9.私、どうしたらいいんですか
少し遅れて、お医者様がやってきて両親の診察を始めた。
ただその表情は芳しくない。
私は1人、部屋の隅でその様子をじっと見つめていた。
「隣国で流行っていたという謎の病にかかった可能性が高い。
話に聞いている症状と合致している。」
「治るんですよね…?」
震える声で必死に絞り出した言葉にお医者様は黙って首を横に振った。
なんでもこの病は突然高熱で倒れ、意識をなくし、そのまま3日後に亡くなってしまう奇病らしい。
隣国で少し前に流行っていた病気で、猛威を振るっていたようで、何人もの死者をだしたそうだ。
治療法はおろか、原因もわかっていない。
今は落ち着いたようで、この1年は患者は報告されていないらしい。
この国では幸いにもかかった人はおらず、流行ることがなかった。
なのに今回両親がそれに限りなく近い病気を発症した。
どうして2人がかかったのかすらさっぱりわからないと、お医者様は語る。話を聞くうちにどんどんと視界が暗くなっていく。
ふらついたところを父を運んでくれた人の1人が支えてくれ、ベッドサイドの椅子へ座らされた。
「効くかはわからないが解熱剤を出しておくよ。
これを今日の夜と朝、2人に飲ませてくれるかい?
また明日の昼頃に診察に来るから…」
白い、少しぼさぼさの頭をかきながら心配そうにお医者様がこちらをうかがう。
私はそれに黙って頷くことしかできない。
他の2人は家に一緒にいてくれるという申し出をしてくれたが、私はそれを移ったら困るといった適当な嘘を並べてお断りした。
魔法を使うなら人はいないほうがいい。そう判断して。
3人を見送り、洗面器の水を張り替えて、再びベッドサイドの椅子に腰かける。
両親は朝の元気な様子とは打って変わって、苦しそうな呼吸を繰り返している。
話によるとタイムリミットは3日後。
治療するなら明日が勝負になる。
明日治せなければおそらく2人は死んでしまう。
絶対にそんなことはさせない…。
「私、頑張るから…。2人治してみせるから…」
あふれそうになる涙を拭い、2人の手を取った。
魔法の使い方はわからないが、焦ったってしかたがない。
まだ今日、明日と時間はある。
いろいろ試してみようと思い、まずは手を握って念じてみることにした。
ゲームでは魔法についての詳細は描かれていなかったように思う。
そこらへんは乙女ゲームだからご愛嬌、という感じなのか。
わかっているのは、杖といった媒体道具は必須ではないこと。
あれば魔力を多少増幅はできるが、なくても扱えるのがこの世界の魔法。
特にヒロインは魔力が高いという設定だから、道具は持っていなかった。
そして、詠唱等も不要であること。
長々と呪文を唱えたり、必殺技名みたいなのを叫ぶ必要がない。
だから念じたり、魔力を動かすイメージをすれば発動するのではないかと私は予想している。
片手ずつ手を握り、治れという思いを込める。
お願い!私の魔法、発動して…!
手を握り、願い続けたが、魔法が発動した様子はないまま気が付いたら空が白み始めていた。
両親の様子は昨日から何も変わっていなかった。
自分の無力さが情けなくなる。
何がヒロインだ、何が治癒能力だ、何が前世の記憶があったって意味がない。
肝心な時に私は何もできていないじゃない。
でもうじうじしている時間なんて今はない。
気持ちを切り替えるように頭を振り、パンッと勢いよく自分の頬を両手でたたいた。
「まだ大丈夫。…よしっ!」
気合を入れなおし、両親に飲ませるスープを作りにキッチンへと向かった。
スープをスプーンで少しずつ飲ませ、その後に同じようにして水に溶かした薬を何とか飲ませる。
薬は昨日も飲ませてはいたが、お医者様のいった通りその薬の効果は現れていない。
意識のない大人2人の看病をするのは9歳の私にとっては中々の重労働で、何とか終えたところでタイミングよくお医者様が来て、診察をする。
病状は昨日と変わらず、このままだと明日まで持つかどうかといったところのようだ。
厳しい表情のお医者様が帰したところで、一息つく。
…これからどうしよう。
時間は後1日もない。
正直もうこれ以上できることはないような気もしてきている。
やはりゲームの筋書きに抗うことはできないのだろうか…。
途方に暮れた私はただ黙って両親の手を握ることしかできなかった。