8.私、嫌な予感がします
その日はある日突然訪れた。
私はいつも通り母に見送られ、今日も今日とて街の図書館にいた。
特別な日ではなかった。
図書館で勉強をし、魔力に関係ありそうな本を見繕い、
借りた分厚く重い本を抱えて帰路につく。
本を毎日のように借りているせいでだいぶ筋力もついてきた気がする…。
女の子として喜ばしいことかは疑問だが、おかげで体力がついて、行き帰りが最初より随分と楽になったし。
なんて通い始めた時期の、途中で息切れしている様子を思い浮かべながらいつもの道を歩く。
のんきに構えていたが、家に近づくと、普段と様子が違うことに気が付いた。
外は暗くなり始めているにも関わらず、家に明かりが灯っていない。
そんなことは今まで一度もなかったことだ。
母は買い物をするにしても、絶対に明るいうちに家に帰り、夕飯を作りながら暖かい笑顔で私や父を待っているのだ。
一度母にそのことを聞いたら、
「だって誰もいない、暗く冷たい家に帰りたくないでしょ?
私はそれが嫌だったから…こうして暖かいご飯を作って2人を待っていたいのよ」
そう優しい笑みで返されたことを覚えている。
胸騒ぎがする。
私は残りの道を走って家に帰り、バンッと激しい音を立ててドアを開けた。
「ママ、いないの…ママ!!」
大きな声で呼びかけるが家は静まり返っている。
持っていた本を手近な台に置き、薄暗い部屋を目を凝らしながらいつも母が立っているはずのキッチンを覗くと、そこには倒れている母の姿があった。
駆け寄り、慌てて抱き起す。
「ママしっかりして!」
声をかけるが返事は返ってこない。
いつもは薔薇のように色づいている頬が今は色がなく、その肌は青白く生気がない。
苦しそうな呼吸を繰り返し、熱があるのかいつもよりも随分と熱い。
涙があふれそうになるがそれを必死でこらえ、母の腕を自分の肩に回す。
とりあえずベッドに運ばなきゃ。
9歳の小さな身体では、いくら母が小柄とはいえ、大人一人持ち上げるのは苦労する。
でも、そんなこと言ってる暇ない。
母を寝室へと運び、急いで家中の明かりをつける。
そして浴室から持ってきた洗面器と清潔な布を持って、寝室へとまた戻る。
布を濡らして、気休めかもしれないが額にのせる。
熱が高く、意識がない様子に、私の頭はパニックになりそうだ。
どうしよう、とうとうこの時が来てしまった…。
おそらくこれが亡くなる原因となった病気。
覚悟していたとはいえ、実際に目の当たりにするとどうしたら良いかわからなくなってしまう。
そうだ、パパは…。
枕元の時計を確認すると、父が帰宅してくるはずの時間は過ぎていた。
父が帰ってくれば、お医者様を呼んでくれるはず。
それまでは私が何とかしなくちゃ。
自分を奮い立たせて、父の帰りを待つ。
しかしそんな希望はすぐに打ち砕かれた。
「ローズ!大変だ、ヒューゴが!」
俄かに玄関先が騒がしくなったと思ったら、すごい音を立てて扉が開いた。
聞こえてきた会話に、最悪のパターンが頭をよぎる。
まさか…!
嫌な予感しかしない。
急いで玄関へ行けば、そこには街の男の人2人に抱えられ、ぐったりとした父の姿があった。
「パパ!!」
その様子に顔の血の気がサァーと引いていくのがわかる。
嫌な予感が当たってしまった。
まさかそんな2人同時に病に倒れるなんて…!
大人たちは私を横目に、父を寝室へと運ぶ。
そして、母の姿を見て驚いた声をあげた。
「ヒューゴだけでなくローズまで!?
いったいどうなってやがる…」
かける言葉が浮かばないのか、何とも言い難い表情でこちらを見ている。
私はどうしていいのかわからず、ただ震えながら床を見つめていた。