4.私、6歳になりました
私は優しい両親と、少し大人びた幼馴染の元ですくすくと育ち、6歳になっていた。
この頃は少しずつ魔法の勉強を始めるため、ユーリと図書館へ行き本を読むようになっていた。
家では料理のお手伝いや、縫物を母から習うようになり以前よりは女の子らしくなったと父は喜んでいた。
まあそれでも走り回っていて、お転婆なことに変わりはないのだけどね。
今日はユーリの誕生日を1週間後に控え、プレゼントとしてあげるアップルパイを母親と練習するため台所に立っていた。
ユーリは意外と甘党らしくお菓子を好んで食べるのだが、その中でもアップルパイが好きなようで、持っていくといつも花がほころぶような笑顔を見せるのだ。
成長し、ますます美少年になったユーリの笑顔は心臓に悪いのだが、おいしそうに食べる様子に私もうれしくなってしまう。
その顔が見たくて、今年は初めて自分だけの力でアップルパイを焼いてみようと思った。
母と2人で材料の確認をしていると、コンコンと我が家の扉から来客を告げる音がした。
母がドアに近づき覗き穴から姿を確認し、扉を開けた。
「ユーリくん、どうしたの?」
しゃがみ込んで目線を合わせた母の先にいたのはユーリ。
ただどこか様子がおかしい。
クールで表情豊かとは言い難い彼だが、存外わかりやすいのだ。
下を向き、どこか悲しげな表情をしている。
私も玄関へと近づき、いつものように明るく声をかける。
「ユーリ、いらっしゃい。
家に来るなんて珍しいわね。」
そう、そもそもユーリが家に来るのは珍しいのだ。
いつも私たちが会うのは裏の森。
家まで送ってくれるため、両親との面識はあるが家を訪ねてきたことは今まで一度もない。
逆に私はユーリの家の場所も知らなければ、ご両親にもあったこともない。
ユーリは私が家に近づくことを嫌がっている。
だから私も行きたいなどとわがままを言うことはなかった。
正直に言うと気になってはいるけどね。
そんなことは今は置いておいて、目の前のことに集中しなきゃ。
彼は来た時から少しも動かず、つま先を見つめたままだ。
このままでは埒が明かない。
「ユーリ、私のお部屋でお話しましょ」
手を引けば思っていたよりも軽い力で動いた。
母には目で合図をし、部屋へ彼を招き入れた。
机と椅子とクローゼット、それにベッドしかない簡素なこじんまりとした部屋が私の私室だ。
椅子を引いて彼を座らせ、自分はベッドに腰かけた。
「今日のユーリ何か変よ?
私に話があって来たのではなくて?」
「僕、誕生日を迎えたら学校に行くことになるんだ…。
全寮制で、6年間は帰ってこれない」
「えっ…」
そうだ、そうだった。
前世を3歳で思い出してから6歳になるまでの3年間、ストーリーに関わる出来事がなかったため忘れかけていた。
ユーリは6歳になると執事学校へ行き、そこから14歳でヒロインの専属執事になるまでの8年間、一切会うことはないのだ。
ゲームでは9歳で養子に行ってしまうため、ユーリが卒業して12歳でここに戻ってきたときにはこの家はもうなくなってしまっている。
その事実を思い出し、私も俯いてしまう。
ユーリはゲームのキャラ云々を抜きにして、この3年間良き友人として過ごしてきた。
毎日一緒に遊んだし、一緒に勉強だってした。
その相手がもう来週からいなくなってしまうという事実に打ちひしがれる。
「僕、本当のことを言うと行きたくない。シャルと離れるのは嫌だ!
でも父さんには逆らえない…」
いつもクールなユーリが声を荒げ、そして悔しそうに唇を噛む。
感情をむき出しにし、自分と離れたくないと言ってくれることに対し不謹慎ながらもうれしく思ってしまう。
ユーリも同じことを思ってくれるのはうれしい。私も離れたくない。
けれどそれは彼のためにならないことは知っている。
ロベリア家の者として通るべき道だし、父親には逆らえないと言っていることから彼も内心ではわかっているのだろう。
それなら私にできることは一つ。
彼の背中を押してあげることだけだ。
「ユーリ、私もあなたと離れたくないと思っているわ。大切な友人だもの。
でもね、私は応援しているわ!
ユーリが立派な執事になって帰ってくるのを楽しみに待ってる。
きっとユーリは優秀な成績を修めるだろうし、執事姿はとても素敵なんでしょうね」
「シャル…」
安心させるように、笑顔で彼の手を握る。
これは事実なのだ。
成長した、ゲームの中でのユーリはかっこよく、私の執事にしておくのがもったいないくらいの素晴らしく優秀な青年となる。
それに私たちはまた会える。
友人としては難しいけど、別の形で。
私はそれが分かっているのだから、笑顔で彼を送り出してあげるべきだ。
「シャル、僕必ず立派に卒業してここに帰ってくる。
だから、待っていてくれない?」
決意を固めた表情でこちらをいつものアメジストのような綺麗な瞳で射貫く。
これに私は曖昧な笑みを返した。
約束はできない。原作通りなら私は9歳で養子となりここを離れてしまう。
そこには両親の死が絡んでいるため、できれば回避させたいがどこまでできるかなんてまだわからない。
確実性のない約束なんてしたくない。
「ユーリならきっと立派に卒業できるわ。
応援している」
ごまかした私をユーリは複雑そうに見つめた。
ユーリが帰り、母に促され私はダイニングテーブルに座った。
母はそっとホットミルクを置き、横にあるキッチンで夕飯の支度を始めた。
アップルパイ作りは明日へ回すことにし、少し蜂蜜の入った優しい暖かさのミルクをちびちびと飲み始める。
「ユーリね、全寮制の学校に行くんだって。
卒業するまで戻ってこれないんだって」
「そう」
マグカップをじっと見つめる。
耳には母が具材を切る音が届く。
「ユーリはきっと立派な執事になると思うの。
だからきちんと応援しているって伝えたわ」
「シャルは伝えられたのね。
えらいわ」
母の言葉が胸に染みる。
何か言ってほしいわけではなかった。ただ話を聞いてほしかっただけなのを母はくみ取ってくれた。
こういうところを私は本当に尊敬している。
母のような女性になりたい、そう思っている。
落ち込んでいても仕方がない!
どうせまた会える、そんなことわかっているじゃないか!
養子になればその先で、ならなければここで。
気持ちを切り替えるようにぬるくなったミルクを飲み干し、キッチンにもっていった。
「ママ、明日こそアップルパイの練習しようね!」
笑顔で言えば、母もアイスブルーの瞳を細め、優しい笑みを返してくれた。