついた服を着て眼鏡をかけた真面目そうな人だ。
「こんにちは、ご依頼いただきましたサガシヤです」
「えっ?ああ、こんにちは……」
戸惑ったようにして、その人はおばあさんに耳打ちして何かを聞いた。
「お願いしたでしょう、この人が鍵を見つけてくれるのよ」
おばあさんの声が大きくて何を聞いたのかわかってしまったけれど。
「すみません、わざわざ。今、玄関開けますね」
「ありがとうございます、藤堂さん」
佐賀さんは急いで玄関に向かおうとする男性に言った。おばあさんもそれを見て部屋の中に入っていく。外は天気がいいとはいえ、風が冷たく感じる季節を迎えていた。
「ご依頼主は藤堂さんというのですね」
「メールでも電話でもそう名乗っていたからね。お客様のことを知っておくのは当然のことだよ、あすみさん」
確かに車の中で時間があったにも関わらず事前に調べていなかったのは私の落ち度だ。だけどなぜだろう、この人にドヤ顔をされると腹がたつ。
「すみません、お待たせしました」
玄関が開いて若い藤堂さんが顔を覗かせた。
私たちは中に上がる。玄関だけで私の部屋の半分くらいありそうだ。飾ってある掛け軸もとても高価なものに見える。
「こちらです」
促されるままに廊下を進み、これまた広い和室に通された。壁の上部には先祖か誰かのモノクロ写真が飾られていた。
「どうぞ」
お盆に四人分のお茶を入れてきてくれたおばあさんはにこにこしながらそれを配った。
「私が担当させていただきます佐賀で、こちらが補佐の笠桐です」
この人は誰かに紹介するときに必ずセクハラをしてくるのだろうか。私はそっと腰に添えられた手を思いきりつねった。
「よろしくお願いします」
「藤堂トヨです」
「隼人です」
「早速ですが、ご依頼の方を進めさせていただければと思います。その鍵は何の鍵で、どんなものですかね?」
佐賀さんはそう言って二人を交互に見た。隼人さんもトヨさんを見ていた。
「私の夫が作ったものなんです」
トヨさんは湯飲みに両手を添えて懐かしそうに目を細めた。
「主人は手先が器用で、変わったものを作るのが趣味だったんです」
お茶を一口飲んで、トヨさんは立ち上がった。
「ついてきて来ていただけますか?」
私たちも立ち上がり和室を出る。そのままどんどん奥へ進み、この家に似つかわしくないステンドグラスのようなドアを開けた。
「わぁ!」
そこにはたくさんの小物が置かれていた。外国の彫り物や置物。見たことのない模様の布、絵画。物の数は多くても、これらは丁寧に管理されているようで埃一つかぶっていないし、見やすいように並べられていた。いくつかある箪笥の中にもこのようなものはたくさん入っているのだろう。
「ここは主人のこれくしょんるうむです。あの人が海外で集めたものとあの人が作ったもの」
トヨさんは中に入って手のひらサイズの立方体の木を渡してきた。それをそっと手にのせて眺めてみてもただの木片にしか見えない。
「からくりのあるオルゴールなんですって」
トヨさんは私の手から木片を取ってそれをくるくると回転させた。色んな方向に回しているのでまるで適当にやっているように見える。何をしているのか、佐賀さんと目を合わせたとき、そのオルゴールは鳴った。聴いたことのある、どこかの有名な曲だった。
「すごい……」
「こんな物を作るのが好きだったのよ」
うふふ、彼女は少し得意そうに笑った。
「そんなあの人が最後に遺した物がこれなの」
それはドアの真向かいにある箪笥の上の大きな木の箱だった。側面には蝶や草花が彫ってある。箱の上には鍵穴があった。
「この鍵を探してほしいの。あの人、うっかりしていたのか鍵を渡してくれなかったのよ」
それはかなりのうっかりさんだ。せっかく奥さんに遺した物なのに。
「それに、この箱留められていて箪笥から離せないみたいなの」
どこかに持っていきたくても持っていけないということか。だから業者に来てもらうしかないと。
「ふむ」
佐賀さんはそう言って顎に手を当てた。何かを考えているようだ。鍵穴の大きさを見る限り鍵もそれほど大きなものじゃないだろう。受け取っていないということはもしかしたら鍵は存在しないかもしれない。となると、探すのは厳しいだろうか。
「……トヨさんはこの箱を開けたいということですか?」
「ええ、あの人はこれを私に遺すと言って死んでいったのでねぇ」
「だとしたら……」
佐賀さんは箪笥に近づいてそれをまじまじと見つめた。
「依頼の真意はこの箱を開けるということでよろしいですか?」
この人は何が言いたいのだろうか。だから開けるために鍵探しの依頼をしてきたんじゃあないですか。
「正直にお話しすると、トヨさんが鍵を見たことがないというのであれば鍵探しは難航するかもしれません。ですので、同時に別の方向からアプローチをするのはどうでしょうか?」
「と言いますと?」
部屋の入り口にいた隼人さんが佐賀さんに聞いた。
「うちの優秀な鍵師を使いませんか?」
にっこりと告げる佐賀さんに私は思いきり叫びたくなった。他にも社員がいるなんて聞いてない。
「鍵師……?」
トヨさんは少し不審そうに顔をしかめた。
「ええ、どんな鍵でも開けられます。高い技術を持っているので鍵穴を傷つけることはありません。鍵探しと鍵破りを同時進行させてもらえたらと思います」
「そんな人がいるなんて、すごいですね!ぜひ!」
トヨさんは少々渋い顔をしていたが、隼人さんの後押しにより承諾してくれた。
サガシヤの鍵師。サガシヤに来て数週間の私が会うことのなかった存在。事務所警備員とは違ってレアなキャラクターなのだろう。
「では、明日の土曜日にもう一度訪問させていただきます」
時間も時間なので私たちはこれでお暇することにした。明日は早朝に向こうを出発することになるのだろう。
「あすみさん、ネスティーに連絡入れといて。明日の六時に事務所に鍵師が来るようにしといてって」
「わかりました」
私は佐賀さんのスマホを開いてナ行からアドレスを探す。
「どんな方なんですか、鍵師さん。そんな人がいるなんて知りませんでした」
これで良し、打ち込んだ文章を確認して送信ボタンを押す。
「うちの看板娘のJCだよ」
「女子中学生⁉」
私の驚きの声とともにバイブが鳴った。
『すごく嫌ですが分かりました……』
ネスティーのどうせ社長の命令ですよね、という諦めの声まで聞こえてきそうだった。
お読みいただきありがとうございます!




